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農家の異世界奮闘記 ~理の目と鍬一本で、国を回し、神話を問い直す~  作者: 今無ヅイ
農家漂着編

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街道の鞍上、理と国の素性

 帝都へ向かう街道は、丘を越えるたびに色を変えていく。

 薄金の刈り株、霧灰の湿地、遠くには青く寝そべるアルメル山脈。空は白く、風は冷たいのに、土の匂いだけはしぶとく残る。


 巡検隊は歩調を崩さず進み、その中央で、ツチダとクローディアは並んで馬を進めていた。


「改めて、自己紹介をしておきますね」


 クローディアが手綱を軽く整え、横目だけこちらへ向ける。


「私はクローディア・フォン・アーネンエルベ。現皇帝陛下の娘で、今は巡検の任にあります。……好きなものは、順序の通った議論と――今日教えていただいた白いソースです」


「最後のは、条件付きですね。台所の条文で補足しときます」


 ツチダが肩をすくめると、クローディアは小さく笑った。


「ええ、“今すぐ食べる分だけ”でしたね。……反論できないのが悔しいです」


「俺はツチダです。出自は……説明が長くなるタイプの漂着者。本職は百姓。苦手なのは、腹を痩せさせるやり方と、急がせる仕組みです。あとは“それっぽい言葉だけ立派”なやつ」


「最後が一番、刺さる人が多そうですね」


 クローディアは淡々と言いながら、どこか愉快そうだった。


 彼女は視線を西へ移す。山脈の尾根に雲が絡み、光が鈍く滲んでいる。


「現在、西の神聖国とは、長く慢性的な戦争状態が続いています。名目は『信仰と秩序の防衛』……けれど、実際の火種は国境の銀鉱山です」


「銀、ですか」


「貨幣と兵站の“血”です。銀が止まると、国の循環が鈍くなる。だから『守る』と言えば、誰でもうなずいてしまう」


 クローディアの声は落ち着いているのに、内容だけが冷たい。


「問題は、その『守る』を“戦の口実”に変える者がいることです。強硬派の大貴族、クロプシュトック伯爵。軍と商会に深く絡み、戦を長引かせるほど利益が出る構造を握っています」


 ツチダは鼻から短く息を吐いた。


「あるあるですね。目的が“国を守る”から、“戦を回す”にすり替わるやつ」


「ええ。そして、さらに厄介なのが――」


 クローディアは言葉を一度噛み、隊列の音に紛れる程度の声量に落とした。


「父上の弟、皇弟アウグストが彼らと手を組んでいることです。王家の名と古い家柄が、お互いの足りないところを補い合って……停戦の芽を、何度も踏み潰してきました」


 隊の先頭、風見役のヴァルトが一度だけ眉を動かした。聞こえないふりをしている――あれは“仕事ができる顔”だ。


「結果として、国も国民も疲弊しています。小麦七公三民は、まだ良い方。人夫の供出、雑穀への新税、専売の拡張……生活の余白が削られ、民が痩せていく」


「……畑を削ってしまえば、来年の数字が削れます」


 ツチダの返しは、詩じゃなくて報告書の口調になった。


「今日の税は立っても、明日の税が倒れる。――って、言い方が一番通じやすいです。たぶん」


 クローディアが横目で小さくうなずく。


「だから兄たちは、どうにかすべきだと考えて動いています。……父上は皇帝として、戦と議場の両方に縛られている。身動きが取れないんです」


 言いながら、彼女は少しだけ苦笑する。家族の話を“説明”に落とし込むときの顔だった。


「リヒャルト兄上は宰相として、専売と税制を目的別に切り分ける改革を進めたい。ナイトハルト兄上は大学の学者たちを説得して、主戦論を抑えようとしている。……でも」


 ため息は短い。


「強硬派と叔父の連携は強固です。『外敵の脅威』を大きく語れば、議場はすぐ刃の言葉で満ちる。理を並べる時間が、いつも足りない」


 ツチダは鞍の上で体の位置を直し、うなずいた。


「畑と同じですね。声を荒げるほど、急がせる装置になる。結局、待つ理を置いて、手順で説くしかない」


「だから、あなたを帝都にお連れします」


 クローディアは、まっすぐ言った。妙に飾らない。


「畑の理を“条”に翻訳する仕事は、今の帝都にとって刃より効く。

 ――たとえば芋。『食べられなかったから飼料』という運用を、『手順が整えば補助食』に読み替える条。

 ――油。『流通維持の専売』は守りつつ、『家内の最低限の灯と食』を侵害から外す条。

 ――書式。難しい語を並べず、誰が読んでも同じ意味になる形に整える」


「……台所の条文を、議場に持ち込む日が来るとは」


「来させます」


 クローディアは一拍で言い切って、すぐ少しだけ表情を緩めた。


「と言っても、魔法みたいにはいきません。だから、あなたの“説明が長くなるタイプ”を、ここだけは活用したい」


「そこ、褒めてます?」


「半分は。半分は業務指示です」


 二人の間に、短い笑いが落ちる。甘くはない。けれど硬さが溶けて、道に馴染む。


 風が向きを変え、乾いた草の匂いが通り過ぎた。


「殿下」


 ツチダが言う。


「土の“機嫌”が見えるって言いましたけど……さっきから殿下の周り、魔素がずっと一定のリズムです。落ち着いた畑みたいで、助かります。えーと、要するに……“場が荒れにくい”」


 クローディアは目を細め、ふっと笑った。


「それは褒め言葉として受け取ります。理の呼吸は、剣の稽古と同じです。呼吸が乱れれば、言葉も刃も濁る」


 隊の後方で荷馬が嘶き、遠くに子どもの声が割れて届く。レイト村から見送りに走ってきたのだろう。小さな手が振られ、すぐ景色に溶けた。


 クローディアは前を向いたまま、声だけ少し落とす。


「帝都に着いたら、兄たちに伝えてください。『兵站は腹から始まる』こと。『専売の核心』と『家内の最低限』の線引き。……頭の硬い学者でも理解できるように、“例”と“条件”で」


「了解。箇条書きでいきます。詩みたいに言うと誤解されるんで」


「正しい判断です」


 クローディアは即答した。


「それから伯爵の扱いも。今日は暫定で済ませましたが、『恩と恐れを同じ皿に盛る』やり方は、長い目で税を腐らせる。条文で正します」


「殿下、言い方が急に料理寄り」


「あなたのせいです」


 即答の返しが、ちょっとだけ茶目っ気を含んでいた。


 ツチダは一拍置いてから言う。


「殿下の言葉は、畝みたいにまっすぐですね。どこからでも作業に入れる」


「あなたの言葉は、種です。小さくて、芽が出る。……だから踏み荒らされる前に、袋に入れて運びます」


「……俺を種もみ扱いしました?」


「はい。業務上」


 二人は短く笑い合い、再び無言で並んだ。

 蹄が同じ拍で石を叩く。山脈は近づき、街道は帝都の扉へとまっすぐ伸びていく。


 やがて遠くに青銀の旗がひらめいた。前哨の関門だ。


 クローディアは外套を正し、最後の確認を言葉にする。


「帝都では、刃は抜かず、条を抜きます。あなたは順序で話す。私は由来を示す。安全・統制・財政――この三つの目的で、共に磨きましょう」


 ツチダは短くうなずいた。


「了解。……理は独占しない。帝都にも、分けに行きます」


 夕光が傾き、二人の影が街道に長く延びる。

 畑の理と帝都の法。

 異なる出自の二つの呼吸が、同じリズムで歩きはじめていた。

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