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農家の異世界奮闘記~理の目と鍬一本で、国を救い、神に挑む~  作者: 今無ヅイ
穢れ火戦争編

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救急車

 山から、黒い影が降ってくる。


 最初にそれを見たとき、ツチダは

 (あ、本当に“飛んで”帰ってくるんだな)

 と場違いな感想を抱いていた。


 日鴉族の猟兵たちが、斜面の上から順々に滑空してくる。


 翼をいっぱいに広げ、空気を噛むようにふわりと落ち、

 最後の数メートルだけ地面を蹴って着地する。


 飛べる者は、それでいい。


 飛べない者も――さすが山の民で、岩と土の斜面をひょいひょい降りてくる。

 片脚を引きずっていても、崖の縁を怖がるそぶりがない。


「おーい! こっちだ!

 “救急車”はこっち!」


 麓に並べた荷馬車列のほうから、帝国兵士の怒鳴り声が飛んだ。


 ツチダは思わず苦笑いする。


 救急車。

 それは彼が前世の言葉で呼んだだけで、帝国語には本来ない。

 だが一度口にしたら、兵士たちは面白がって真似し始めた。


 今では、負傷者搬送用の大きな荷馬車は全部「救急車」だ。


 並んでいるのは、通常の軍用荷車より二回りほど大きい車体。

 車輪も太く、悪路で沈みにくいように作ってある。

 引いている馬も二頭ではなく、四頭立てだ。


 そして本命は中身だった。


「……これ、浮いてるのか?」


 担ぎ込まれた負傷者が、驚きに目を見開く。


 寝台は床に固定されていない。

 天井の梁から太い革ベルトで吊られていて、ハンモックみたいに宙に浮いている。


 車輪が石を噛んでも、寝台はふわりと揺れるだけだ。

 干し草と毛布が敷き詰められていて、突き上げが来ない。


 ――寝たまま運ばれる者にとって、あれがどれほど救いになるか。

 ツチダは嫌というほど知っていた。


 さらに寝台の幅が広い。

 翼を畳みきれない日鴉でも、窮屈にならないようにしてある。


「すげぇ……」


「寝たまま運ばれるなんて、貴族様みてぇだ……」


 日鴉の若い猟兵たちが、おそるおそる寝台に体を預けて妙に感心している。


「寝てていい。揺れがきつかったら、吐く前に言え」


 救護係の兵士が笑いながら、翼ごと毛布をかけていく。


 ツチダは荷馬車の横で負傷者の数を確認しつつ、ノートに走り書きしていた。

 だれがどの車に乗ったか。どの程度の傷か。

 アジール平野後方の集積地に着いたら、どの救護班へ回すか。


(……俺、農政顧問じゃなくて、災害対策の係じゃない?)


 そんなことを思いながら、次の一団を待つ。


 やがて――兵たちのざわめきのトーンが変わった。


「隊長だ……」


「フレイヤ隊長が降りてきたぞ!」


 ツチダも顔を上げた。


 山の上から、ひときわ大きな翼が滑空してくる。

 黒い羽根が、ところどころ赤黒く固まっていた。


 矢傷の跡。

 裂けた羽根が何本もある。


 それでも、飛び方は乱れていない。


 彼女はほとんど失速せず、土の上に軽く足をつけて着地した。


「おかえりなさい、フレイヤさん」


 ツチダが声をかけると、彼女はちょっとだけ目を細めた。


「……おう。“庭の鍵閉め”を済ませてきたよ」


 息は荒い。肩で呼吸している。


 近づいて見ると、身体のあちこちに包帯が巻かれていた。

 腕、脇腹、太腿。

 矢傷だけじゃない。爆風で打ったのか、青痣も目立つ。


 羽根にこびりついた血は、もう黒く乾きかけていた。


「ひどい有様ですね」


 ツチダは思わず口に出していた。


「これで“浅手ばかり”と言ったら怒りますよ」


「怒られても言うさ」


 フレイヤは片方の唇だけで笑った。


「これでも死者は少ないほうだ。飛べなくなったやつは増えたけどね」


 その声には、自嘲じゃない。

 ぎりぎりのところで守りきった自負が滲んでいた。


「あなたたちのおかげで、丘陵の防衛線は、もう“牙だらけ”です」


 ツチダは言った。


「グライフェンタール伯が、稼いだ時間を全部、土塁と壕と魔導砲――あと、よく分からない罠に変えてました」


「よく分からない罠って何さ」


「聞かないほうがいいと思います」


 正直、土木としても、倫理としても、つっこみどころが多かった。


「つまり?」


 フレイヤが首を傾げる。


「アタシらが山の上で“腹と足”をやったぶん、あっちは平野で“首”を狙う準備をしてるってこと?」


「そういうことになりますね」


 ツチダは頷いた。


「だから――あなたたちは一度、山を降りて、羽根を休ませる番です」


 フレイヤは少しだけ視線をそらし、遠く、山の稜線を見た。

 金色の閃光は、もうここからは見えない。

 だが削られた尾根の形が、前とは違うのが分かる。


「……”庭”は、今は貸してあるだけだ」


 彼女はぽつりと言った。


「穴だらけにされてるけど、あの山はアタシらのものだ。いつか取り返しに行く」


 その目には、疲労とは別の火が灯っている。

 闘志は、少しも消えていなかった。


「そのときのためにも、生きててください」


 ツチダは笑って肩をすくめた。


「日鴉族の畑だって、ようやく形になってきたんですから。畑と山、両方守るのは、生きてる人の仕事ですよ」


「……そうかい」


 フレイヤはわずかに口元を緩めた。


「じゃ、ちょっとだけ借りるとするか。“救急車”とやらを」


 彼女が荷馬車のほうへ歩いていくと、待ち構えていた兵士が頭を下げた。


「フレイヤ隊長、これツチダ殿の提案でしてね。“怪我人をできるだけ揺らさず運ぶ車”――」


「きゅう……きゅうなんとかってやつだろ?」


 別の兵が笑う。


「“救急車”です」


 ツチダが補足した。


「怪我した人を“急いで救う車”。だから遠慮なく」


「ふん。じゃあ、ありがたく“急いで救われ”に行くとするよ」


 フレイヤはそう言って、翼ごと寝台に体を横たえた。

 干し草の柔らかさに、さすがの彼女も一瞬だけ目を丸くする。


「……悪くないね。楽だ」


「気に入ってもらえたなら幸いです」


 ツチダはほっとしたように笑った。


 後ろ扉が閉まり、御者が手綱を鳴らす。

 車列が、ゆっくりとアジール平野後方――兵站集積地へ向けて動き出す。


 日鴉の猟兵隊は、しばらく傷を癒すことになる。

 翼を広げて眠れる、地上の“巣”で。


 ツチダは遠ざかっていく救急車の列を見送りながら、小さく息を吐いた。


 山で稼いだ**時間**は、これで完全に“丘”へと引き継がれた。


(……ここから先は、土木と砲と兵士の仕事だ)


(俺の出番はもう少し後ろ。

 でも誰かが生きて帰ってきたとき、食わせるものと、眠れる場所だけは――ちゃんと用意しておかないと)


 そう思いながら、またノートを開き、次の段取りを書き始めた。

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