生かす発想、活かす会議。
ベイリアからの続報は、戦況報告とは別の束で届いた。
「……開墾特区?」
ディートリヒは書状の一枚を持ち上げ、声に出して読んだ。
「降伏した民兵のうち帰郷困難な者多数。約一万。ベイリア郊外の休耕地に出芽の早い芋・根菜を栽培開始。帝都からの補給に加え、“現地で食を賄う場”とする――コウヘイ・ツチダ」
横でリヒャルトが、こめかみを押さえた。
「また事後報告ですか、あの男は」
言い方こそ呆れているが、声の底は楽しげだ。
ディートリヒは書状を机に置き、指で軽く叩いた。
「降伏した農民に仕事を与え、食を与える、か。上手い手だな。ここから先、布告に一行加えてやればいい」
「『ベイリアに降れば、畑と飯と寝床がある』……と?」
「ああ」
ディートリヒは頷く。
「噂は早い。ベイリアで“クビを落とされなかった”と広まれば、次に槍を捨てる民兵は、もっと増える」
彼の目は、地図の西に向いていた。
ベイリア、丘陵、さらにその向こうの諸侯の領地。
布告と噂で埋められる溝を、頭の中でなぞっている。
リヒャルトは書状を取り上げ、もう一度読み返す。
「……しかし、畑の配置まで描いてありますね。水場の位置、風向き、連作の順番。軍務報告のくせに、半分以上が農政です」
そこで、ふと考え込むように眉を寄せた。
「陛下。ツチダ殿は、もしかして……軍師なのでは?」
ディートリヒは吹き出しそうになり、喉の奥で笑いを押し殺した。
「軍師?」
「ええ。敵の降伏を促し、補給線を整備し、士気を維持しつつ――民兵を“兵站要員”に変える。戦を後ろから支える理を組み上げているように見えます」
宰相の言葉は真面目そのものだ。
だがディートリヒは首を振り、笑みを深くした。
「違うな」
「と、申しますと?」
「あやつは軍師でも策士でもない。単に――」
ディートリヒは窓の外、遠い空を一瞥した。
「単に、クソ真面目な農家だ」
リヒャルトが瞬きをする。
「農家、ですか」
「そうだ。畑を見つければ育ちを確認し、空き地を見つければ耕し、腹を空かせている人間がいればとりあえず食わせようとする。その結果が、“戦を有利にしている”だけだ」
言葉に苦味はない。
むしろ、そこに頼もしさを見ている声音だった。
「戦のために畑を作っているのではない。生きるための畑が、結果として戦を終わらせるほうへ転がっている――それこそが、あやつの農の理なのだろう」
リヒャルトは小さく笑った。
「……なるほど。では、我々は“クソ真面目な農家”のやることを上手く活かす条を作りましょう」
「ああ、そのとおりだ」
ディートリヒはペンを取り、布告案の余白に一文を書き足した。
「大事なのは、あやつの理を、帝国語に訳し続けることだ。民が降りやすくなり、兵が帰りやすくなり、畑が増えるなら――それは全部、この内乱の“勝ち”に数えていい」
インクが乾く前に、リヒャルトがそれを覗き込む。
「……『ベイリア開墾特区における耕作者の身分保障』?」
「そうだ。畑を耕す者は、もう一度、兵に戻される心配をしなくていい――と、はっきり書いておけ」
「承知しました、陛下」
帝都の静かな一室で決まったその一文が、やがてベイリアの土の上で、鍬を振るう一万人の「理由」になる。




