第八十九話 「神の魔法」
「レンドルートとはどういう関係だ?」
アースは単刀直入にそう聞いた。操魔族の長であるゼネヴはレンドルートと対面したことはないが、隣にいるバハムはもう何年もの間、レンドルートとは関係を築いてきている。アースの最初の問い掛けに答えたのは、やはりバハムだった。
「俺たちは悲願のためにあいつと手を組んでいる。」
「悲願?」
「そうだ。俺たちレゾンはかつてから、お前ら人間との共存を願い続けてきた。だが今はお前らも知ってのとおり、人間からは目の敵にされてしまっているがな。」
操魔族に自覚はあった。魔物を操り、人を襲う行為は紛れもなく操魔族の仕業である。そんなことを繰り返していれば、人間から敵視されるのは至極当然の結果。矛盾だらけの言葉と行動にアースも理解が追いつかない。
「数年前から立て続けに起きている魔物襲撃事件は、お前らの仕業で間違いないんだよな?」
「間違いない。俺たちはレンドルートの指示に従い、襲撃先を絞っている。だから、無意味な殺しは行なっていないはずだったんだが…。」
――無意味な殺し。
エリスはその言葉を聞いた瞬間、オークの姿が脳裏に過ぎった。棍棒を何度も何度も叩きつけて、ポコポコ村護衛団の1人を殺した、あの惨劇を。
エリスはすぐにその事実を訴えようとしたが、寸前で堪えた。あの場にいたことを知られれば、フェンリルを知らないという嘘に矛盾が生じてしまうからだ。
「具体的にレンドルートは誰を狙えと、お前らに指示を出していたんだ?」
アースは憤怒を押し殺して、あくまでも穏やかな口調のまま質問を続けた。一つ一つ丁寧に、真実を解き明かしていく。
「一応誤解のないように言っておくが、俺たちはレンドルートの手駒じゃない。利害の一致として協力しているに過ぎないからな。」
バハムから大切な前置きをされてアースは黙って頷く。
「俺たちが狙っているのはナイトフォールだ。」
予想通り。やはりな、という感じでアースたちから驚きはなかった。しかし最も肝心なところ、なぜの部分についてアースが問い詰める。
「レンドルートが狙っているということも不可解だが、ナイトフォールがお前たちに何をしたんだ?」
「は?奴らは人でありながら人の敵だろ?まさか、500年前の仕打ちをお前らはなかったことにしているのか?」
ナイトフォールは確かに500年前に人間を欺いて神となった。ただ、それはごく僅かの期間であり、歴史にもあまり残されていない。ゆえに、現在ではその事実を知る者も多くはないし、操魔族が世界を救ったという事実に関しては、レンドルートとモーゼの手によって捻じ曲げられているため、これを知る人類はこの世界にはほぼいない。そして、アースもその1人ある。
「大体、俺たちの先祖がナイトフォールを打ち破っていなければ、今頃人類は明けない夜を彷徨っていたんだぞ?」
バハムが語を繋いで真実を語る。半ば半信半疑で聞いていた地の精霊の話と辻褄が合い、アースだけでなくエリスもラナリーも、それからウィルドでさえもこの事実を受け入れてしまった。
ただ、この事件には人類にとって一つ、大きな副産物があった。それは神の破綻である。
長年人類が信仰を続けていた創造神を殺し、神の座を奪ったナイトフォール。当時の人類は、その日から創造神の信仰を辞めて、ナイトフォールへの信仰へと移り変わったとされているのだが、この神の座は操魔族の手によって即座に失墜させられている。
つまり、何が起きたかというと、人類にとって信じられる神が、突如としていなくなってしまったのである。実在しない神を信仰し続けていた、という愚かさに気付かされ、人類はその日を境に生まれ変わった。ありとあらゆる局面で神には頼らず、己の責任を全うした。自分たちの社会を自分たちで創り上げ、世界に目を向けた。探究心や好奇心の赴くままに、人類は発展を遂げていったのだ。それは一人一人の思想が異なっていく、ということを意味する。その結果、集合体は分裂し、世界各地に村が点在していく、という形をもたらしていったのだ。それが、現在である。
一方、アースたちとは別行動となっていたクレアとカイルも、全ての真実を知る地の精霊と、全く同じ内容の会話を繰り広げていた。
デビルズ山脈はとっくに出て、セティア村へと向かう道中でクレアが地の精霊に問いかける。
「て言うかさ、何でナイトフォールは神になれたわけ?創造神を殺したって言って嘘をつくのは勝手だけど、それを信じる当時の人類もどうかしてるわよ。存在しないものを崇拝していたんだから、殺しの証明って不可能なんじゃない?」
「ナイトフォールの力を、クレアは知らんのじゃな。」
地の精霊はまるで腕組みでもしているかのように、私の杖から声だけを発している。
「カイルは知らんのか?おぬし、ナイトフォールなんじゃろ?」
「知らないね。僕たちだけに特別な力があるとは思えない。」
「ほほほ。これも時代の変化かのう。」
勿体振り出す地の精霊に有無を言わせないよう、私が話を元に戻す。
「時代の変化とかどうでもいいから、ナイトフォールの力が何なのか教えてくれる?」
それでも、地の精霊は即答しなかった。少し間を置いてから、静かに答える。
「ナイトフォールはの、神の魔法を扱える一族なんじゃ。」
想像の斜め上を行くワードが、私の心を強く掴んだ。
神の魔法…。そういえば、地下遺跡にあった石板の破片にも書かれていた言葉だ。ナイトフォールが昔住んでいた場所らしいし、おそらく関係はあるのだろう。そんな素晴らしそうなものをナイトフォールだけが使えるのは些かズルい、と思いながらも、私は地の精霊への質問を止めなかった。
「神の魔法って何?唱えれば神になれるの?」
「まあ、あながち間違ってはおらん。そのように操作すればな。」
「操作?ナイトフォールの神の魔法って一体何なのよ?」
「うむ。そうじゃな…、一言で言うならば洗脳じゃ。」
それがどれだけ恐ろしい魔法なのかよく分からないまま、私は唾を飲み込んだ。
まさか、術者の思うがままに人を操れる魔法、とでも言うつもりなのだろうか。神を殺したと言えばそれを信じ、自分たちが神であると言えばそれに従ってしまうということなのか。でも仮に、それが本当だとしたら大した魔法である…、なんていうレベルじゃない。大魔法を越えた、本当に神の魔法じゃないか。
「じゃあ、500年前にナイトフォールが神になれたのは、その魔法を全ての人類に掛けたからってこと?」
「そのとおりじゃ。」
「それで人類への洗脳を解いたのが操魔族…、いや待って!何でナイトフォールは操魔族に敗れたの!?同じように洗脳しちゃえばよかったじゃない!?」
「まったく…、この前話したことをもう忘れとる。」
私はハッとなって思い出す。操魔族はその体内に呪核というものを宿していて、あらゆる内面魔法を拒絶するというアレを。
私が驚きのあまり言葉を失っていると、カイルが口を開いた。
「なるほどね。だから操魔族は人類の敵となり得るナイトフォールを絶滅させようとしているのか。」
「そう言うことじゃ。」
「何でもっと早く言わなかったのよ!!」
私が割り込んで地の精霊を責めた。当然だ。こんな大事な話、カイルがナイトフォールであるという事実を知った時点で語るべきだ。
「言い出させる雰囲気ではなかったじゃろ!何じゃあの重苦しい空気は!もっと仲良くせんか!!」
なぜか、逆ギレされた。




