第一次アジール平野会戦ー戦の理ー
土煙の中から、黄金色の何かがもぞもぞと動いた。
転がされた御輿の脇で、ユリウス枢機卿の名代たる使者が、泥だらけになりながら起き上がる。
黄金の法衣は土と血でまだらに汚れ、頭の冠は片方の角が折れていた。
それでも彼は、喉に錫杖を押し当てる。
『……ッ、冒涜だ……!』
増幅された怒声が、再びアジール平野に響く。
『神の使いであるこの私を、砲で撃つとは!
異端も極まれり、帝国よ――』
喉が震え、声が裏返った。
使者の顔には、先ほどまでの「神託の顔」は欠片もない。
あるのは、ただの憤怒と屈辱だった。
『全軍――突撃せよ!!』
怒鳴り声と同時に、神聖国軍の太鼓が一斉に鳴り響く。
黒い波が、どっと前に崩れた。
頼りない麻布と棒切ればかりの先頭――贖罪兵団。
その後ろから、黄金の鎧をまとった騎士団が槍を掲げる。
馬のいななき。
鉄蹄が土を蹴る音。
贖罪兵団の薄い列を縫うように、神聖国騎兵の列が前へせり出していく。
「騎兵、来ます!」
測距係の報告に、グライフェンタールは小さく頷いた。
「中央前列、分隊行動。“溝”を作れ」
命令は、旗と角笛で素早く伝わった。
帝国中央の重装歩兵陣。大盾と大槍を持つ先頭列が、まるで大地そのものが割れるように、いくつかの塊へと「分かれる」。
凸形の先端が左右にわずかに開き、騎兵の視点から見れば――
そこは「突っ込みやすそうな隙間」にしか見えない。
神聖国騎兵が、吠えた。
金槍を掲げた先頭が、その隙間めがけて加速する。
その後ろに次の列。
そのまた後ろに次の列。
贖罪兵団は押しのけられるように道の端に追いやられ、正規騎士たちが「道」を占有して突っ込んでくる。
グライフェンタールは、口の端だけで笑った。
「――そこだ」
隙間の奥には、槍の森が待っている。
帝国歩兵たちが盾を組み替え、槍を前へ倒した。
パイクの穂先が、陽光を受けて鈍く光る。
突っ込んできた黄金騎士たちがそれに気づいたときには、もう遅かった。
後続が押し上げている。馬は速度を殺せない。
前列の騎兵の瞳に、一瞬だけ動揺の色が走った。
次の瞬間――
鈍い衝撃音が連続して響いた。
鉄と肉と骨が、槍の穂先に貫かれる音。
馬が悲鳴を上げてのけぞり、騎士の身体ごと宙に放り出される。
密集していたがゆえに、引くことも避けることもできない。
槍衾の向こうで、黄金の騎兵たちが次々と崩れ落ちていく。
「前列、槍を折るな!
倒れた馬は踏み台にしろ!」
帝国側の下士官が怒鳴る。
重装歩兵たちは、押し寄せる騎兵の重さに足を踏ん張り、槍を支え、盾で死体を押し返した。
騎兵の最初の突撃は――そこで完全に砕け散った。
少し遅れて、贖罪兵団の波が押し寄せる。
棒切れと短槍が、帝国兵の大盾を叩く。
威力は心もとないが、数だけは多い。
「中央、下がりながら陣形維持!」
グライフェンタールの号令で、中央部隊がじわりと後退を始めた。
ただし、崩れずに。
隊列を保ったまま、一歩、また一歩。
さっきまで前へ突き出ていた凸形陣が、少しずつ押し戻され、やがて凹形へと変わっていく。
両翼の歩兵線は、そのままの位置を維持した。
中央だけが下がり、左右は前に残る。
やがて、帝国軍全体はゆるやかに口を開いた器のような形になった。
その中に、贖罪兵団と、生き残りの騎兵たちが押し込まれていく。
「……皿はできた」
グライフェンタールは低く呟く。
あとは――蓋だ。
彼が掲げた旗に応じ、丘の陰で待機していた騎兵隊が動き出した。
南――左翼。シャイロック軍の重装騎兵二千。
ツチダの報告にあった「硬い筋」を通り、速度を落とさず敵の側面を叩く。
北――右翼。クローディアの近衛騎兵千五百。
同時に、後方の魔力砲が再び咆哮した。
今度は、敵の「後続」を狙って。
贖罪兵団の第二・第三列あたりに魔力弾が次々と花を咲かせる。
前は帝国重装歩兵。
横からは土塁と矢。
後ろはシャイロックとクローディアの騎兵。
神聖国第一陣の一部は、こうして完全に器の中へ閉じ込められた。
グライフェンタールは、土塁の上からその光景を見下ろしながら、静かに息を吐いた。
少なくとも、神聖国が信じていた「一方的な浄化」は、この瞬間に崩れ去った。
ここは牙を持ち、理を持ち、戦う意思を持つ帝国の大地だ。
「……あとは、削りきるだけだ」
彼はそう呟いて、次の旗を手に取った。
各話のリライト、改定作業、次章以降の準備(の時間稼ぎ)のため
次回から【毎日19時の1日1回更新】にします。
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