表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/40

交易都市アバン

 健太が「相棒」と口にした瞬間、ルミナはどこか嬉しそうに微笑んだ。その表情は、以前にも増して人間味を帯びており、健太は改めて彼女の変化を感じていた。馬車を宿屋の馬小屋に預け終え、健太とルミナは連れ立ってアバンの町を探索し始めた。


石畳の道は活気に満ち、通りを行き交う人々の話し声や、露店から漂う香ばしい匂いが健太の好奇心をくすぐる。獣人族の商人や、すらりとしたエルフの職人、屈強なドワーフの鍛冶屋など、多種多様な種族がそれぞれの営みをしていた。健太は、その光景を興味津々で眺めながら、ルミナに尋ねた。


「ルミナ、この町で一番賑わっている場所ってどこだ?」

『宿の主人が話していた情報によると、町の中心にある広場が最も活気があります。そこには多くの露店が立ち並び、様々な情報交換も行われています』


ルミナの案内に従い、二人は広場へと向かった。広場に着くと、その賑わいは想像以上だった。色とりどりの品物が並ぶ露店、威勢の良い掛け声、そして大道芸人のパフォーマンス。健太はまるで子供のように目を輝かせた。


「すごいな!なんでもありそうじゃないか!」

『はい、この広場では日用品から希少な魔道具まで、多種多様な品物が取引されています。路銀を稼ぐ方法も、ここで見つけることができるかもしれません』


健太は広場をぐるりと見渡し、何をするべきか思案した。ルミナが提案してくれた「薬師」の仕事は、湖畔での経験が活かせるだろう。しかし、いきなり店を構えるのは難しいだろうし、この町の薬事情も把握していない。


「うーん、まずはこの町の物価とか、どんなものが求められてるのか知りたいな」

『それでしたら、露店を巡りながら情報収集をするのが効率的かと存じます。主の知識は、この世界においては、まだ珍しいものが多いので、新たな価値を生み出せる可能性があります』


ルミナの言葉に、健太は頷いた。確かに、これまでルミナに頼りきりだったから、自分の知識や経験がどれだけこの世界で通用するのか、試してみたい気持ちもあった。


健太はまず、薬草を扱う露店に足を止めた。店の主人は、白髪交じりの老爺で、疲れた顔をしていた。棚に並べられた薬草は、健太が湖畔で見てきたものと似ているが、中には見たことのないものも混じっている。


「すみません、この薬草、どういった効能があるんですか?」


健太が尋ねると、老爺は面倒くさそうに顔を上げた。


「あんた、この道は素人かい?これゃあ、解熱作用のある『冷香草』だよ。風邪なんかにはよく効くが、少しばかり胃に負担がかかるのが玉に瑕でな」


老爺の説明を聞きながら、健太は冷香草を手に取った。地球の知識と照らし合わせると、日本にいた時、風邪をひいた際に飲んでいた似たような効能を持つ薬をいくつか思い浮かんだ。


「なるほど。もし、胃への負担を減らすなら、『甘露の実』を一緒に煎じるといいかもしれませんね。あとは、冷香草を飲む際は白湯で飲むと胃への負担が軽減されるかもしれません」


『甘露の実』の知識は湖畔の村で得たもので、子供たちが「甘いお薬」と呼んで腹痛を起こした時なんかに飲まれていたのだ。あとでルミナに聞いたところ、甘露の実は胃痛腹痛胸やけに効果があり、まさに酒飲みには手放せない薬だと言ってたのを思い出した。


健太の言葉に、老爺の目が僅かに見開かれた。


「ほう?あんちゃん、なかなか詳しいじゃないか。甘露の実を合わせるたぁ、思いつかんだな」


健太は、湖畔の集落でルミナや村人たちから教わった知識や、これまでルミナの力で様々な薬を生成してきた経験を思い出しながら、続けて説明した。


「この冷香草は、熱を下げる効果が高いですが、同時に体を冷やしすぎる傾向もあります。甘露の実には体を温める作用があるので、そのバランスを取ることができるはずです。それに、適切な乾燥は薬草の保存性を高め、薬効を最大限に引き出すのに重要だと、以前、本で読んだことがあります」


老爺は、健太の言葉に深く頷いた。


「まさか、こんな若いお方が、それだけの知識を持っているとはな。あんた、ひょっとして薬師かい?」


健太は苦笑した。


「いえ、専門の薬師というわけではないんですが、少しばかり薬草に詳しいだけです」

『主は謙遜なさっていますが、主の薬草に関する知識はこの世界においては貴重なものだと推測されます』


ルミナがすかさず補足した。健太は少し顔を赤くしたが、老爺は目を丸くしていた。


「まさか、そんな……。あんた、もし暇なら、俺の店で薬草の鑑定を手伝ってくれんか?最近、目が悪くなってきて、質の良い薬草を見分けるのが難儀でな」


思いがけない申し出に、健太は驚いた。


「え、私でよければ……」

「おお、助かる!日給は銀貨5枚でどうだ?腕が良ければ、もっとはずむぞ」


この世界の貨幣価値は日本円で例えるなら銅貨1枚が日本円でだいたい1,00円、銀貨1枚が1,000円、金貨1枚が10,000円といった感じだ。銀貨5枚ということは、だいたい日本円で5,000円くらい。この世界ではなかなか割のいい仕事である。


こうして、健太はアバンでの最初の仕事を得た。日中は老人の店でルミナと共に薬草の鑑定や、来店した客への薬草の効能説明を手伝った。健太の的確なアドバイスと、ルミナの助言もあり、店の評判は瞬く間に広がり始めた。健太が勧める薬草は効果が高いと評判になり、店は賑わった。


 薬師の仕事で路銀を稼ぎつつ、健太はルミナとともに町の様子を観察し続けた。すると、健太はこの町には意外なほど、ごく当たり前の生活用品が不足していることに気づく。

例えば、石鹸一つにしても、質が悪く、洗い上がりが良くない。歯磨き粉に至っては存在しない。


「ルミナ、俺たちのいた世界じゃ当たり前だったものが、この世界にはないんだな」

『はい、主。この世界は魔素が豊富に存在するため、魔道具の発達は目覚ましいですが、生活を豊かにする技術に関しては未発達な部分が多々見受けられます』

「それなら、俺が作ってみようかな。地球の知識とルミナの力があれば、きっとできるはずだ」


健太は、歯磨き粉の製造から始めることにした。まずは、この世界で手に入る素材で代用できるものを探す。ルミナの豊富な知識と情報収集能力を借りて、健太は様々な薬草や鉱物を試した。そして、数日の試行錯誤の末、健太はついに納得のいく歯磨き粉を完成させた。


それは、ミントに似た爽やかな香りの薬草と、研磨作用のある白い鉱物を組み合わせたものだった。使用すると、口の中がすっきりとし、歯もツルツルになる。

健太は、まずは宿屋の主人に試してもらった。


「これは……!なんと素晴らしい!口の中がこんなにさっぱりするなんて!歯もツルツルだ!」


宿屋の主人は目を丸くして感激した。


「もしよろしければ、この歯ブラシと歯磨き粉を、宿で売ってみませんか?きっと旅の人にも喜ばれるはずです!」


健太の歯磨き粉は、瞬く間にアバンの町で評判となった。衛兵や商人、そして冒険者たちも、その効果に驚き、次々に買い求めた。


「健太さんの歯磨き粉はすごい!口臭が気にならなくなった!」

「これを使うようになってから、虫歯の痛みが和らいだ気がする!」


この世界の人々は、食事の後に抗菌作用や口臭抑制効果のある薬草や香草を煎じた液でうがいをする程度で「歯を磨く」ということはあまりしてこなかったようだ。また、抗菌作用や口臭抑制効果のある薬草や香草はそこそこの値段がするため一般庶民は塩水やアルコールで口をゆすぐ者も少なくなかった。


そんな世界に、健太が歯磨き粉とともに歯ブラシまで製造し流通させたため、健太のもとには次々と喜びの声が寄せられた。健太も自分の作ったものが人々の役に立っていることに大きな喜びを感じた。歯磨き粉が安定して売れるようになると、健太は次にルミナ監修の下、石鹸の製造に取り掛かることにした。


この世界の石鹸は、獣の脂と灰で作られたものが主流で、匂いもきつく、肌にも刺激が強かった。健太は、地球での石鹸作りの知識を応用し、植物性の油脂と天然の香料、そして保湿成分を配合した石鹸を作り出した。


これもまた、健太印の製品として瞬く間に大ヒットした。特に女性たちからの人気は絶大で、健太の石鹸は「美肌の石鹸」として知られるようになった。



 薬師の仕事と生活用品の製造で、健太の路銀は順調に増えていった。しかし、健太の好奇心はそれだけでは満たされなかった。ルミナが言っていた「冒険者ギルド」の存在が、彼の心を惹きつけていたのだ。


「ルミナ、やっぱり冒険者ギルドに行ってみようかな。どんな依頼があるのか、見てみたいんだ」

『承知いたしました。冒険者ギルドは、この町の北区にございます』


ルミナとともに冒険者ギルドの建物の前に立つと、健太はその外観に圧倒された。頑丈な石造りの建物は、まさに冒険者たちの拠点といった雰囲気だ。中に入ると、さらにその雰囲気に飲み込まれる。


広いホールには、様々な種族の冒険者たちがひしめき合っていた。彼らは、掲示板に貼られた依頼を物色したり、酒を飲んで談笑したり、あるいは剣の手入れをしたりと、思い思いの時間を過ごしている。


健太は、受付カウンターにいる女性に話しかけた。


「すみません、冒険者になりたいのですが」


受付嬢は、健太を一瞥すると、やや呆れたような表情で言った。


「あら、こんなひ弱そうな方が冒険者だなんて。まずは登録用紙に記入してください。身分証明できるものはありますか?」


健太は、ルミナが用意してくれた、この世界では通用するであろう身分証明書を提示する。健太が用紙に記入している間も、周囲の冒険者たちは健太を見る奇異な視線を感じていた。無理もない。健太は剣も鎧も身につけておらず、とても冒険者には見えなかっただろう。


登録を終えると、健太は新人冒険者であることを証明するG級の冒険者認識票を受け取った。


「G級の依頼は、基本的には街中での雑用や、周辺の森での魔物討伐、薬草採取などです。最初のうちは、無理のない範囲で依頼を受けてくださいね」


受付嬢の説明を聞きながら、健太は掲示板に目を向けた。そこには、様々な依頼が張り出されていた。


『迷子の子猫捜索(報酬:銅貨3枚)』

『森の魔物「ゴブリン」討伐(報酬:銅貨10枚)』

『月光草の採取(報酬:銅貨5枚)』


健太は、少し考え込んでから、月光草の採取の依頼を指さした。


「ルミナ、これならいけるかな?」

『はい、月光草は比較的安全な場所に自生しており、主の薬草の知識があれば容易に採取可能です』


こうして、健太は初めての冒険者としての依頼を受けた。月光草があるというアバンの町近くの森に入ると、ルミナの案内で月光草はすぐに見つかった。月光草は、その名の通り、葉が月の光を受けて淡く輝く美しい薬草だった。健太は、慣れた手つきで月光草を採取し、ギルドへと戻った。


「おや、もう戻られましたか。早いですね。確かに月光草ですね」


受付嬢は、健太が持ってきた月光草を確認すると、驚いたような顔をした。


「お見事です。採取の仕方も綺麗ですし新人冒険者にしては上出来ですね」


受付嬢の上から目線な対応が少し気にはなったが、とにかくこれで冒険者としての初仕事は達成できた。報酬の銅貨5枚を受け取ると、健太は充実感に満たされる。日本での知識を活かして稼ぐのもいいが、こうして額に汗して稼いだお金は、やはり格別だ。


 冒険者ギルドに登録してからは、健太の生活はさらに充実したものになった。日中は薬師の店で働き、空いた時間で冒険者ギルドの依頼をこなす。生活用品の製造も忘れずに行い、健太印の製品はアバンの町で不動の地位を築きつつあった。


ある日、健太はギルドで依頼を物色していると、見慣れない男に声をかけられた。


「おい、あんた。健太っていうんだろ?」


男は、全身を重厚な鎧で固め、腰には大きな剣を携えていた。顔には傷があり、見るからに歴戦の冒険者といった雰囲気だ。


「はい、そうですが……何か?」

「俺はガゼル。Cランク冒険者だ。あんたの作った歯磨き粉と石鹸、最高だな!おかげで、長年悩まされてた口臭と肌荒れが治ったぜ!」


ガゼルは、見るからに強面だが、健太の製品を褒める言葉は、心からのものだった。


「ありがとうございます。お役に立てたなら嬉しいです」

「それでな、あんたに一つ頼みがあるんだ」


ガゼルは、健太をギルドの片隅に連れて行き、声を潜めて話した。


「実は、俺たちのパーティが今、ちょっと困ってるんだ。この間、ちょっと厄介な魔物とやり合って、回復役が怪我しちまってな。あんた、薬草に詳しいって聞いたから、もしよかったら、俺たちの回復役の治療を手伝ってくれないか?」


健太は、驚いた。まさか、上級冒険者から依頼を受けることになるとは。


「私でよければ、喜んで。どういった怪我ですか?」

「腕の骨が折れて、熱も出てるんだ。あんたの薬草の知識があれば、きっと治せると思うんだが」


健太は、湖畔で水精霊の力を使って治癒を行っていた経験と、ルミナの持つ医療知識、それに「家」には無限に湧き出している生命の泉もある。骨折と発熱程度なら、おそらく対応できるだろう。


「分かりました」


ガゼルの案内で、健太はパーティのメンバーが滞在している宿屋へと向かった。そこで待っていたのは、痩せた体格の男だった。彼の腕は痛々しく腫れ上がり、顔は高熱で真っ赤になっていた。


健太は、ガゼルから詳しい状況を聞き、ルミナに相談しながら、適切な薬草を選んで煎じた。


「これを飲んでください。少し苦いかもしれませんが、熱が下がり、痛みが和らぐはずです。そして、これは湿布です。患部に貼っておいてください」


男は、健太が差し出した薬を不安そうな顔で飲んだ。すると、しばらくすると、男の顔色が少しずつ良くなり、熱も下がっていった。


「こ、これはすごい!痛みが引いていく……!」


男は、驚きと感激の声を上げた。ガゼルもまた、目を丸くして健太を見つめた。


「すげぇな、健太!あんた、ただの薬師じゃないぞ!」


健太は苦笑した。


「いえ、これもルミナの知識があってこそですよ。私も、まだまだ勉強中です」


ガゼルは、健太とルミナに深々と頭を下げた。


「本当に感謝する。これで、俺たちのパーティもまた活動できる。あんたには、いくら礼を言っても足りねぇな」


報酬として、ガゼルは健太に銀貨5枚を渡そうとしたが、健太は受け取らなかった。


「これは、困っている人を助けるためのものですから。それよりも、もしまた何か困ったことがあったら、遠慮なく声をかけてください。この町にいる間であれば対処できますから」


健太の言葉に、ガゼルは感銘を受けたようだった。


「分かった。健太。いや、健太センセー、あんたは最高の男だ! だがな、俺たちにも冒険者としてのプライドがある。仲間を助けてもらって報酬も払わないなんてできねぇぜ!!」


そう言うと、ガゼルは銀貨の入った袋を半ば強引に健太に押し付けた。健太もガゼルの気迫に負け報酬を受け取ることにした。


この一件以来、ガゼルは健太に何かと目をかけるようになった。ガゼルを通じて、健太は他の冒険者たちとも知り合い、彼らからも様々な情報や、時には危険な魔物の素材を分けてもらうなど、交流を深めていった。


 湖畔の集落に続きアバンでの生活は、アストリア王国の一件で人と関わる事に対し少し臆病になっていた健太にとってはいいリハビリになった。自分の力でお金を稼ぎ、人々に貢献する喜び。そして、様々な人々と出会い、交流する中で、健太の心はさらに豊かになっていった。


そんなある日の夜、宿屋の自室で、健太はルミナと今後のことを話し合っていた。


「ルミナ、このアバンでの生活もすごく楽しいんだけど、そろそろ次の町に行ってみたくなってきたな」

『主の決断を尊重します。確かにアバンは活気ある町ですが、この世界にはまだまだ主の知らない場所が数多く存在します』

「そうだよな。もっと色々な場所を見て、もっと色々な人と出会いたい。それで、この世界の全てを知りたいんだ」


健太の瞳には、新たな旅への期待が満ち溢れていた。ルミナは、そんな健太の様子を優しい眼差しで見つめていた。


『では、次の目的地はどこになさいますか?』

「うーん……。そうだな。このアバンは交易の町だったけど、次はもう少し、自然豊かな場所に行ってみたいな。それに、この世界には、まだ俺の知らない魔物や、珍しい植物がたくさんいるはずだ。でもまぁ、折角馬車で旅ができるんだから目的地も特に決めず旅立つのも悪くない気がするな」

『承知いたしました』


 健太とルミナは、さっそく新たな旅への準備を始めた。次の日、このアバンで手に入れたお金で、旅に必要な物資を揃え、健太とルミナは新たな服や、道具を買い込んだ。そして、ガゼルや宿屋の主人、薬師の老店主など、これまでお世話になった人々にも、別れの挨拶を済ませた。


こうして健太はルミナとともに、アバンの町を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ