明日を耕す
ベイリアの街、さらにその後ろ。
街道沿いの村という村から人が吐き出され、丘の裾野はいつの間にか、第二のベイリアみたいになっていた。
布と板で拵えた小屋が並び、竈の煙が幾本も上がる。子どもの泣き声と、鍋をかき回す音と、どこかで誰かが笑う声。
ここが――避難民収容所、兼開墾特区。
ツチダの仕事は、ここで志願した避難民や、元民兵たちをまとめ、この広い耕作放棄地や荒れ地を食糧庫に変えることだ。
「まず、木を倒します」
ツチダは、前に出た男たちに向かってそう言った。
「木は悪者じゃないです。けど、畑にするには光が要る。切った木は捨てないでください。杭にも薪にもなります」
斧を握る手は、剣を握っていたときとは違う重さを覚える。
乾いた幹に刃が食い込み、木屑が飛ぶ。倒れるときは、みんなで声を掛け合う。
「そっちに倒れるぞー!避けろ!」
次は岩。
「石は、畑の敵です。根っこが広がれない。でも、これも捨てません。積めば、畝を守る“壁”になります」
槌とてこで岩を砕き、運び出し、畑の端に積み上げる。
元民兵の一人が、汗まみれで笑った。
「敵の塀を壊して、自分たちの塀を作ってるみてえだな」
「そうそう。今度は“守る塀”です」
ツチダは、肩で息をしながら答えた。
木と石を片付けて、ようやく土に触れる番が来る。
「深く、深く、耕します」
鍬を持った避難民たちが、一列に並ぶ。
掛け声を合わせて、土を起こす。固い地面の下から、少しだけ湿った土の色が顔を出す。
「こんなに掘るのか」
誰かが弱音を吐いた。
ツチダは、自分の鍬を土に突き立てた。
「はい。こんなに、です。芋も根菜も、下へ下へと太る作物です。浅い畑は、すぐに痩せます。深く耕した分だけ、あとで楽になります」
手作業だった。重機なんてない。
牛も馬も、今は荷を引くので手一杯だ。
人が、腕と腰と足で、土地をひっくり返していくしかない。
背中は早くも悲鳴を上げ始めている。
手のひらには水ぶくれができ、潰れ、またできる。
それでも、ツチダは鍬を振るう手を止めなかった。
皆の前を歩き、腰を落とし、土を割る。
百姓の身体は、こういう仕事だけは覚えている。
(……やっぱり、こっちのほうが性に合ってる)
額の汗を拭いながら、ツチダは思う。
人を殺すために振るう腕と、土を掘り起こすために振るう腕。
同じ肩から生えているのに、終わったあとに残るものが違いすぎる。
剣を振るったあとは、傷と、穴と、静かになりすぎた場所だけが残る。
鍬を振るったあとは、穴と、土と、芽の準備が残る。
(俺は、やっぱり――)
ツチダは、土の匂いを深く吸い込んだ。
汗と泥と、ほんのわずかな草の青い匂いが混ざっている。
人を殺すよりも、土を掘り起こすために振るう腕のほうが、よっぽど好きだ。
その当たり前みたいな結論を、ここの土に刻みつけるつもりで、もう一度鍬を振り下ろした。
遠くで子どもたちの笑い声が聞こえる。
避難民の集落は、戦場のすぐ後ろにあるのに、どこか“村”の音がしていた。
「よし、今日はここまで。明日は、この畝に芋を植えます。芽が出たら、ちゃんと驚いてくださいね」
誰かが笑い、誰かがうなずいた。
ツチダはその笑い声を背に受けながら、空を見上げる。
雲は薄く、夕日は低い。
帝国の内乱は、まだ終わっていない。
だが、この土地だけは、もう“次の季節”の準備を始めていた。




