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仕事終わりのビールは最高です

 ある日の午後、健太はテレビでアースガルドの最新情報を見ていた。画面には、東の大国「アストリア王国」の王都が映し出されており、何やら兵士たちが慌ただしく行き交っている。


『アストリア王国、度重なる魔物の襲撃により深刻な食料不足に陥る。周辺国家への支援要請を検討中』


健太はテレビに釘付けになっていた。音声ガイダンスの説明によると、『深刻な食糧不足』とはいえ王族や貴族、そして城勤めをしている兵士や文官が食べるには困らないくらいの食料はあるようだ。しかし、国というのは当然のことだが王族や貴族といった城にいる連中だけで成り立つわけではない。


案の定、テレビには王都や周辺の村で飢えて苦しむ子供や、空腹に耐える自分の子供を見ている事しかできない親たちの悲痛な表情が映し出されていた。


自分の家には無限の食料がある。これをなんとか彼らに分け与えることはできないだろうか?

健太は「アストリア王国に食料を供給する」と念じてみた。しかし、テレビ画面には何も表示されず、音声ガイダンスも沈黙したままだった。


「やっぱり、俺が外に出ないと無理なのか?」


健太は考え込んだ。外は魔物が徘徊し、国境紛争が絶えない物騒な世界。生身の自分が生き残れる自信はなかった。そんな環境ということもあり健太はすっかり働きもしない引きこもりの生活を送っていたのだ。


その時、健太の脳裏に、新たな情報が流れ込んできた。


『認識しました。主の安全を確保した上での外部との交流を検討します』


すると、テレビ画面に「転送」という文字と、その下に「転送可能地点:アストリア王国・王都郊外の森」と表示された。


「転送?」


健太は心の中で「転送の安全性」と念じる。


『転送は、主が指定した安全な場所へ瞬時に移動させる能力です。転送先では主の安全を確保するための結界が自動的に展開されます』


健太は目を見開いた。これなら、外の世界に出られるかもしれない。安全な場所まで転送され、なおかつ結界で守られるのなら、危険を冒すことなく食料を届けられるかもしれない。それだけではない。安全に外を歩けるのであれば、この引きこもり生活ともオサラバできるのだ。


健太は喜びで身を震えさせながら、冷蔵庫の食材を改めて見つめた。そうだ、ただ食料を届けるだけでなく、この家の能力を活かせば、もっと色々なことができるかもしれない。


「この家は俺の意志に応えて進化する」


健太は、この家の持つ途方もない力を与えてくれた「上位存在」という者たちに対し感謝と畏敬の念を抱いた。


 アストリア王国へ食料を届ける。それは、彼がこの異世界で初めて行う「行動」となる。


健太はまず、転送先の詳細をテレビで確認した。王都郊外の森は、比較的安全な場所だと表示されている。転送の際には、彼の周囲に一定時間持続する結界が展開され、その間は外部からの干渉を受け付けないらしい。


次に、健太は冷蔵庫から大量の食料を取り出した。米、パン、肉、野菜、果物…どれも最高の品質だ。さすがに全てを持っていくことはできないので、まずは食料不足で特に困っているであろう米やパン、そして肉を大量に用意することにした。


「よし、準備完了」


健太は深呼吸し、心の中で「転送」と念じる。

次の瞬間、健太の目の前には見慣れない森林が広がっていた。土の匂い、鳥のさえずり、そして遠くから聞こえる人々の話し声。どうやらここは間違いなくテレビで見ていたアストリア王国にあるあの村の近くのようだ。


健太の周囲には、目には見えないが確かに感じる温かい膜のようなものが張られている。これが結界だろうか。結界の有効時間は30分。その間に、食料を渡し、家に戻る必要がある。


健太は持参した食料の入った特大のリュックサックを地面に下ろした。リュックサックには彼の想像をはるかに超える量を入れる事ができた。しかも、あれだけ大量の食糧を入れたにも関わらずリュックを背負ってみると凄く軽いという優れモノだ。


リュックサック自体もこの家の能力で拡張されているのだろうか?


 それから健太はテレビで見た村を目指し森を少し進むと、開けた場所に出た。そこには、粗末な小屋がいくつも建ち並び、痩せた人々がひっそりと暮らしているのが見えた。


「よし、なんとか迷うことなく到着できた。あの村だ」


健太は意を決して村人たちに近づく。彼の姿に気づいた人々は、最初は警戒の色を見せたが、健太がリュックサックから取り出した米やパン、それに肉を見た途端、彼らの顔に驚きと希望の光が宿った。


「この食料は…本物か?」


一人の老人が震える声で健太に尋ねた。残念ながら健太には老人の言葉を理解することはできなかったが、健太は老人が目の前に出された食料を食べてもいいのかと聞いているのだと思い、老人に対して笑顔で頷くと身振り手振りで食べてくれと伝え持参した食料を彼らに差し出した。


すると村の人々は奪い合うように食料に群がった。飽食の時代に日本という豊かな国に生まれ食べるもので苦労などしたことが無かった健太は、村人たちの様子を見て胸が締め付けられるような思いがした。


「私たちは…飢え死にするところだったんだ…ありがとう…ありがとう…」


老人は涙を流しながら健太の手を握り何度も頭を下げた。


それから彼らが食料を分け合っている間に、健太は手早く残りの食料を地面に並べ、言葉は通じないが身振り手振りで「これはあなたたちへの贈り物だ」という意思を伝えた。人々は理解し、さらに感謝の言葉を口にした。


『結界の持続時間、残り2分です』


頭の中に流れた音声ガイダンスによって結界の残り時間が少なくなってきたことに気づくと、健太は彼らに別れを告げ、再び「転送」を念じる。

すると次の瞬間、健太は自室のソファに座っていた。どうやら転送は成功し戻って来れたようだ。


家に到着すると、彼は達成感と疲労感に包まれていた。


「これで終わりじゃない。王都にも食料を持って行かないとな」


健太はさきほどと同じようにリュックに大量の食糧を詰め込み再び転送を使って王都へとむかった。


 王都では人間だけではなく犬や猫のような耳が頭についた獣人と呼ばれる種族もおり、彼らに人間が食べる物を与えても健康に害はないのだろうかと少し心配になったが、そんな健太の心配をよそに獣人たちは健太が持ち込んだ食料を少し遠慮がちにではあるが食べていた。


どうやら問題はないようだ。


少し遠慮がちに食べてるのが気にはなったが、獣人という人たちは奥ゆかしい連中で他人の事を思いやれる種族なのかもしれない。そういう人たちは日本にいた時もたくさん見て知っていた健太は少し日本の事を思い出し懐かしい気持ちになった。


 なんとか食料の支援も終わり部屋に戻った健太はソファに座ってテレビをつける。テレビ画面にはアストリア王国が映し出されており、そこには飢えに苦しんでいた人々が、健太が持ってきた食料を笑顔で食べている様子が映し出されている。そして、その食料がどこから来たのか、人々が困惑している様子も映し出されていた。


健太はテレビ画面に映る人々を見て満足感に包まれながらプシュッと小気味いい音を立て缶ビールを開けた。

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