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環境再生

 ルミナという新たな名前を得た“相棒”と共に、健太の異世界での日々は、かつてないほど活気に満ち、充実したものへと変貌を遂げていた。


アストリア王国への食料と医療品の支援は、彼の「家」の能力によって滞りなく、かつ定期的に行われるようになっていた。その結果、健太は王国の人々から「ケンタ様」と敬愛を込めて呼ばれ、文字通り「神の使い」として、彼らの精神的な支え、そして希望そのものとなっていた。彼の存在は、日を追うごとに王国に深く根付き、人々は彼がもたらす恩恵に心からの感謝を捧げていた。



しかし、健太の心には、ある種の葛藤があった。彼はただ物資を与えるだけの存在でいいのか? 自らの力で立ち上がろうとする王国の可能性を、かえって摘み取っているのではないか? そんな自問自答を繰り返す日々だった。



 ある日の午後、健太は自宅のテレビに映し出されたアストリア王国の様子に目を奪われた。画面に映し出されていたのは、魔物の襲撃によって壊滅的な被害を受けた広大な耕作地だったのだ。土は痩せ細り、荒らされた作物の残骸が痛々しく広がり、復興作業の遅れが見て取れた。ルミナが静かに、しかし明確な声で告げる。


『このままでは、来年の収穫も望めません。王国は、慢性的な食料不足に陥るでしょう。いくら主が食料を供給し続けても、彼ら自身が生産能力を失えば、長期的な繁栄は望めません』


健太は腕を組み、深く考え込んだ。ルミナの言葉は、まさに彼の抱えていた葛藤を代弁していた。


「食料を届けるだけでは、根本的な解決にはならないってことだよな…」


無限の食料があっても、いつまでも外部からの支援に頼り続けるだけでは、王国が真に自立し、発展していく助けにはなり得ない。彼ら自身が食料を生産できる力を取り戻す必要があるのだ。それは、単なる物資の供給を超えた、より本質的な支援だと健太は悟った。


「ルミナ、何か…耕作地を回復させるような方法って、この家でできないかな? 例えば、土を豊かにしたり、植物を早く成長させたり…」


健太がそう念じると、テレビ画面に「環境再生」という文字と、その下に複雑かつ美しい幾何学模様が浮かび上がり、ルミナの声が健太の心に直接響くように語りかける。


『認識しました。主の要望に応じ、環境再生能力を発現させることが可能です。この能力は本来、この拠点が何らかの攻撃を受け、ダメージを負った際に、元の姿へと瞬時に回復させるためのものです。しかし、その応用として、外部の広範囲な環境を再生することも可能です。ただし、広範囲の環境再生には、それに伴い膨大な魔素エネルギーを消費します。現在の魔素エネルギー残量で、半径約1キロメートル四方の範囲を、1週間程度で完全に回復させることが可能です。消費エネルギーは、対象となる環境の荒廃度合いによって変動します』


「環境再生…!?」健太は目を見開いた。そんな途方もないことまでできるのかと、驚きを隠せない。


彼の「家」は、想像を遥かに超える力を秘めていた。それはもはや、ただの家ではない。世界そのものを変えうる、まさしく「最強の拠点」なのだ。


「どれくらいの範囲を、どれくらいの時間で回復できるって?」


健太はルミナがさきほど説明したことを再度確認するため問いかける。


『現在のエネルギー残量で、半径約1キロメートル四方の範囲を、1週間程度で完全に回復させることが可能です。消費エネルギーは、対象となる環境の荒廃度合いによって変動します』


ルミナの声に、健太の胸は高鳴った。半径1キロメートルといえば、かなりの広さだ。それは、一つの耕作地全体を網羅できるほどの規模だろう。これがあれば、アストリア王国の食料問題も、根本から解決できるかもしれない。いや、きっと解決できる。


「よし、やるぞ!アストリア王国の耕作地を再生させるんだ!」


健太は即座に決断した。これまでの食料支援で培った王国の人々との信頼関係があれば、きっとこの前代未聞の提案も受け入れてくれるだろう。彼らはもう、健太を疑うことなどしない。彼の言葉は、彼らにとって「神託」に等しいのだから。



 翌日、健太はアストリア王国の王都郊外にある、最も被害が大きかった耕作地へと転送した。その場所は、かつて豊かな黄金色の麦畑が広がっていたはずだが、今では見るも無惨な姿を晒している。


魔物の爪痕が生々しく残り、土は痩せ細り、荒らされた作物の残骸が散乱している。雑草すらまばらな、荒涼とした大地がどこまでも広がっているのだ。そこはまるで人々の絶望が深く刻み込まれているかのようだった。


健太がその荒れ地に降り立つと、近くで復旧作業を行っていた王国の兵士たちが、彼の姿に気づき、慌てて駆け寄ってきた。彼らは、健太が食料や医療品を届けてくれる「神の使い」として、すでに彼を深く認識し、畏敬の念を抱いていた。


「ケンタ様!このような場所に一体何を…?」


兵士の一人が、警戒しつつも敬意を込めて尋ねた。健太は、ルミナの翻訳機能を通じて、彼らに穏やかに、しかし力強く説明する。


「皆さんの食料問題を根本的に解決するために、この土地を元の豊かな耕作地に戻そうと思います」


健太の言葉に、兵士たちは呆然と立ち尽くした。彼らの目には、信じられないという色が浮かんでいる。この荒廃しきった大地を、元の豊かな姿に戻すなど、常識では考えられないことだったからだ。


「この荒れた土地を、ですか…?しかし、それは莫大な労力と時間が必要であり、今の我々には…そのような途方もない作業は、何十年かかるか分かりません」


兵士が言いよどむと、健太は静かに、しかし自信に満ちた笑顔で答えた。


「大丈夫です。まぁ、見ていてください」


そう言うと、健太は荒廃した大地の中央へとゆっくりと進み出た。風が荒れた土を巻き上げ彼の衣服を揺らす。しかし、彼の表情には一切の迷いがない。彼は静かに目を閉じ、心の中で強く「環境再生、発動!」と念じる。


『認識しました。環境再生を開始します。エネルギー転送、開始』


ルミナの声が響いた直後、健太の足元から淡く、しかし力強い光が周囲に広がり始めた。光はまるで生き物のように大地を這い、枯れた土に触れるたびに、そこに生命の息吹を吹き込んでいく。


光が広がるにつれて、冷たく死んでいた大地から、わずかな熱が立ち上り、土の表面から湯気が立ち上る。兵士たちは、その信じられない光景に、息を飲むことすら忘れ、ただ呆然と立ち尽くしていた。


数分も経たないうちに、光が広がった場所の土の色が、見る見るうちに豊かで深い茶色へと変化していった。そして、その土の表面から、わずかに緑色の小さな芽が顔を出し始めた。それはまるで、乾いたスポンジが水を吸い上げるかのように、瞬く間に大地全体へと広がっていく。


そして、それは奇跡としか言いようのない速さで成長していった。枯れた雑草を押し退けるように、瑞々しい草木が芽吹き、あっという間に青々とした絨毯のように大地を覆い尽くす。


枯れていた樹木は青々と葉を茂らせ、枝には新たな生命の息吹が宿る。地面には、赤、青、黄色の可憐な花々が咲き誇り、甘い香りが周囲に満ち始める。


荒れ果てた荒野は、わずか数分のうちに、まるで時間が逆戻りしたかのように、生命力に満ちた豊かな森と牧草地へと変貌を遂げていた。


兵士たちは、目の前で繰り広げられる奇跡に、膝を突き、健太に向かってひれ伏した。彼らの目からは、とめどなく涙が溢れ落ちていた。


「これは…まさしく神の業…! ケンタ様は、まことの神の使いでいらっしゃいます!」


彼らの震える声が、再生されたばかりの森に響き渡った。その声には、畏敬の念と、そして深い感謝の気持ちが込められていた。健太は、兵士たちの過剰なまでの反応に少し戸惑いながらも、内心では計り知れない達成感で満たされていた。彼の行いが、彼らの心にどれほどの希望を与えたのか、その光景が物語っていた。


「これなら、1週間もあれば、この辺りの土地は完全に回復するはず。そして、作物を育てるための土壌も、以前よりさらに肥沃になっているはずです」


健太はルミナに状況を再確認し、兵士たちに告げた。兵士たちは、感謝と畏敬の念を込めた眼差しで健太を見つめ、口々に感謝の言葉を述べた。


彼らは、もう決して健太を疑うことはないだろう。また、彼の存在そのものが、自分たちの未来を照らす光だなどと言い健太に向かって拝みだす者たちもいた。


 

 健太がもたらした環境再生の報告は、瞬く間にアストリア王国中に広まった。それは、ただの朗報ではなく、人々の心を深く揺さぶる「奇跡」として語られた。国王は、この奇跡的な出来事を「神の恩寵」と位置づけ、健太を「聖なる救済者様」と呼び、国賓として王宮に招きたいと申し出た。国王は、健太の力を王国全体の復興に役立てたいと切に願っていた。


しかし、健太には懸念があった。以前、ルミナが王宮の安全度を「低」と判断していたことを思い出していたのだ。本来であれば一番安全であるはずの王宮を、なぜルミナは危険と判断したのか。その理由を把握するまでは、安易に王宮に足を踏み入れるべきではないと思った。


もし、自分の存在が王宮内で争いの種になったり、不測の事態を引き起こしたりすれば、それは健太の本意ではない。そのため、まだ準備ができていない今回は、国王からの要請を受けるわけにはいかず丁重に断った。


その代わりというわけではないが、耕作地の再生状況を定期的に確認し、必要に応じて環境再生能力を使うことを約束し、兵士たちにはその事を王様に報告するよう頼んだ。健太は、王宮という閉鎖的な空間ではなく、より広範な人々に直接貢献することを望んだ。


 それから王国の復興は目覚ましい速さで進んでいった。健太の環境再生能力により、荒廃した耕作地は次々と豊かな農地へと生まれ変わり、食料生産は劇的に向上したのだ。


かつては飢餓の危機に瀕していた人々は、再び希望を取り戻し、その表情には笑顔が戻っていた。街には活気が漲り、市場には新鮮な作物が並び、子供たちの明るい笑い声が響くようになった。健太がもたらした「奇跡」は、王国全体にポジティブな連鎖反応を生み出していたのだ。


そんな日が続いたある日の夜、健太はテレビでアストリア王国が王都周辺の貧しい村々にも食料を供給し始めているのを見ていた。かつて自分たちが助けを必要としていた王国が、今や他者を助ける側に回っている。彼がもたらした奇跡が王国全体に良い影響を与え、さらにはその周辺地域にまで波及していることに、健太は静かな、しかし確かな喜びを感じた。


「ルミナ、俺…この異世界に来てよかったよ。日本にいた時は自分のことだけで手一杯だったけど、ここでは人の役に立てることが嬉しいんだ」


健太が呟くと、ルミナの声が優しく返ってきた。その声には、気のせいか今までにはない温かみが感じられた。


『主の感情を理解しました。主の行動は、これからこの世界の多くの生命に希望を与えていくことでしょう。それは、単なる物質的な支援に留まりません。主が人々に与える希望は、彼らの心を豊かにし、新たな社会の礎となるでしょう。これは、主が高次の意識へと進化していく上で、非常に重要なステップとなるのです。主の精神的な成長は、この拠点の能力を最大限に引き出すことにも繋がります』


「高次の意識か…大げさだな」


健太は苦笑した。しかし、以前のような漠然とした不安や異世界に来てしまったことへの恐怖は、もはや彼の心にはなかった。彼には無限の食料、絶対的な防御、そして環境を再生する力がある。そして何よりも、彼の隣には、姿形こそ無いが常に彼をサポートし、導いてくれる「ルミナ」という頼もしい相棒がいる。


彼の平凡だった日常は、異世界に転移し根底からひっくり返った。だが、それは絶望ではなく、新たな可能性に満ち、そして何よりも「人の役に立てる」という喜びに満ちた日々へと変わっていたのだ。


健太は、アストリア王国の更なる復興、そしてこの世界全体の平和を願いつつ、次は何をしようかと、静かに思考を巡らせる。彼の平凡な家は、異世界で、とんでもない最強の拠点となった。


そして、その拠点の主である健太自身もまた、この世界で「のんびり平和に暮らしたい」という思いとともに「人の役に立つ」という目的ができて新たな道を歩み始めた。


彼の異世界での物語は、まだ始まったばかりだ。


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