第八十七話 「悩める若者たち」
「どうしたのみんな?道中の魔物は私が何とかするから、早く行こうよ。」
私はあくまでも平静にみんなを誘った。けれど、誰一人私に応えてくれない。
「なになに?…あ、そっか!カイルは連れていけないんだっけ!ポラル君に約束破られちゃったからなあ!でも、カイルを一人だけで帰すのは可哀想だし…。そうだ!私もカイルと一緒に下山するよ!だからみんなは、ポラル君と一緒に操魔族の里に行ってきてよ!」
みんなが何も言ってくれない理由は分かってる。それは、私がイカれているように見られているからだ。でも今更だよね。もう取り返しはつかなかくなっている。
「クレア…。」
エリスが小さく私の名を呼んだ。哀れみを含んだ悲しい目。やめて、そんな目で見ないで。こうなることは分かっていたけど、私はまだ、みんなから嫌われることを恐れている。
今度はカイルが口を開いた。けれど、私に答えるのではなく、カイルはアースの方を向いて話しかけた。
「アースさん。ここはクレアの言うとおりにしましょう。僕とクレアで、これから下山します。」
「ああ、そうだな。このバカを連れて、先に【セティア村】へ向かっていろ。用を済ませたら、俺たちも後から追う。」
「はい。」
セティア村とは、クレアたちがデビルズ山脈に向かうことを決定する前に、アースとカイルが考えていた次なる目的地のことである。
「悪いな坊主。怖い思いをさせてしまったが、俺たちを里に連れていってくれないか?このお姉ちゃんとお兄ちゃんは、一緒には来ない。」
「う、うん…。」
ポラルは戸惑いながらも、小さく頷いた。
「ありがとうな。俺たちは本当の事を知りたいんだ。坊主の言っていることが本当なら、もう争う必要は無くなるかもしれない。」
アースのその言葉に、ポラルは少しだけ喜びが戻った。
「そういうことだみんな!ラナリーアとエリスは俺について来い。あとウィルドもだ。」
アースが全てを取り決め、私たちを突き放した。思うところはたくさんあるけれど、私の意見が通っちゃってるわけだし、何も言えなかった。それに今は正直、みんなと一緒に行動したいとは思えない。
「ちょっと待って!私もクレアと行く!」
話が纏まりかけたと思った矢先、エリスが声を上げた。なんで?今の私について行きたいとか、ありえないでしょ。こんなになった私でも、一緒にいたいと思ってくれているエリスに私は嬉しいと思うけど、今は一緒にいては駄目な気がする。
「駄目だ。エリスは俺について来い。」
そうだ。アースの言うとおりだ。
「どうして?私はクレアと一緒にいたいから村を出たの!クレアがいないなら、操魔族の里に行く理由なんて私の中には何一つないよ!」
「それでもだ。今のクレアはカイルに任せて、エリスは俺について来い。さっきも話したが、クレアたちとはセティア村で合流する。悪いが少しの間、我慢してくれないか?」
「ったく…。分かったわよ…。」
アースから頼み込まれるようにお願いされたエリスは不貞腐れながら、急にバッグを地面に下ろして中身を漁り始めた。そしてエリスは、中から見覚えのある気色の悪い丸薬を一つ取り出し、私に向けてきた。
「はいこれ。」
「あ、ありがとう…。」
私は素直に丸薬を受け取った。エリスはその後、バッグを背負い直してアースのもとに歩いて行った。
「クレア。お願いだから、自分を見失わないで。」
エリスは私に背を向けて、最後にそう言った。けれど私は、何も返事をすることができなかった。
エリスたちと別れて、私はカイルと2人きりで下山した。暗い山道を、魔法の光で照らしながら進んでいく。私たちは今、セティア村へ向かっている。だから、来た道をそのまま戻っているわけではない。
セティア村はエルヴァ村に次ぐ大きな村らしいが、カイル曰く、14年前の戦争で、連合軍側の総隊長がいた村なのだという。もちろん、その彼は14年前の戦争で命を落としているので、今は亡き人物である。
さて、アースとカイルがなぜ、次の目的地にセティア村を選んでいたのか、という話である。これはカイルも初めてアースから聞かされたそうなのだが、セティア村にはあのアークトリア騎士団の団長レンドルートが、度々足を運ばせに来る村なのだそうだ。すなわち、セティア村に居座ってレンドルートの動向を探ろう、というのが、今回の魂胆である。ところで、レイナはもういいのだろうか。
「クレア。さっきは僕を庇ってくれてありがとう。」
小さな光だけが私たちの足元を照らす暗い山道で、カイルから唐突に礼を言われた。
「私おかしかったよね。自分でも分かってるの。」
「うん…。でも、クレアは最後まで僕の味方だった。態度がどうであれ、僕は嬉しかったよ。それに、あれがクレアにとっては不本意だったことも、僕は知ってる。」
「ふふ。カイルはやっぱり優しいね。まだ私に、救いの道があるとでも言ってるみたい。」
「僕が一つ、クレアの心を読んであげようか?」
何の脈絡もなく、カイルが私に微笑を向けてきた。いつも無表情のカイルが、珍しく笑っている。私は少しドキッとした。それは心を読まれる緊張感からではなく、優しい目が私に向けられていたからだ。
「急にどうしたの…?今の私の心は、きっと汚いよ?」
私もカイルと同じように微笑を浮かべ、意地悪く返事をしてみた。しかしカイルは何一つ動じることなく、私の目を見て、こう言ってきた。
「クレアは間違いなく、僕のことが好きだ。」
「はっ!?!?」
「僕だけじゃない。エリスのことも、ラナリーのことも、アースさんのことも、クレアは絶対みんなのことが好きだ。」
なんだ…、そういうことか。できれば、後の話もまとめて一つにして欲しかったな。顔を赤くした私が、バカみたいではないか。
「どうだい?当たっているだろ?」
カイルが微笑を作り直して、またも私を見つめてくる。心を読むなんていう大袈裟なことを言ってくるものだから、もっと痛いところを突いてくるのかと思っていた。これでは正直、拍子抜けもいいところだ。
気づけば、私は小さく吹き出し始めていた。
「当たりよカイル…!私はみんなのことが好き。でも、今日できっと嫌われちゃったよ。アースからはバカって言われちゃったしね…!」
「僕は好きだよ。」
「っ…!?」
何でこの青年はそんなことをさらっと言えるのだろうか。いや、それが仲間としての意味だということは分かっているけど、いくら何でも私にそれは効き目が強すぎる。
「アースさんはああ言ってたけど、クレアを嫌いになったとか、見損なったとか、そんな風には一切見えなかったよ。あんなに感情を露わにしたアースさんは久しぶりに見た。」
「それはどういう意味?」
「それを自分で考えてご覧。」
まただ。カイルはいつも肝心なところで答えをあやふやにする。別に私は、何も間違ったことは言っていなかったと思う。強いて反省点を挙げるなら、ポラル君を怯えさせてしまったことだろうか。あれは確かに、やり過ぎたかもしれない。
「みんなは決して、クレアの意志を嫌がったんじゃないんだ。言葉と態度はね、常に表裏一体なんだよ。これが矛盾すると、人は壊れたように映ってしまう。」
「難しいよカイル。」
「まあ、僕もエリスに言われてからずっと悩んでいて、さっき気づいたんだ。きっとクレアは、さっきまでの僕と一緒だよ。」
アースの推測から始まって、カイルが最初に疑われ始めた時か。
――仮にそうだとしたら、僕はとんでもない疫病神だね。
――そうかもしれないって話をしているのに、どうしてそんなに悠長な態度でいられるの?
あの時のカイルが、今の私と一緒?それでカイルは、もうすでにその答えに辿り着いたというの?
「エリスはそういうところをすぐに見抜いてくる。本当に凄いよ。」
「まあね!」
「いや…、何でクレアが誇らしげなんだ?」
カイルから突きつけられた難問を、私はすぐに答えを導き出せそうにはなかった。けれど、答えを探してみようとは、少なからず思えた。




