なんちゃってコンテナ
ベイリアの街は、匂いが増えていた。
血と薬草と、干し藁と汗。
路地のあちこちに臨時の寝台が並び、教会も倉も、今は傷病兵で埋まっている。
帝国軍の青い外套と、元貴族軍だった民兵の粗末な衣服が、同じ毛布の下で肩を並べていた。
「二度目の会戦で、こちらの損害は負傷190、戦死91」
ツチダは、荷車の御者台から聞きながら数字を覚えた。
報告を読み上げている若い書記官の声は震えていない。
“少ない”と知っているからだ。三万を相手にした結果としては、信じられない数字だと。
街の空気は、沈んではいるが、折れてはいなかった。
帝国騎士たちは鎧の継ぎ目に血を拭き込みながらも、不思議なほど目が澄んでいる。
――民を守れた。
口には出さないが、その自負が歩き方に出ていた。
ツチダは、そんな背中を眺めながら、足元の木箱に視線を落とす。
荷馬車の列は、街道の手前で一度整列してから城門に入っていく。
先頭には、帝国の紋章旗。その少し後ろに、皇女の旗。
「揺れるなあ……」
ツチダは御者台の端につかまり、腰をさすった。
荷台に並ぶ木箱は、どれも同じ大きさだ。
板目も、角の補強も、積み上げたときの高さも揃えてある。
帝国式統一荷箱――と、自分で勝手に呼んでいる試作品だ。
それを載せる荷車も、車輪の径と幅、荷台の長さを統一した「帝国式統一荷車」の一号車たち。
街道を来るあいだは、実に気持ちよかった。
箱はぴったり収まり、荷崩れもしない。積み降ろしも、数を数えるのも楽だ。
問題は、平野の手前からだった。
土の轍。崩れた路肩。畑と畑のあいだの、牛しか通ってこなかった道。
規格通りの荷車の列は、揃っているぶん、揃ってガタガタ揺れた。
「大丈夫か、ツチダ殿!」
隣の荷車から、近衛騎士が笑いながら声をかけてくる。
ツチダは苦笑いで手を振った。
「だ、大丈夫です……!人はともかく、中身は無事なはずです!」
(バネなんてないしなあ……)
頭の中で、前世のトラックやサスペンションの構造がぼんやり浮かんでは、すぐに霧散する。
鋼も油も、ここには十分にない。できるのは、せいぜい車輪の構造を少し変えるくらいだろう。
それでも――揺れながらも、列は崩れない。
同じ幅の荷車が同じ轍を辿り、同じ高さの箱が同じ影を作る。
「統一って、やっぱり強いな……」
思わず小さく呟いたところで、先頭の号令が上がった。
「停止――!」
車列が順に止まり、土煙がゆっくりと前へ流れていく。
城門前には、待っていた二人の姿があった。
ひとりは、灰色の髪に古傷を刻んだブレーメン公爵。
もうひとりは、日焼けした顔に人懐こい笑みを浮かべたシャイロック伯爵だ。
御者台から飛び降りたクローディアが、鎧の裾をさばいて二人の前に進む。
帝国青のマントの下、剣帯が静かに揺れた。背後には、近衛騎士団千名の列。
「ベイリア防衛、ご苦労でした」
クローディアの声は、疲れを押し隠すよりも先に感謝を乗せていた。
「帝都より武器と兵糧、医薬、予備の装備一式。それから――近衛騎士団千名、以後はこの地の防衛戦力に編入します」
ブレーメンが深く一礼する。
「皇女殿下自ら……痛み入ります。その千があれば、もう一度三万が来ようとも、そう簡単には崩れますまい」
横でシャイロックが笑った。
「それにしても、見事な列ですな。この荷車」
ツチダは呼ばれた気がして、前へ出る。
鎧の海の中で、地味な作業着と腰袋がやけに浮いていた。
「ツチダ殿の新しい“理”ですよ」と、クローディアが紹介する。
「帝国式の荷箱と荷車の規格。積む数も運べる量も、一目で分かるようになっています」
シャイロックが箱の角を叩く。
「ふむ。これなら、うちの連中でも数え間違えん。……揺れは、かなりのものでしたが?」
最後の一言に、ツチダは頭をかいた。
「街道は大丈夫だったんですけど、不整地はさすがに……。車輪の位置と、荷台の高さをもう少し調整したほうがいいかもしれません」
「戦の最中に新しい理を試すとは。実に帝国らしい」
ブレーメンが目を細める。
「これだけの物資を一度に動かせるのは、戦においても大きな意味を持ちます。兵は、“自分の腹がどうなるか”に敏感ですからな」
「はい。だからこそ、ここで試しておきたかったんです」
ツチダは、ベイリアの街を一望するように振り返った。
運び込まれていく箱。その中身は、干し肉、小麦、塩、包帯、薬草、予備の矢。
ひと箱ひと箱が、そのまま「一隊分の一日」の単位になるように作ってある。
(必要なものを、必要な数だけ、間違わずに。戦場だろうが畑だろうが、やることは変わらない)
クローディアが、近衛騎士たちに向き直った。
「近衛は、ここから先、ブレーメン公とシャイロック伯の指揮下に入ります。剣を振るう相手は、民ではなく、民を捨て駒にしようとする者だけです」
千の剣が、一斉に胸元で鳴った。
「はっ!」
応える声は揃っている。
ベイリアの街の空気が、ほんの少しだけ軽くなった気がした。
ツチダは、そんな光景を眺めながら、荷車の轍を一つ指でなぞる。
「……次は、車輪の“揺れ”も、なんとかしないとな」
さらに復路の荷車は、行きよりもうるさかった。
「……空っぽだと、あんなに跳ねるんだなあ」
行きは兵糧と武具でぎっしりだった荷箱も、今はほとんど空。
重みがないぶん、車輪は石一つで素直に跳ねる。馬も迷惑そうに耳を伏せた。
二輪の荷車が列を組み、同じ轍をたどってぴょんぴょんと跳ねる光景は、なかなか壮観ですらある。
(行きは“重さ”でごまかしてたんだな……)
ツチダは、前の荷車と自分の荷車の軸の動きを見比べる。
荷台と車輪を繋ぐ一本の棒。そこが全部の衝撃を受けている。
(今は二輪。じゃあ四輪にしたらどうなる?)
頭の中で、荷車の絵を描く。
前に二輪、後ろに二輪。
前輪を少し小さくして、曲がりやすく。
荷台の重心を下げて、揺れを分散させる――。
「……問題は、曲がり角だよな。あと、道幅」
ぶつぶつと独り言を言うツチダに、近くを並走していた近衛の騎士が苦笑した。
「ツチダ殿、戦場からの帰り道で悩むことじゃありませんよ」
「いや、ここで揺れ具合を覚えておかないと、後で忘れちゃうんで」
百姓の頭は、揺れと同じくらい忙しく動き、すでに新しい図面の線が引かれ始めていた。
民を守る剣と、民を支える荷車――どちらも、帝国の理を運ぶ道具であることに変わりはないのだから。




