ベイリアの街、後方
ベイリアの街外れ、仮設の宿営地。
色あせた旗がいくつも、地面に伏せられている。
そこにいるのは、もともと貴族連合軍の民兵だった者たち――およそ一万。
「帰りたいのに、帰ったら殺されるかもしれない人たち」と、ツチダは聞いている。
主君に逆らった、逃げた、降った。
そのどれもが、古い秩序では「死ぬ理由」になりうる。
帝国が赦免を布告しようと、領主にその気がなければ、帰郷は命がけだ。
「……じゃあ、帰らなくていい場所を作るしかないか」
ツチダはそう言って、地図の上ではなく、実際の土の上に立った。
ベイリア郊外。
前線からは遠く、まだ戦火が及んでいない丘の裾野に、広い休耕地が広がっている。
細かい石と粘土の混じる土。だが、完全な不毛というほどでもない。
「ここを、畑にします」
ツチダの言葉に、周囲の軍務官たちが顔を見合わせた。
「ここを?今から?」
「はい。今から。畝を作って、出芽の早い芋や根菜を植えましょう。帝都からの補給だけじゃなくて、ここで“食える畑”を作るんです」
「兵站のため、でしょうか」
リストを持った書記官が問う。
ツチダは首を振った。
「兵站のためでもありますけど――一番は、“ここにいる理由”のためです」
彼は、少し離れた場所で所在なさげに固まっている民兵の群れを見た。
鎧を脱ぎ捨てても、彼らの肩には「戦の匂い」が残っている。
故郷にも戻れず、軍にも完全には属しきれない、宙ぶらりんな人たち。
「仕事があれば、人は『ここにいていい』って思える。畑があれば、『明日の飯』の目処が立つ」
ツチダは、手にしていた木の棒を土に突き立てた。
「俺たちの都合で戦に巻き込んだんです。だったら、俺たちの理で、ここで“生きる道”を作るしかないです」
クローディアは黙って聞いていたが、やがて頷いた。
「よろしい。帝都から種芋と道具を追加で送ります。ベイリアのこの地一帯を、一時的な“開墾特区”としましょう。降伏した民兵たちは、そのままここで畑を耕す権利を持つ、と」
「権利、ですか?」
ツチダが問い返すと、クローディアは少し微笑んだ。
「ええ。義務だけでは、人は長く働けませんわ」
そうして、翌日から、戦場のすぐ後ろで畑起こしが始まった。
鍬を握らされた民兵たちは、最初は戸惑っていた。
だが、もとは農民たち。槍や剣を持つよりもよほど似合っている、とツチダは思った。
「柄の握り方は、槍と一緒。違うのは、刺すんじゃなくて、起こすこと」
手本を見せながら、ひたすら腰を落とす。
土は、戦場と違って反撃してこない。
だが、楽でもない。
汗をかき、泥まみれになり、肩で息をしながら、少しずつ畝が伸びていく。
「芋はな、一度植えたら、しばらく文句を言わない。芽が出るのも早いから、“何かが育ってる”って実感が持てる」
ツチダは、種芋を手に取りながら説明する。
「根っこが太る野菜も同じです。上から見えなくても、土の中でちゃんと仕事してくれてる」
民兵の一人が、おずおずと聞いてきた。
「……俺たちが、これを育てたら」
「食べられます」
ツチダは即答した。
「帝国の兵も、ベイリアの街も。それから、あなたたち自身も。ここの芋は、“戦の飯”じゃなくて、“生きる飯”です」
男は少し黙ってから、小さく笑った。
「それなら……いいな。人を殺せと言われるより、土を掘れと言われる方が、いい」
畝が増えるたびに、理由もなく立っているだけだった人の群れが、少しずつ「畑の人」に変わっていった。
ベイリアの空にはまだ煙の匂いが残っている。
だが、その足元では、新しい芽の準備が始まっていた。
ツチダは、遠くで揺れる荷車の列を眺めながら、土の感触を確かめる。
「荷車も畑も、人も――揺れを減らすには、支える場所を増やす。四輪も、四畝も、同じ理かもしれないな」
百姓あがりの帝国顧問は、そうぼやきながら、もう一本、新しい畝の線を引いた。




