第七十九話 「浮かれた魔女」
アースとカイルはやはり、操魔族が地の精霊の友達ということに驚きを隠せなかった。しかしそれよりも、地の精霊が操魔族のことを“根は良い奴ら“と語ったことが、どうしても腑に落ちないようである。
「奴らはここ数年、多くの魔物を操って人を襲っている。それは間違いなく人類を脅かす敵だ。だから俺は騎士団にいた頃、操魔族を追いかけ続けていたんだぞ。」
「じゃからのう…。ワシもそれについてはよく分からんのじゃ。かつて契約していた男と共にいた時は、そんなこと決して行うような奴らではなかったからの。」
地の精霊がその昔、操魔族と契約していたのが何年前のことだかは知らないが、確かに操魔族が人類を襲い始めたのはここ数年前からの話である。何百年もの間、地の精霊は人類の前に姿を現さなかったみたいだし、話の辻褄は合う気がしてしまう。
「それにしても、俺たちが追いかけ続けていた操魔族の巣が、まさかデビルズ山脈にあったとはな。魔物が多いあの山脈にはもちろん目を付けてはいたが、いかんせん広大過ぎたからな…。」
「それでどうする?私は確かめに行きたいと思ってるよ。地の精霊の話が本当なら、どうして人類を襲うようになったのか。私は知りたい!」
この気持ちは、いつもの好奇心からではなかった。このまま見過ごすことはきっと、操魔族を殺したあの時の覚悟を、蔑ろにしてしまうような気がしたから。
「危険だよクレア。僕たちは奴らの仇なんだ。操魔族の殲滅は確かに悲願ではあるけど、わざわざ巣に飛び込むような真似は避けるべきだ。」
「それでもね、カイル…。私は行かなくちゃいけないと思うんだ。」
私はしっかりとカイルの目を見て答えた。今の私は、たぶん一人でも行ってしまうような気がする。そのくらい、なぜか強い想いになっていた。カイルもきっと、自分が行きたくないから反対してきているわけではないだろうし、私が強い意思を示せば、絶対に来ると思う。
「クレアの言うとおりだな。これは流石に見過ごせる案件じゃない。」
「月光草がないんだから、どの道行かなくちゃいけないんだものね。しかも、今のクレアなら操魔族が襲ってきてもなんてことないでしょ。」
みんなへの説得が必要になるかと思ったが、案外そんなこともなかった。アースとエリスは、私の意見に同意してきた。エリスに至っては本来の目的を貫いている。あとは、カイルとラナリーちゃんだけど…。
「アースさんが行くなら、僕も行きます。」
そうだった。カイルはアースに従順、というより魂を捧げているのだった。「ちょろいな」と不覚にも思ってしまったことは、後で反省しておこう。
残るはラナリーちゃん。まあ、どうせ来るだろうとは思うけど、無理強いはしたくない。これはラナリーちゃんにとっては無関係過ぎるし、ヴォルフさん救出には一切繋がらない危険な道だ。
「何だよジロジロ見やがって…!オレも連れてけよ!」
ふふ、やっぱりね。どうやらあっさり決まったみたいだ。これから全員で、デビルズ山脈へ向かう。目的は2つ、月光草の採取と操魔族との接触。
もちろん、ウィルドに拒否権はない。こいつは強制連行である。
「なあ、ちびっ子。デビルズ山脈に行くなら僕に杖を返してくれないか?」
「ちびっ子言うな!!」
ウィルドの杖は現在、ラナリーちゃんの背中に掛かっている。ラナリーちゃんの背丈とほぼ同じ長さはあるその杖が、より一層ラナリーちゃんを小さく映してしまっていた。
「僕も力になれると思うよ?」
「ふざけんな!師匠を取り戻すまで杖は返さねえ!」
ウィルドを戦力として数えることができるならば、それは確かに強力ではある。だが、この男に杖を返すわけにはいかない。それは、こいつの魔法のラインナップは、かなり逃亡向けなものが多いから。
かくして、私たちはすぐにデビルズ山脈へと向かい出したのだが、そこまでの道のりは終始平坦で、一切の難航なくその麓まで到着してしまった。途中見えていた山脈の稜線は、その仰々しい名称とは一切似つかず、長閑な山という印象を私に与えてきた。
ちなみに、楽には辿り着いたがここまでで2日を要している。エルヴァ村を囲う環境は、東にレクト平原、西にレクト樹海と、近辺に月光草の採取ポイントが少ない。そして、最も近いデビルズ山脈に採取へ向かうことは非常に稀だと言う。
わざわざ魔物が巣食う山へ採取に行くほど、エルヴァ村の人々は月光草に依存していないのだ。とはいえ、アークトリアへの貢が必要になるこの時代で、月光草は採取しなくてはならない。だから、エルヴァ村の人々は2周期ごとに遥か東、レクト平原を越えた先にある山まで、往復10日を掛けて赴いているらしい。私の故郷、ポコポコ村より断然に栄えてはいるが、やはり村によって境遇はそれぞれであるな、と思わされた今日この頃であった。
そういえば、デビルズ山脈に向かう道中で、私の《防御魔法》はテストに合格した。カイルの斬撃を弾いたことには成功したものの、しかしアースの渾身の一振りには敵わなかった。その時はまた不合格か、と思ったけれど、アースは少し考えてから「十分だな」と言った。それに対し、ウィルドが鼻で笑ってきたことは物凄く癪に障ったけれど、その後に付け加えられたアースの言葉が、私の心をひどく跳ねさせた。
――お前はおそらく天才肌だ。いずれゼフィロを越える大魔法使いになるだろう。
もちろん、私は浮かれ気分になって調子に乗った。調子に乗って、今の私ならレイナに勝てる?なんて聞いてしまったくらいには、本当に調子に乗っていた。これは、反省すべき事態である。
「ねえねえアース!今の私ならレイナに勝てる!?」
「…」
心地良い風が通り過ぎた後、アースは言った。
「さっきの発言は撤回しておこう…。」
みんなの嘲笑が私に向けられた。アースに視線を向けていたから、全員の表情を確認したわけではないけど分かる。絶対に私を馬鹿にしている。そんな視線が、チクチクと私の全身を刺していた。
「君さあ、今のレイナ姫の強さ舐めてるでしょ?ゼフィロがいなかったら君たち全員、あの地下遺跡で今頃死んでたからね?」
地下遺跡に向かったクレアたちの当初の目的は、火の精霊奪回であった。実はあの時、アースはレイナの滅焔魔法が未成熟であると踏んでいた。厳しい戦いになることは予想していたが、勝算はあったのだ。しかし、レイナとゼフィロの戦いを目の当たりにしたカイルからその全容を聞いたアースは、一人猛省していた。同じ志があるとはいえ、少女3人を死地に連れて行ったしまったことに。
「全員すまなかった。こればっかりは、このバカの言うとおりだ。」
アースがあまりにも気落ちするようにそう言ったものだから、ラナリーちゃんによるウィルドの調教は寸前で堰き止められ、少し重苦しい空気を漂わせた。
デビルズ山脈の麓。私たちはいよいよ、その山に足を踏み入れる。その広大な山脈を端から端までくまなく捜索しようとすると、満月を百周させても足りないらしい。途方もない日数だ。満月を百回見るということは…。
私は少し数字を数え始めたが、すぐにやめた。




