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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第3章 「違う。私の願いはそうじゃない。」
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第八十話 「あの日のターゲット」

 デビルズ山脈に入ってから、地の精霊(ノーム)は杖から出てきて月光草の採取をしてくれている。まあ、正確には採取自体は私とエリスがやっていて、地の精霊(ノーム)は月光草の場所に指を差しているだけだ。顎で使われているように見えなくもないが、


「目利きを鍛えてきたことが馬鹿みたいに思えてくるわね。」


「まあそう言わないでよ。エリスのおかげで今、私は地の精霊(ノーム)と契約できているわけなんだしさ。」


 デビルズ山脈に入って早々、私たちは目標にしていた量の月光草を採取し終えた。わずか半日でその業務を終えてしまったのだから、地の精霊(ノーム)の力はやはり偉大だ。これはポコポコ村が以前テンラン山で採取した量とほぼ同じである。


 デビルズ山脈の景観は至って何の変哲もないただの山だ。急斜面は少なく、緩やかな勾配が続いている。雨も多くはないため歩きやすいし、何より木々の隙間から漏れる日光がとても心地良い。他の山と違いがあるとすれば、それはやはり魔物の数だろう。私とエリスは月光草の採取に専念していたから戦闘には参加していないが、この半日で遭遇した魔物の数は優に百を超えている。その内、襲ってきた魔物は3割くらいだった。その他は適当にやり過ごしている。


 今のところ、魔物と対峙してくれているのはカイルとラナリーちゃんで、その殆どを難なくこの二人は捌いていた。二人のコンビネーションはなぜか、阿吽の呼吸と呼ばれる類のやつで、言葉を交わさずに上手く連携を取っていた。さすがは私の騎士と自称最強ハンターだな、とは思いつつも、そういえばあの二人が会話している姿を私はあまり見たことがない。


「今なら魔物の気配が少ない。ここで小休止を挟もう。」


 そう言うのはアースだった。私は正直ヘトヘトだ。慣れない採取は腰を痛める。大きく息を吐きながら、私は地面に座り込んだ。


「疲れたああ!!」


「これしきで疲れてどうする?操魔族がいるのはまだまだ先じゃぞ。」


「もう採取はしないし、これからは大丈夫よ。それより地の精霊(ノーム)。操魔族の里まであとどれくらいかかるの?」


「5日くらいかの。それにしても、ちと妙じゃな。」


「妙?何が?」


 地の精霊(ノーム)は辺りを見回しながら、何かを考えている。急にそんな素振りを見せてきたから、私は少し身構えた。


「魔物じゃよ。いくらなんでも多すぎる。それに、奴らの操っている魔物がワシに気づかないはずがない。」


「呪印が付いた魔物も中にいたの?」


「少数じゃがな。して、そいつらは全てワシらを襲ってきている。」


 何やら不穏な香りがしてきた。私は今、疲れた体を癒そうと心から落ち着かせようとしていたのに、思わぬ水を差されてしまった。地の精霊(ノーム)が先日、友達がいるから大丈夫と言っていたのは、呪印の付いた魔物に気付いてもらえるから、という意味だったのか。


「ところで、地の精霊(ノーム)が操魔族と契約していたのは何年前の話なの?」


「ん?500年前じゃ。」


 地の精霊(ノーム)はあっさりと答えた。たぶん、人間と精霊じゃあ体感年数に大きな溝があるのだろう。500年も生きた人間などいやしないし、操魔族だってさすがにそこまで長寿ではないはずだ。


「ねえ……。その友達ってまだ生きてるのかしら…?もう地の精霊(ノーム)のことを知っている操魔族なんていないんじゃないの?」


「ほ、ほう…!そういう解釈もあるかもしれんな…!」


 どうやら図星のようだ。参ったな、と思ったのは私だけではないと思う。地の精霊(ノーム)の顔を利かせることで、操魔族との接触を円滑に運ばせようという私たちの魂胆はこの時に破綻した。もちろん、出発前にその懸念が過らなかったわけではないけれど、地の精霊(ノーム)が澄んだ顔で“友達”だなんて言うから、あの時に生死を問うのは些か不憫に思ってしまったのだ。


「バチバチにやり合う可能性も出てきたってこと?」


 エリスから遠慮のない言葉が飛んできた。それに対し、アースが口を開く。


「束になった操魔族の戦力は未知数だな。とはいえ、この山にフェンリル級はいない。」


「じゃあ引き返す理由はないよね?」


 私は目を見開いてアースに訴えた。


「奴らに隠し球がなければな。」


 ここでアースが考えている隠し球というのは、フェンリルに次ぐ強力な魔物の存在、あるいは予想を遥かに上回る操魔族の存在である。操魔族はその単体での力は強くない、というのが世間の常識なのだ。それを打ち破られたときに全滅する、とアースは懸念していた。


「それとさあ、操魔族は月光草の根絶を目的にしているんでしょ?だったら何でこの山には月光草がこんなにあるの?」


 絶妙に脈絡のない切り返しではあったが、私はなぜか突然気になり始めてしまった。


「俺たちも最初はそう思っていたんだが、おそらくそれはミスリードされていた。と今の俺は考えている。」


「どういうこと?」


「レンドルートと操魔族が繋がっているなら、双方の利害が一致していないからだ。仮に操魔族が月光草の根絶を真に狙っているならば、クレアの言うとおり、この山に月光草がこれだけあるのはおかしな話だ。」


「じゃあ、あの日テンラン山に操魔族が来た理由は何?」


 そこでアースは深く考えた後、ゆっくりと答え出した。


「誰かを殺しに来た。と考えるのが最も妥当だろうな。今考えれば、フェンリルはやり過ぎだ。あんな小さな山を荒らすだけで、奴らがそんな手駒を使ってくるのは違和感しかない。」


 私は息を呑んで愕然とした。得体の知れない恐怖が、突如私に降り注いだのだ。一体誰を、何のために…。


「その誰かって、アースじゃないの?」


 またもエリスが無遠慮な言葉を差し込んでくる。カイルへの当たりもそうだけれど、きっとエリスの心臓は鋼の鎧で包まれているのだろう。しかし、アースはこれをキッパリと否定してきた。


「俺じゃない。これには確信がある。あの日確かにレンドルートは俺を殺しに来たが、奴は操魔族から俺を遠ざけようとしていた。つまり、俺が目的ならば、操魔族もフェンリルもいらない。第一、あの時の俺を殺すにはフェンリルじゃあ力不足だ。」


 大した自信だな、とは思ったけれど、虚勢ではないことはさすがに分かる。そんなことよりも、アースじゃなければ本当に一体誰を狙ったんだ?あの日テンラン山にいたのは、私とエリスを含むポコポコ村のみんな。それからカイル。あとは途中からアンベルたちがやってきたくらいか。


「まさか、私ってことはないよね…?」


 私の声は震えていた。それはそうだ。自分があの日の操魔族の標的であった場合、私は絶望を招いた厄災になってしまうのだから。アースはまじまじとこちらを見ている。不安をグッと堪えて、私は静かにアースの返答を待った。


「これは時が来たら必ず話すが、クレアの可能性も十分ある。だが、俺の予想は違う。」


 何やら興味を引き立てる不穏な前置きをされたが、とりあえずアースの予想が私ではないということに安堵しておこう。


「じゃあ、誰なのよ…?」


 エリスがとても不安な口調でアースに言った。無理もないだろう。さっきまでの私の心中が、エリスに移ってしまったのだから。ゴクリと息を呑む一同。予想とはいえ、アースの口振りからは確度の高さを感じ取れる。そして…


「実は、この山に入ってからずっと考えていた。奴らの目的が月光草の根絶ではないのならば、採取に来た連中に興味はない。だが、あの日一人だけ、そこに異質が混じっていた。」


 ここまで話されれば、私たちの視線が一人の青年に向いてしまうのは、至極当然の反射であった。


「操魔族の狙いは、おそらくカイルだ。」


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