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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第3章 「違う。私の願いはそうじゃない。」
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第八十四話 「デビルズ山脈の猛攻」

【スクスク】。それが、このポラル君のスクスクスクワロルの名前らしい。そのまんまといえばそのまんまだが、ポラル君が初めて飼い慣らして、自分で考えた名前に、誰が文句を付けられようか。


「よし、スクスク!あの木に成ってる実を採ってくるんだ!」


 手のひらサイズのその小さな栗鼠…、いや、その魔物はポラル君の指示に従って、忠実にその任務を遂行した。物凄い速さで木をよじ登って、器用に木の実をむしり取り、そそくさとポラル君の足元にそれを置いた。芸達者の域を超えた、まさに傀儡。


「よくやったぞ!」


 違う。ポラル君とスクスクの間には確かに心が通っているように、私の目には映っていた。


「これで里に戻れるね!スクスクをみんなに見せてあげよう!」


「うん!それで里のみんなにお姉ちゃんたちを紹介してあげる!」


 不安に駆られていた操魔族との接触も、ポラル君のその意気揚々とした言葉に救われたような気がした。


「あとポラル君…。私のことは、クレアお姉ちゃんって呼んでもいいからね…!」


 顔を火照らせ、私は勇気を振り絞って言ってみた。別に自己満足とか、ポラル君から愛称で呼ばれて慕われたいとか、そういう下心があったわけではない。ただ…、


「調子に乗りすぎよ、クレアお姉ちゃん…。」


 エリスから揚げ足を取られたかのように揶揄われ、私は死んだ。立て続けに向けられるみんなからの白い目線。羞恥が極まっていく。穴があったら入りたい。ああ、今この瞬間だけ、世界が消えてなくなればいいのに。意気消沈。後悔しても、もう遅い。



 ポラル君に先導され、私たちはデビルズ山脈を黙々と進み続けた。襲ってくる魔物の数は、奥地に進めば進むほどその数は増していった。魔物の気配が感じない間に休憩…、と思った瞬間に次の魔物が襲いかかってくる。そんなことを繰り返し、気づけば日没を迎えようとしていた。アースとカイルは相変わらず疲れを見せてこないが、私たち女性組はヘトヘトで足が棒になり、上がった息が平常に戻らないでいた。


「この山ちょっとおかしいんじゃない!?異常よ異常!!」


 そう吠えたのは、私ではなくエリスだった。正直言って、私も全く同感である。魔物一体一体の強さがそこまでではないとは言え、この数は流石に骨が折れる。


 こんなこと思いたくはないが、150体を超えるオークの軍勢を相手していたほうが楽とさえ思えてくる。エリスの兵器はとっくに底を尽きて、戦闘には参加してこない。だが、ラナリーちゃんが使う矢に塗布する猛毒の調合を歩きながらこなしている。それはそれで相当な集中力を要するだろうし、酷く疲弊するのは当然だろう。アースとカイルは相変わらずの豪腕で、ここまで顔色ひとつ変えずに魔物を捌いている。


「なんでアースとカイルはそんなにタフなのよ…!?」


「いや、僕も流石に疲れているよ。ただ、疲れを見せるのは…」


 カイルが途中で話を止めた。はい、また魔物。もう勘弁してほしい。このままだと不眠で戦う羽目になってしまう。私の魔力だって、夜通し戦えるほどあるわけじゃない。というか、ポラル君に最後の魔力増幅薬をあげちゃったから、今ある魔力が尽きたら私はお荷物になる。


「後ろからも来たぞ!」


 目の前の魔物に杖を向けた途端、ラナリーちゃんが叫んだ。今はもう仲間を信じて、背中は預けるしかない。


「ラナリーちゃん!前は私とカイルでなんとかするから!後ろはお願いできるかな!?」


「あったりめーだろ!」


 ポラル君はスクスクを胸に抱いて、私たちの間で佇んでいた。エリスはエリスで、私たちを信じて調合に専念している。毒はもちろんのことながら、今日採取した月光草を使って、照明、閃光弾、魔力増幅薬も並列で調合していた。これは身を削った消耗線…、いや、総力戦なんだ。そしてアースもたまらず、らしくもない張り詰めた緊張感のある声を上げ始めた。


「ラナリーア!直に暗闇になる!あまり俺たちから離れるな!」


「わーってるよ!」


「エリス!照明はまだか!?」


「あともう少し!!」


「全員踏ん張れ!日没までに片付けるぞ!」


 アースのその檄が、私たちの背中を押した。迫り来る魔物を確実に一体一体仕留めていく。一種の群れを蹴散らしたかと思えば、異なる種の魔物が現れる。爬行する魔物、低空を舞う魔物。多種多様に渡る魔物の軍勢が、私たちを翻弄する。


 そして、その時はあっという間に訪れた。日没という名の、暗闇へと誘う自然の摂理が、私たちを包み込んだ。


 何も見えない。魔物も、誰も彼も。不気味な気配だけは感じる。全身に突き刺さる、悍ましい気配。


「みんなお待たせ!」


 しかし、その暗闇はエリスの手腕によって、即座に晴れた。光度全開。最早昼間よりも明るい。視界が大いに開け、戦闘開始前に確認できていた遥か先まで見通せるようになった。その先には、魔物、魔物、魔物、そして魔物。絶大な光によって取り戻した私の視界を埋め尽くしたのは、数えきれない魔物だった。これはかなり、絶望的なのではないだろうか。


 入山直後に比べて、数が増えてきた実感は確かにあった。でも、全ての魔物が私たちに敵意を見せてくるなんてことは、ここまで一度もなかったのだ。


「これは……ちょっと。」


 私は額から汗を流し、笑っていた。決して、余裕があったわけではない。これはただの、絶望を誤魔化すためのまやかし、強がりなのだ。このデビルズ山脈に足を踏み入れたことが、そもそも間違いだったのかもしれない。


「おいちびっ子!!僕に杖を返せ!!」


 底の見えない戦いが、これからまた始まろうとしたその瞬間、ウィルドがそう叫んだ。そういえば、私たちの中にはまだ、ピンピンしていて力を温存していた奴がいた。


「ふざけんな!こんなのオレたちだけでやれる!」


 ラナリーちゃんの闘志はまるで消えていないようにも見えたが、それはおそらく、私と同じ強がりと、ラナリーちゃんなりのプライドがあったのだと思う。でも、正直今は猫の手も借りたい…ならぬ、バカの手も借りたい状況である。


「何をするつもりだウィルド!!」


 アースが遠くから、幾重の魔物をなぎ倒しながら大声で言った。


「僕の結界魔法で一旦この状況を凌ぐ!」


 ウィルドの結界魔法は破魔魔法部隊の中でも随一。ってアースが前に言ってたっけ。確かに、私たちを閉じ込めたあの結界魔法はとても堅牢で、アースですら打ち破れないような結界だった。もしかして、もしかすると…。


 アースは少し考えて軽く下唇を噛んだ後、頑固になっているラナリーに呼び掛けた。


「ラナリーア!一時的に杖を返してやれ!」


「は!?でもあいつに返したら…」


「大丈夫だ!いくらなんでもこの状況で逃げ出すほどバカじゃない!」


「ちっ…!くそっ!」


 ラナリーちゃんは悔しそうに背中に掛けている杖を引っこ抜き、思いっきりウィルドに投げ返した。ぐるぐる回って飛んでいく杖を、ウィルドは笑ってキャッチする。そして、自分の杖が返ってきたことで調子に乗り始めたのか、ウィルドは偉そうに私たちに指示を出してきた。


「これから詠唱に入る!君たち全員、10秒以内に僕の周りに集まれ!結界の外に取り残されても知らないからな!」


 無自覚の中で他人をイラつかせる選手権があったら、ウィルドに敵う人間はこの世にいないと思う。最後の一言は、果たして本当に必要だったのだろうか。


 そして、ウィルドが静かに詠唱を開始した。聞き覚えのある、歪な詠唱。私たちはそれぞれが目の前の魔物だけを片付けて、ウィルドの周りに集まり始めた。


 一番乗りで到着した私は、その顔面を1発ぶん殴ってやりたい衝動に駆られたが、詠唱途中だったからなんとか堪えた。続いて、カイル、ラナリーちゃん、最後にアースが駆け寄ってくる。エリスとポラル君に至っては、初めからウィルドの側にいたから問題ない。これで、全員集合。


 まさか、ウィルドに助けられる日が来るとは思っていなかった。それよりも、この状況でウィルドの言葉を信じてしまった自分に驚きである。認めたくないけど、いや、本当に認めたくないけど、こいつの結界魔法は、本物だ。


「《裁きの地獄檻(ジャッジメント・ヘルケージ)》!!」


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