表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
帝国内乱編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/120

丘陵地帯攻防戦―隻眼の勇将―

 グライフェンタール侯爵は、丘陵の中でもひときわ高い稜線を選んで陣を敷いていた。


 ベイリア平野から西北へ続く丘は、なだらかに見えて、実際にはいくつもの「段」を持つ。畑の肩、森の舌、谷筋の影――その“段”の境目には獣道が走り、雨が降れば粘土質の斜面はすぐ足を取る。


 帝都へ抜ける街道は、丘の南側の「鞍部」を通って二つに割れる。ひとつは谷筋へ落ち、ひとつは森縁をなぞって回り込む。


 つまり、鞍部の手前にある“肩”の稜線を押さえた側が、道も視界も握る。

 帝国軍は、その“肩”に線を引いていた。

 越えれば森、下りれば谷。追えば分断――その一線を、頑固なほど正確に守っている。


 白髪交じりの黒髪は後ろで一つに束ねられ、左目には古びた眼帯。

 右の頬には、顎の近くまで斜めに走る深い刀傷がある。かつて神聖国との国境紛争で受けたものだと、兵たちは知っていた。


 彼の足元には、整然と並ぶ旗と、号令を伝える直参兵たち。

 貴族連合軍一万二千のうち、この丘で直接前へ出しているのは民兵五千と直参千五百。残りは二手に割り、森と谷筋に散らして伏兵に、さらに街道と荷駄の確保に回していた。


 前へ出す兵を絞るのは、損耗を嫌う彼の癖であり、同時に自信の表れでもある。


「第一列、前進。第二列、半歩遅れて続け」


 グライフェンタールは声を張るでもなく、淡々と命じた。周囲を固める直参たちが信号旗を振る。

 蒼旗は前進、赤旗は退却、黒旗は伏兵起動。合図は旗だけでなく角笛でも統一し、民兵にも“退く手順”だけは叩き込んである。


 民兵の列が丘を押し上げ、帝国軍の前列にぶつかる。

 押しては引き、押しては引き――合図どおりに、前に出た部隊が一定距離で必ず下がる。


(勝てる、と思わせろ。前に出れば、森だ)


 彼が描いていたのは、単純だがよく練られた策だった。

 民兵と一部の直参でわざと押し込み、帝国軍に「この程度なら押し返せる」と思わせたところで、決められた合図で一斉に退く。


 勝ちに乗じて追ってきたところを、獣道と森の縦深へ誘い込み、本陣の視界が切れたところで山陰に伏せた民兵が各個に叩く。


 そのために、森の入口にはすでに手が入っている。

 道を潰した倒木、足場の悪い斜面、そして上から転がせる石。追う兵の列が細くなった瞬間に噛みつくための、静かな牙だ。


 だが――。


「……来ないか」


 グライフェンタールは、丘の中腹で踏みとどまる帝国軍の列を見て、低く呟いた。

 こちらの攻勢にはしっかり対応し、突破はさせない。


 だが、決して“肩”から下には下りてこない。越えたらこちらの策に乗せられる――その線を、きっちり守っている。


「侯爵、どうやら相手は追ってきませんな」


 側にいた旗手が言う。


「……ああ。戦をよく分かっている」


 グライフェンタールは遠眼鏡を受け取って目に当てた。風に棚引く帝国青の旗。その下、馬上の人物の姿が見える。

 過剰な装飾もなく、やたらと前に出て目立とうとする様子もない。顔はまだ若い。


 だが、隊列のしなり方、伝令の走る線、前列の引き際――それらすべてが、「一度痛い目を見た者の戦い方」をしていた。


「オイゲン・フォン・ハルデンリート子爵の旗ですな」と、側仕えが告げる。

「若造め……」


 グライフェンタールは、眼帯の下の空洞にまで響くような低い笑いを漏らした。


「戦の理をよく分かっているな」


 欲に目が眩んだ貴族なら、ここぞとばかりに前へ出る。

 武名を上げたい若い指揮官なら、「押し返せ」と叫んで森へ突っ込む。

 だが、あの子爵はそれをしない。


(ここを決戦場にする気がない。しかし私が退けば、ここを通って後方を脅かせる。よく分かっている。だからこそ、厄介だ)


 帝国軍が前に出てこない以上、グライフェンタールの策は半ば封じられた。

 彼はそれを悟ると、あっさり次の指示を口にする。


「本日の攻勢はここまでだ。前列、無理に押すな。弓兵を森の縁に上げろ。丘の肩を削る程度でいい。来ないなら、その場に釘付けにせよ」


「よろしいのですか、侯爵。ここで一気に――」


「一気にやって崩れるなら、ベイリアの平野で崩れている」


 短く切り捨てる声に、側近は口をつぐんだ。


 グライフェンタールは、もう一度だけ遠眼鏡を覗く。

 丘の“肩”に張り付く帝国軍は、しなるように受け、しなるだけで折れない。追撃の誘惑を最初から捨てている。


(あの若造がいるかぎり、この丘で決着はつかん。問題は――ベイリアだな)


 自分が押さえているのは、「帝国の本気」の一角。

 あちらには別の本気――ブレーメンやシャイロックがいる。


 風が、丘の上を渡っていく。

 グライフェンタールは眼鏡を降ろし、ため息をひとつだけ吐いた。


「戦が分かる者とやる戦は、嫌いではないが……さて、どちらが先に退きどきを見極めるか」


 片目の将は、再び旗手に合図を送り、今日のところは「負けないための戦い」を続けることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ