帝都軍議―ベイリア方面―
帝都、軍議の間。
窓は高く細く、冬の名残を引きずった光が、机上の地図と書状を淡く照らしている。
新帝ディートリヒは、ブレーメン公爵から届いた報告書を静かに読み終え、口元をわずかに緩めた。
「……相変わらずだな、ブレーメン公は」
宰相リヒャルトが問いかけるように視線を寄こす。
「良い報告でしたか、陛下」
ディートリヒは一枚の紙を指先で叩いた。そこには、飾り気のない文字が並んでいる。
――ベイリア第二会戦、敵軍三万、投降多数。
――我が方損耗、軽微。
――ただし、敵が数にものを言わせて押し切る構えであったなら、勝敗は危うかった。
――あの数で正面から本気で来られていれば、こちらは耐えきれなかったであろう。
――今後も“分断と離脱”を促す一手を欠かすべきではない。
戦功の誇張も、武勲の列挙もない。
あるのは事実と、自己評価の厳しさと、次に必要な策だけだった。
「『あの数で押し切られたら負けていた』か」
ディートリヒはその一文を、少し愉快そうに読み上げる。
「勝っておきながら、そこまで言える将は少ない」
クローディアがわずかに笑みを浮かべた。
「帝国騎士かくあるべし――ですね」
「そうだ」
ディートリヒは頷く。
「勝ちを自慢する者ではなく、自軍の弱点を先に数える者。民の死者の少なさを、何よりの功と見る者。そういう騎士が、帝国の“剣”であってほしい」
ツチダは壁際からそのやり取りを聞きながら、胸の内で同意した。
畑でも、豊作を喜ぶ前に、次の凶作の芽を見る農家が生き残る。
戦も同じなのだと、最近ようやく肌で理解し始めている。
リヒャルトが次の文面に目を走らせる。
「“分断と離脱を促す一手を、なお一層”……つまり、法と布告の側から、もっと強く押せということですな」
「ベイリアではうまく働いたが、ヴァルトシュタインはそれを“恐怖”で押さえ込もうとした」
ディートリヒは指で地図上の西部をなぞる。
「恐怖に対しては、恐怖より強い“逃げ道”を示さねばならない。ツチダ」
呼ばれた名に、ツチダは姿勢を正した。
「は、はい」
「農民と民兵に向けた布告を、もう一段分かりやすくしてくれ。文字だけでなく、絵と印で。『武器を捨てて降れば生きる』『降った者の家族は守る』――それがひと目で分かるようにな」
「……できます。やります」
ツチダは即答した。
法を図解する――やることは、農具の使い方の説明書と大差ない。
リヒャルトが補う。
「それと、直参兵向けの布告も追加しましょう。“民を盾にせよとの命令には従わずともよい。その場合、剣を捨てて降伏すれば、反逆罪ではなく保護対象とする”と」
クローディアが眉を上げる。
「……主君に刃向かった者すら、ですか」
「民を殺せと命じる主君を拒んだ者だ」
ディートリヒは迷いなく答えた。
「その剣はむしろ主君側、つまり帝国へ向けさせるべきだろう。剣だけではない。そういう“判断”もまた、帝国の財産だ」
軍議の間に、短い沈黙が落ちる。
それは異議ではなく、言葉の重さを飲み込むための間だった。
ディートリヒは書状を畳み、封をし直すような仕草で机に置いた。
「ブレーメン公には礼を。『勝利の報せと、敗北を恐れる目を、共に喜ぶ』と伝えろ。帝国騎士は、そうでなければならない――とな」
リヒャルトが静かに頭を垂れる。
帝国内乱のさなかにあってなお、帝都の軍議の間には、「どう勝つか」だけではなく、「どう在るべきか」を語る余白が、たしかに残っていた。




