第八十八話 「レゾンの民」
「ここが操魔族の里か。」
クレアとカイルを先にセティア村へと向かわせ、ポラルと共にデビルズ山脈を進み続けていたアースたちは、遂に操魔族の里に到着した。カイルと別れてからというもの、魔物との戦闘は劇的に減っていた。これをアースたちは決して口にはしなかったが、カイルが操魔族に狙われているということを、全員が内々で確信してしまっていたのである。
ポラルに言われ、現在は里の手前で待たされているアースたち。そこから見える里の光景には、目を見張るものがあった。十分に手の行き届いた地盤。山に溶け込むように建てられた家屋の数々。人間がこれまでに築いてきた文明と然程変わらない光景に、アースだけでなく、エリスとラナリーも驚いていた。
その里には、1000人近くの操魔族が暮らしている。里はこの近辺でいくつかの地区に分割されており、アースたちの目の前にあるのは、その第一地区である。
操魔族は人間と同様に家族を持ち、それぞれに役割や仕事がある。知性は人間を超えるが、繁殖は極めて遅い。子宝に恵まれる可能性がそもそも低い種族であるにも関わらず、子供を試練と言って里から追い出してしまうのだから、その速度はたかが知れている。さらに、ポラルのように里に戻って来れる子供は5割程度で、年々この数は減少傾向になっていた。
結果、操魔族の里では少子高齢化社会が進んでいるのである。歯止めを効かせようとしている若者が多い中、里長であるゼネブを筆頭に、年寄り連中がこれを断固として認めようとはしないため、波紋は広がるばかりだ。
アースが遠目で里の中をさらに観察していると、3人の操魔族がこちらに向かっている姿が映った。一人だけやけに背丈が低いから、それがポラルであることは容易に想像がつく。
「あの人たちだよ!」
ポラルは里の中からアースたちを指差して、大人2人を案内する。
フードを下げて近づいてくる操魔族に、アースからも緊張が生まれる。ラナリーは頭の後ろで手を組んで余裕そうにしているが、エリスは隠れるようにアースの後方に身を寄せた。
見るからに老いぼれた操魔族と、眼光が凍てつくように鋭い、若目の操魔族。互いに顔を見合ったところで、若いほうの操魔族が最初に口を開いた。
「何しに来た?」
「俺たちは確かめたいことがあってここへ来た。」
微かな緊張を混じえた声で、アースは応対を始めた。
「確かめたいこと…?いや、ちょっと待て。まずはお前らの素性を教えろ。」
「そうだったな。俺の名はアース・ラドガルド。少し前まで、アークトリア騎士団の副団長をやっていた。」
「副団長…!?」
大人の操魔族2人は、目を丸くして驚いた。若いほうの操魔族は、長年レンドルートと結託を結んでいたバハムという男である。ちなみに、老人のほうは里長のゼネヴだ。
「お前、レンドルートに敗れたと聞いていたが…。」
バハムは何かを疑うように、アースを見つめだした。操魔族の能力を恐れているため、当然目を合わせようとはしないが、アースはその震えた口調に何かを悟った。
「それをどこで知った!?お前たちはレンドルートと繋がっているのか!?」
「ああ、全部レンドルートに聞いているぞ!!お前が俺らを狙ってあちこち嗅ぎ回っているっていう話をな!まさかお前…!」
「待て!!違う!!」
バハムは里長とポラルを庇うように一歩前へ出た。それに対し、アースも反射的にエリスに手を添える。
早くも一触即発の雰囲気を醸し出してきたバハムを、アースは必死に抑え込もうとした。
「俺たちはそれを確かめに来たんだ!レンドルートと何を企んで、何を目的にしているのかを!」
アースは歯を食いしばって、バハムの目を見つめた。目を合わせないことによる不信感を、相手に与えないために。その眼差しと訴えは、確かに心からの叫びだった。
「落ち着けバハムよ。此奴の目は正義を宿しておる。悪ではない。」
静かに仲裁に入った里長のゼネヴが、アースとバハムの間に入り込んで来た。腰に手を回し、ヨボヨボと両者の顔を見比べている。里長の威厳、というものはあまり感じられないが、その老いぼれた操魔族が間に入ったことで、不思議と空気が変わった。
「それで?お連れの方々はどちら様かの?」
朗らかな口調でゼネヴがそう言うと、アースは少し戸惑いながらも全員の他者紹介を始めた。
「このちっこいのがラナリーア・ライドール。エルヴァ村の出身で、罠師をやっている。」
ラナリーはその紹介が気に食わなかったのか、とても不機嫌そうな態度をしている。
「それからこっちの糸目の男がウィルド・レーク。元破魔魔法部隊だ。」
「今もだ!!」
ウィルドから切れ味の鋭いツッコミが入ったが、バハムとゼネヴは特に反応を見せなかった。
「そして最後、彼女はエリス・マートリー。ポコポコ村の出身で、薬草に精通している。」
「ポコポコ村…?」
エリスを最後に、アースが全員の紹介を終えた直後のこと。バハムが今度は、エリスを見つめ出した。その不審の目を突如感じったエリスは、負けじと息を呑んで答えた。
「な、何よ…!」
「エリスと言ったか?あんた、テンラン山でフェンリルを見た記憶はないか?」
エリスとアースはその問いの真意を即座に理解した。アースは心臓を鷲掴みにされたようにドキリとしたが、エリスが上手く即答してくれたおかげで、変に勘繰られずに済んだ。
「ないわね…!」
「そうか、悪いな。」
エリスとアースはテンラン山にフェンリルがいたことは聞かされていたものの、実際に2人はその姿を見ていない。バハムの質問がもう少し的を射ていたら、クレアの操魔族殺害を隠しきれなかった可能性は高い。
「儂はゼネヴ。それからこいつはバハムだ。ポラルはまあ…、知っておるか。ちなみに、【レゾン】の民に姓はない。」
レゾンとは操魔族の里のこと、あるいは操魔族そのものを差したりする。一般的に人間は彼らを操魔族と呼称しているが、操魔族は自らのことをレゾンと呼んでいる。
「さて、ここで立ち話もなんだから、うちに案内しよう。」
ゼネヴはそう言って、アースたちをレゾンに招き入れた。
ゼネヴの家は、里の中央にずっしりと建てられていた。他の操魔族の家屋とは一線を画す、豪華絢爛な佇まいである。人間が暮らす家と同じ木造でありながら、外装からは不必要なほどの拘りを感じられる。得体の知れない輝きを放つその家屋に目を奪われながらも、アースたちはゼネヴの家に足を踏み入れた。
「人間の客は何十年ぶりかの…。ほれ、適当に腰掛けよ。」
そうは言っても、家の中に椅子らしき物は見当たらなかった。あるのは何体かの魔物の剥製と本棚だけ。床には絨毯が敷かれており、壁には入り口の他にもう一つ扉があった。
ちなみに、ポラルとは途中で逸れている。ゼネヴから両親の所へ一度帰るように促され、颯爽と駆けて行ったのだ。
「それで?聞きたいこととは何だったかの?」
ゼネヴは家の奥にあるもう一つの扉の前で振り返り、アースに問い直した。




