芋と四輪と規格の概念
ツチダは、帝都の片隅にある資材倉庫の一角で、今日もせっせと「絵」を描いていた。
「……俺、ただの百姓なんだけどなあ」
ぼやきは口から漏れるが、手は止まらない。
粗末な板を机代わりにして、布告の下絵、図解入りの札、兵士向けの簡易マニュアル――線と矢印とちょっとした絵を組み合わせて、「読めない人でも分かる言葉」を作っていく。
「武器を置く手」「パンをもらう手」「家に帰る道」。
説明書きにしてしまえば、戦場も畑もそれほど変わらない。危ない道と安全な道を、色分けしてやるだけだ。
墨壺に筆先を浸しながら、ツチダは伸びをした。
倉庫には干し草と油と木の匂い、それから少しだけ新しい紙の匂いが混ざっている。
棚には麻袋、紐、木箱、予備の鉄輪……と、視線がゆっくり巡っていき――ふと、入口近くに並んだ荷馬車の列で止まった。
「……バラッバラだな」
思わず口に出ていた。
幅も高さも、車輪の大きさも違う。
荷台の長さがまちまちで、車軸の位置も微妙にずれている。手作りだから当たり前といえば当たり前だが、こうして並べて見ると、見事に「揃っていない」。
(そりゃ、単位が統一されたの最近だしなあ……)
重さも長さも、「村ごとの普通」で測っていた国だ。
荷馬車だって、領ごとの大工が自分の感覚で作っている。
あの村のは細い道向き、この領のは石畳向き――みたいな差もあるのだろう。
ツチダは、描きかけの布告から目を離し、荷馬車たちをじっと見た。
(でもさ……)
必要なものを、必要な時に、必要なだけ運ぶなら――と、頭が勝手に「段取りモード」に入っていく。
(荷馬車、揃ってるほうがいいに決まってるよな)
同じ幅なら、同じ道を同じように通れる。
同じ高さなら、積み降ろしの台を共通にできる。
同じ長さなら、「ここに何袋積めるか」が一目で分かる。
「あ、じゃあ、袋も箱も……」
気づけば、手元の紙に別の線を引き始めていた。
標準的な麻袋の大きさ。
それをぴったり並べられる木箱の寸法。
それを二つ横に並べられる荷台の幅。
それを三つ縦に乗せられる荷台の長さ――。
「……あっ」
ツチダの口から、間抜けな声が漏れた。
前世の記憶のどこかで、港や貨物列車の風景がぱっと開いた。
同じ大きさの箱が、クレーンで持ち上げられて、船にもトラックにもそのまま積まれていく。
箱の中身は何であれ、扱う側は「箱」としてしか見ない。
箱の規格さえ決めてしまえば、あとは運ぶだけ。
「コンテナって、そういうことか~……」
今さらのように、合点がいった。
(そうか、あれ、結局“揃ってる箱”ってだけなんだよな。中身は何でもいい。重さと大きさが決まってて、持ち手と引っかかるところが同じなら、馬だろうが人だろうが船だろうが、同じ扱いができる)
筆の先で、四角い箱を紙の上に並べてみる。
その下に、同じ幅の荷台を描く。
さらにその下に、「コンテナ」とメモを添えて、慌てて消した。
「いやダメだ、“コンテナ”じゃ通じない。なんて名前にする? “標準荷箱”? ……ダサいな」
ぶつぶつ言いながらも、線は止まらない。
・一台の荷馬車に積める標準箱の数。
・箱一つに入る穀物の量。種の量。
・箱十個分で、一隊(百人)の一日分の糧秣――みたいな換算表が、頭の中で勝手に組み上がっていく。
「うわ、これ、輸送めちゃくちゃ楽になるやつだ」
思わず独り言が弾んだ。
同じ大きさの箱、同じ大きさの荷馬車。
どの領地の大工でも同じ寸法で作るようにしてしまえば、帝国中どこへ行っても、「一台で何をどれだけ運べるか」が、誰にでも一発で分かる。
送り出す側は箱単位で数えれば良い。
受け取る側も箱単位で数えれば良い。
(農民にも分かるし、兵にも分かる。“理”って、こういうところにもあるんだよなぁ)
ツチダは、倉庫の天井を見上げて笑った。
「……よし。戦の布告の“ついで”に、荷馬車の図面も描いとくか」
どうせ紙も墨も、今日はたっぷりある。
帝国の戦い方が変わるかもしれない線を、帝都の片隅、道具倉庫の中で、百姓がこっそり引き始めた。




