表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
穢れ火戦争編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

107/126

一服

 アジール防衛線後方、避難所そばの野戦病院。


 黒い翼をたたんだ日鴉たちが、次々と運び込まれてくる。


 帝国兵が「救急車」と呼ぶ大きな荷馬車――

 ツチダの発案だというそれは、山から降りてきた猟兵たちを丸ごと飲み込んでは、野戦病院の軒先に吐き出していく。


 フレイヤ自身も、その一台でここまで運ばれた。


 左腕には太い添え木。

 肘から指先まで白い布で巻かれている。


 右目は半分だけ開く。

 金色の爆風に巻き込まれたとき、飛んできた石礫がかすめたせいだ。

 視界の端に、まだちらちらと光の残像が浮かぶ。


 だが――立って歩ける。


 その程度で済んだのは、あの山がまだ「アタシを生かす」と決めたからだと、勝手に思うことにしている。


「隊長、ベッド空いてますよ!」


 衛生係に回された若い日鴉が声をかけてきた。


 白い布で仕切られた簡易ベッドが、二十ほど並んでいる。

 翼を思い切り広げても眠れるように、どれも幅がやたら広い。


「いらないよ」


 フレイヤは短く答えた。


「寝たいのは山ほどいる。アタシはまだ足がついてる」


「でも腕が――」


「片手でも飛べるさ。それより、あそこのガキをちゃんと寝かせてやりな」


 顎で示した先には、翼を裂かれ、顔を真っ青にした若い猟兵がいた。

 自分のベッドを譲ろうとしているらしく、「オレは床でいい」とかなんとか言っている。


「いいから寝ろって伝えときな。“隊長命令”って言えば、逆らわない」


「……分かりました」


 渋々、といった顔で若い日鴉は頭を下げた。


 フレイヤは、ベッドの列からそっと離れる。

 外の空気を吸いたかった。


 野戦病院を出ると、すぐ向こうに避難民たちのテントが広がっている。

 それを取り囲むように、木組みの小屋が立ち並びつつあった。


 さらにその外側――


 開墾されかけの畑が、土色と若い緑でまだら模様を作っている。

 土が起こされ、石が積まれ、小さな畝がいくつも走っていた。


 帝国の農具と、日鴉の大人たちの手で、

 “狩りの民”の新しい仕事が、今まさに形になりつつある。


(……畑、ね)


 フレイヤは壁にもたれて空を見上げる。

 山を背にして見る空は、どこか薄い。

 翼を広げて落ちていくときに見た空のほうが、よっぽど濃かった。


 懐に手を入れ、小さな革袋を引っぱり出す。

 中身は、粗く刻んだ葉タバコ。

 戦に出る前に、グライフェンタールの兵から譲り受けたものだ。


 フレイヤは慣れた手付きで薄い巻紙を広げ――

 そこで動きを止めた。


 左腕が使えない。

 添え木と包帯でがちがちに固められている。


 右手だけでやろうとすると、葉がこぼれ、紙はくしゃりと寄ってしまう。


「……チッ」


 舌打ちして、もう一度挑戦する。

 指先だけで葉を寄せ、紙を指に巻きつけ――

 今度は風に吹かれて中身が飛んだ。


「ああもう、クソっ!」


 葉タバコの欠片が足元に散らばる。


「火気厳禁だ」


 後ろから、妙に堅苦しい声が飛んできた。


 振り向くと、ツチダが腕を組んで立っていた。

 いつもの地味な服に、泥と墨と、図面のインク染みが増えている。


「……堅苦しいな、お前は」


 フレイヤはタバコの紙を指先でひらひらさせた。


「山から降りてきて、ようやく一服しようと思ったらこれだよ」


「いや、ほんとにダメなんだって」


 ツチダは苦笑いを浮かべた。


「ここ、野戦病院だぞ?

 火の粉が布に移ったらやばいから」


「山頂で金色の爆発の中を飛んでた身からすると、紙巻き一本の火なんて可愛いもんだけどね」


「そういう問題じゃないからね?」


 フレイヤは肩をすくめ、少しだけ紙を握りしめた。

 右手だけではうまく締まらず、また葉がこぼれる。


 見ていたツチダが、小さくため息をついた。


「貸して」


「なにを」


「その葉タバコ。片手じゃ巻けないでしょ」


「……ふん」


 抵抗する理由もないので、革袋ごと放り投げた。


 ツチダは慣れない手つきで紙と葉を取り、ぎこちなく巻き始める。

 たぶん、吸ったことはない。

 それでも両手が使えるぶん、さっきのフレイヤよりはマシだった。


「本当は禁止なんだけどなぁ」


「じゃあなんで巻いてるんだい」


「ここまでボロボロになって帰ってきた人に、“はいダメです”って言えるほど、俺も冷たくないから」


 ツチダはそう言って肩をすくめた。


「……ただし、畑の端まで持っていくこと。病棟に煙が流れないように」


「命令口調だね」


「農政顧問だからね。“煙の流れ”も“風向き”も、俺の領分です」


 フレイヤは、巻き上がったタバコを受け取った。

 火をつける前に、手の中でふっと重さを確かめる。


「お前さんがもといた世界じゃ、こういうのには本当に厳しいんだろ?」


「うん、多分ものすごいガミガミ言われると思う」


「じゃあ、逃げるとするか」


 フレイヤは立ち上がり、耕し途中の畑のほうへ歩き出した。

 右足で、土の感触を確かめる。


 よく起こされている。

 風も、川の流れも、悪くない。


 ここに種を撒けば、きっと何かが芽吹く。

 山を焼かれた日鴉たちの、新しい根っこみたいなやつが。


「フレイヤさん」


 背中に、ツチダの声が飛んできた。


「何だい」


「……戻ってきてくれて、ありがとうございます」


 振り向かなくても分かった。

 本気で言っている声だった。


「アタシが死んだら、あの山の“道案内”は誰がやるんだい」


 フレイヤは軽く片手を振った。


「山も畑も、アタシらの仕事だよ。まだ終わっちゃいない」


 畑の端まで歩いていって、ようやく火をつける。

 煙を一口吸い込むと、胸の奥がじん、と温かくなった。


 山の匂いとは違う。

 土と、汗と、薬草と、

 それから、これから生えるであろう芽の匂いが混じっている。


「……堅苦しいやつだけどさ」


 フレイヤは小さく呟いた。


「悪くないね、あんたら帝国ってやつは」


 煙をふっと吐き出す。

 白い煙は風に乗って、これから耕される土地のほうへと流れていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ