異世界生活の始まり
健太は茫然自失のままソファに座り込んだ。頭の中はパニックだ。異世界? ファンタジー小説やアニメの世界じゃあるまいし、そんな馬鹿な話があるものか。しかし、目の前の現実は彼の常識を完全に打ち砕いていた。
「どうするんだ、これ…」
食料はどうする?
水は?
電気は?
部屋にあるスイッチをオンにすると部屋の電気が点くことを確認すると健太はホッと胸をなで下ろす。次に冷蔵庫を開けてみると、中はいつも通りの食材で満たされている。缶ビール、卵、牛乳、そして昨日の残りのサラダ。賞味期限は・・・・まだ大丈夫そうだ。
「とりあえず、喉乾いたな…」
蛇口をひねると、勢いよく水が出た。冷たい水が乾いた喉を潤す。水と食料、そして電機が使えることが確認できた健太は少しだけ落ち着きを取り戻した。
────これなら、しばらくは凌げるかもしれない。
しかし、いつまで持つのか? 電気代はどうやって払う? そんな現実的な疑問が、健太の頭をよぎる。
その時、健太の視界の端で、冷蔵庫の表示灯がわずかに点滅したことに気づいた。通常はそんな動きはしない。一瞬、気のせいかとも思ったが表示灯は再度点滅する。
「なんだ?」
健太は訝しげに冷蔵庫に近づき手をかざした。すると、ヒンヤリとした冷気と共に、彼の脳裏に直接、音声ガイダンスのような声が流れ込んできた。
『認識しました。宿主の安全確保を最優先。資源生成を開始します。』
「え…? なんだ、これ…?」
健太は思わず後ずさる。
幻聴か? それとも、ついに頭がおかしくなったのか? 恐る恐るもう一度、冷蔵庫に触れてみる。すると、再び情報が流れ込んできた。
『現在の容量:無限。食材の種類:地球上のあらゆる既知の食材。鮮度:常に最高を維持』
健太は目を見開いた。
────無限? あらゆる既知の食材?
まさかと思い、彼は試しに普段は買わないような高級食材をイメージしてみることにした。
「フォアグラ…キャビア…トリュフ…」
冷蔵庫の扉を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。数秒前にはなかったはずの、瓶詰めのキャビア、缶詰のフォアグラ、そして香り高い黒トリュフが、整然と並べられているのだ。
「う、嘘だろ…!? マジかよ…!」
健太は震える手でキャビアの瓶を手に取った。本物だ。紛れもない本物の感触と、独特の香りがする。
さらに、冷蔵庫の野菜室には、新鮮なレタスやトマト、見慣れない色とりどりの野菜がぎっしり詰まっていた。彼は以前、ベランダの家庭菜園もどきで作ったミニトマトを枯らしていたことを思い出し、思わず苦笑する。もう枯れる心配はないようだ。
続けて、リビングにあるテレビに目が留まった。電源を入れてみる。画面は砂嵐だったが、健太がチャンネルを変えようとした瞬間、ノイズの向こうに異世界の風景が映し出された。
さきほど遠くに見えた城や城塞都市、空を飛ぶ巨大な鳥、そして見慣れない人々の姿。
『認識しました。宿主の情報収集を補助。この世界における情報の受信を開始します。』
再び、あの音声ガイダンスが流れる。テレビ画面の隅には、まるでゲームのHUDのように、この世界の言語(らしい文字)や、各地の地名、そして奇妙なマークが表示されている。
「ま、まさか…テレビが異世界の情報端末に…!?」
健太は確信した。この家が異世界で生き残るための、とんでもない能力を秘めていることに。無限の食料庫と、異世界の情報網。
彼が住む平凡なマンションの一室が異世界仕様へと変貌を遂げていたのだ。