第八十六話 「歪む」
私は操魔族を殺した。それは過失じゃあない。私はあの時、確かな意志を持って殺したのだ。罪の意識はない。あれは正義の執行、確信犯である。
でも、この事をポラル君に打ち明けるつもりはなかった。あれは間違いなく私の正義だったけど、わざわざ伝えなくてもいいことはある。しかし、ポラル君は知ってしまった。私の失態によって。
「ポラル君…。私たちはね、少し前に操魔族に命を狙われたことがあるんだ。フェンリルっていう大きな魔物と、たくさんのオークを連れてきて、私たちを襲ったの。本当に残念な話だけど、そこで私と同じ村に住む剣士さんが、一人死んじゃったわ。」
違う。ポラル君の質問は、そうじゃなかった。私は何を言っている。これでは、ポラル君から許しを乞うような、同情を誘うような、そんな響きになってしまっている。悲劇を棚に上げて、私の覚悟を引き出しに隠すような、そんな感じ。やっていることはもう、セレシアのそれと同じだ。
「それでお姉ちゃんは、僕たちを殺したの…?」
やっぱり、ポラル君が聞きたかったのはそんなことじゃなかった。もうだめだ。口に出してしまった言い訳が、私の覚悟を崩壊させる。
言い訳じゃなくて事実。と、心に何度もそう言い聞かせても私の覚悟が戻ってくる訳じゃない。終わりだ。これ以上言葉を紡いでも、出てくる言葉はきっと全てが陳腐になる。
この期に及んでも私の頭に過っていた思考は、ポラル君に嫌われちゃうだとか、このままだと操魔族の里に行けなくってしまうだとか。もう、本当に笑っちゃうよ。
「クレア…?」
エリスが私の顔を覗き込んできた。どうやらその笑いは外に出ていたようである。きっと救いようのない表情なんだろうな。ポラル君の目には猟奇的に映っているのかもしれない。
はあ…。もういっそのこと、開き直ったほうが楽な気がする。うん、そうしよう。みんなには悪いけど、それもこれも全部、私の弱さが悪いんだ。
「そうよ、ポラル君。だから私は操魔族を殺した。真っ二つにしたの、私の魔法でね。」
私は笑いながらそう言っていた。これで本当にお終いだ。ポラル君はもう、私を操魔族の里には連れて行ってくれないだろう。私のせいで全員いけなくなっちゃったらどうしよう。
俯きながらこれからみんなにどうやって謝ろうか考えていると、突然、私の頬に衝撃が走った。一瞬、何が起きたのか分からなかった。ゆっくりと自分の頬に手を触れると、痺れる痛みがじわじわと広がっていくのを感じた。
「ねえクレア…。何で笑ってるの…?」
顔を上げるとそこには、エリスが目尻に涙を浮かべて私を見ていた。
「ははっ!ははは…!」
私は狂ったように笑い出した。
「おいおい、どうしちまったんだよ…!?」
ラナリーちゃんも困惑したような表情で私を見てくる。
これは崩れたんじゃない。現れたんだ。私の中にある何かがプツンと切れて、本性が曝け出されたんだと思う。だってまだ、自我がある。私は至って冷静だ。みんなが私を気味悪がって見てくるのを痛いほど感じ取れるし、そうなっている理由もはっきりと分かってしまう。
私はエリスを無視して、ポラル君に視線を戻した。これ以上は私が嫌われていく。そして、ポラル君を傷付けていく。そんなことは分かっているのに、分かり切っているのに、私は喋りたくてしょうがない。
「ごめんねポラル君…。ポラル君がカイルを敵って言うなら、操魔族は私の敵なの。」
弱々しい魔物を胸に抱き抱えているその小さな操魔族を、私は見下した。ビクビクと震え出すその姿を見て、少し滑稽に思えてしまった。
「落ち着いてクレア。」
「ん?私は落ち着いてるよ。」
カイルからそう言われたから、私は即答してみせた。
「だってそうでしょ?こいつらはカイルを狙ってるんだから、私たちの敵よ。地の精霊が言ってた、根は良い奴らなんてのも嘘なのよ。手伝ったのに、約束したのに、カイルは連れていけないだって?笑わせないでよ…。ほらほらそうじゃん!結局操魔族は嘘をついて私たちを欺いてくるのよ!何でカイルだけ駄目なの?カイルが何したの?私たち人間が、一体何をしたの?嘘をついて、人をこれだけ襲っておいて、何が共存よ。アースだってそう思う…」
捲し立てるように操魔族の劣悪さを述べ始め、アースからその共感を得ようと思った次の瞬間だった。
結界の中で、とてつもない轟音が鳴り響いた。アースが内側の結界を思いっきり大剣で叩きつけたのだ。ここまで一言も介入してこなかったその豪傑の騎士が、今は鬼の形相で私を睨みつけている。
「ちょちょちょ!僕の結界に何してくれてんの!?」
しかし、ウィルドの結界は硬すぎてアースの怒りの一撃をも耐え切っていた。
「おいクレア…。」
アースは怒鳴ってはこなかった。けれど、今までに聞いたことのないような声音である。体の芯を握られたような、圧倒的な威圧感。これから殺されるのではないかと思うほどの恐怖感。私はそれでもまだ、笑っていた。
「何、どうしたの?そんなに怒って…。私なんか間違ったこと言ってる?」
「いや、お前が操魔族を敵と決めつけるのはまだいい…。だがな、お前のその態度が気に食わない。自分に嘘をつくな。お前はそうじゃないだろ。」
アースは最初に爆発させた怒りを仕舞い込んで、あくまでも私を諭してこようとする。でも、ごめんなさい。自分に嘘をついていたのが今までで、これが本当の私なんだよ。ほら、良く言うじゃない。本性は追い詰められた時に現れるって。
「まあまあ、落ち着けって全員…!」
いつも喧嘩っ早いはずのラナリーちゃんが仲裁に入り込んできた。今の私なら分かるけど、きっとこっちが本当のラナリーちゃんなんだ。口は悪いし、気性も荒い。でも、本当はとっても優しい女の子。誰かを想う気持ちは人一倍強い女の子。みんなの本性ってやつが、今は手に取るように分かってしまう。
「とりあえずあれだ!魔物に囲われているこの状況をどうするかを、今は考えるべきなんじゃないか…!?」
ラナリーちゃんはそう言って、みんなの意識を今に向けた。最も無関係だったウィルドも、この状況にむず痒くなってしまったのかラナリーちゃんの提案に加勢してくる。
「ちびっ子の言うとおりだ。僕の結界も延々に張り続けられる訳じゃない。魔物が立ち去らないなら、こいつらを片付ける方法を、今は考えるべきだね。」
「なら、私がやるよ。」
地の精霊に杖に戻るよう促して、私は結界の境界線へと近づいて行った。私の歩みを止めようとする人もいなければ、何をしようとしているかを聞いてくる人もいない。そして、私は治癒魔法を展開させてから、結界の向こうに映っている魔物に杖を向けた。誰からも顔が見られていないこの角度で私はまた、笑ってしまった。
みんなに私の本気を見せてあげるよ。静かに目を閉じ、詠唱を開始する。
「大地に馳せる震動。天災を穿つ精霊の激動。汝、森羅万象の脈動を我に与えよ。地動を翻し、波動を生む。越えろ!悉く!震天動地の、その先に!――《蓮巌・地爆》!!」
私の魔法が結界の外で豪快に発動された。私たちを取り囲む全ての地面から噴出される無差別攻撃。まるで、山そのものがぶくぶくと沸騰しているかのようであった。
少しして、私のその魔法は収束を始めた。余韻の攻撃が、生き残った魔物にトドメを刺していく。そして、完全に辺りの魔物を蹴散らしたところで、夜の山は静かになった。
「もう、結界解いてもいいんじゃない?」
私はウィルドに話しかけながら後ろを振り向いた。無論、笑って。
まあ、私一人で全てを蹴散らしたんだ。きっとみんな私の力に驚いているに違いない。そういう期待を抱いて後ろを振り向いたのだが、みんなの様子が少しおかしかった。驚いてはいる。みんなが私を見つめて、口を空けている。だがそれは、私が期待していた驚きとは遠くかけ離れた、歪な驚きだった。




