第一次ベイリア平野会戦―将軍二人―
これが、帝国内乱の最初の戦いとして記録されることになる。
ベイリア平野での交戦は、戦と呼ぶにはあまりにも歪だった。
マクシミリアン=エルンスト・フォン・アルベルスベルク伯爵率いる二万のうち、実際に刃を交えた相手は、ほとんどいない。
降伏、離反、逃亡。
最終的に戦場に残ったのは、伯爵の直参たる私兵と、その周囲で巻き込まれた一部の部隊だけだった。
結果、アルベルスベルクが連れてきた貴族諸侯軍は、手勢二千を辛うじて保ったのみで、
それ以外のほぼすべて――一万五千の民兵と三千の私兵を失った。
民兵は死んだのではない。戦力として、消えたのだ。
この知らせは、三日と経たずに西部の盟主のもとへ届いた。
グナイスト・フォン・クロプシュトック伯爵は、自領の館で報告を聞き終えるなり、まずグラスを割った。
次にボトルを割った。
それから、震える伝令の胸ぐらをつかみ、殴り、蹴り、ようやく息を切らして椅子に崩れ落ちる。
「二万を出して――戻ってきたのが二千だと?」
「は、はっ……し、しかし伯爵閣下、降伏兵は散り散りに……」
「やかましい!」
扇の骨がへし折れた。
怒りは、敵ではなく味方へ向かう。
こうして、反乱軍の最初の亀裂は、内側からさらに深まっていく。
だが、戦は止まらない。
アルベルスベルクの失策を「面目の問題」と捉えた副盟主、カスパール・フォン・ヴァルトシュタイン侯爵が、名誉回復とばかりにさらなる大軍を動かした。
三万。
そのうち直参の兵が五千。
残り二万五千は、やはり徴募された民兵だった。
「数を倍にすれば勝てる」と考える者ほど、数字以外を見なくなる。
ヴァルトシュタインの軍勢がベイリアへ向けて動き出したのと、ほぼ同じ頃。
帝都からも、ベイリア平野へ援軍が送られていた。
ベイリアに派遣された帝国軍は、決して大軍とは言えない。
帝国騎士・重装歩兵三千、歩兵五千、軽騎兵五百騎。
あわせて八千五百――数だけ見れば、依然として敵は三倍以上だ。
しかし、兵の数以上に目を引いたのは、その後ろに続くものだった。
「……また、ずいぶんと太らせて来ましたな」
シャイロック伯爵は、街の外壁から見下ろしながら呟いた。
街道を埋め尽くすのは槍ではなく、車輪の列。
穀物、干し肉、乾燥野菜、予備の蹄鉄、布、油――そして、水樽。
帝都の倉を、ほとんどそのままひっくり返して運んできたのではないかと思うほど、兵糧と馬車が過剰に並んでいる。
「ツチダ殿の“腹が減っては”が、随分と浸透しておる」
隣で低く笑ったのは、今回の派遣軍の指揮官、ブレーメン公爵である。
灰色の髪に古傷を刻んだ老将は、鎧ではなく軽い軍装姿で城壁に上がってきていた。
今、二人の前の卓の上には、戦況図と、揚げたての芋がある。
「……それにしても、この芋は罪深いですな」
シャイロックは、串に刺さったフライドポテトを一本つまみ上げた。
外はかりっと、中はほくほく。
その上に、ツチダ直伝の白いソース――マヨネーズがたっぷりと乗っている。
「指揮前に食べるものじゃない。気分が良くなりすぎる」
「戦の理を語るには、血と鉄だけでは足りませんからな」
ブレーメン公爵も一本口に運び、目を細める。
「さて、シャイロック伯。儂としては平野全体の指揮をお任せしたいところですが」
「買い被りですな、公爵。私の目はそこまで良くない」
シャイロック伯爵は肩をすくめ、軽く笑った。
「野薔薇どもがどれだけ押し寄せようと、ここは通しませぬ。ただし、敵の足並みを崩す一手――離反と補給の策は、そちらのほうが得意でしょう」
ブレーメンは頷き、指で地図をなぞる。
「ではこうしましょう、シャイロック伯。止めるための歩兵をシャイロック伯が。騎兵はわが手にお預けを。最後の決のための剣として」
シャイロックはマヨネーズを指先で払ってから、柄に触れた。
「では、その“最後”のときには――」
「帝国の剣が、民を守るために抜かれたと分かるよう、せいぜい派手にやりましょう」
「……ツチダ殿が聞いたら、きっと喜びますでしょうな」
ブレーメンは、最後の一本を口へ運びながら、静かに笑った。
こうして、ベイリア平野には再び軍旗が集まりつつあった。
だが、それは前回と同じ「数」の戦ではない。
腹と道と心を賭けた、第二幕の幕開けだった。




