第七十八話 「悪魔の友達」
月光草在庫切れ。
私たちはエルヴァ村にある薬草屋の店主から、そう告げられた。エルヴァ村には何店舗か薬草屋があるらしいが、どこも在庫切れ、良くても品薄の状態になっているらしい。辺境ポコポコ村でさえ、そんな事態に陥ることは滅多にないというのに、どういうことなのだろうか?
エリスが訳を問い詰めようと店主に話しかけると、何やら言葉を詰まらせるようにモジモジと目を泳がせ始めた。
「い、いや…。その…ですから…。」
その店主は目を泳がせながらも、どこか一点をチラチラと気にかけている。不審に思った私は、その気になっているであろう視線の先を、チラリと追ってみた。
するとそこには、冷や汗をダラダラと流しているウィルドの姿があった。おい、まさか…。
「てめえか!?」
すると、ラナリーちゃんが急に怒鳴って、ウィルドの胸ぐらを掴んだ。背の低いラナリーちゃんの目線の高さまで、ウィルドは引き寄せられる。
「ち、違うんだ!これはモーゼ隊長の命令で…!」
「言い訳すんなバカ!!」
つまりは、こういうことだ。
先日、ウィルドが騎士団を連れてエルヴァ村に来た際、月光草はほぼ全てその時に押収されてしまっていたのだ。そして、その月光草はヴォルフさん諸共、騎士団がアークトリアへ持って帰ってしまった。という訳である。
「次の満月はいつ?」
無い物はしょうがないので切り替える。私はおもむろに、エリスに問いかけた。
「20日後よ…。」
エリスはため息混じりに、そう答えた。正直に言って、気の遠くなるような日数である。私もついため息を吐いてしまい、精一杯の嫌味を込めて、ウィルドに冷ややかな視線を送った。私たちの中で月光草を見つけられるのはエリスしかいないし、1人での採取となるとこれまた負担をを掛けてしまう。ラナリーちゃんはラナリーちゃんで、ウィルドに何度も頭突きをお見舞いしていた。
「月光草が欲しいなら、別に満月まで待たんくても良いじゃろ。」
落胆と喧騒が入り混じる空気の中、突然地の精霊が私たちの会話に割り込んできた。あまりにも楽観的な口調で告げてきたので、少し呆れてしまう。月光草はその特性上、月明かりが強い日じゃないと発見が困難なのである。そんなことは私でも知っていた。
「地の精霊…。月光草はね、見つけるのが大変なの。だから満月の夜まで待つしかないのよ。」
「いやいや。じゃからワシを誰だと思っとる?地を司る精霊じゃぞ?」
私たちは全員、目を丸くして互いを見合いながら、地の精霊に分からされてしまったのである。呆れていたのは、私たちのほうではなく地の精霊のほうであった。地の精霊は確かに、私の杖がユグドラシルの杖であることを一目で見抜いてきた。まさか、新月だろうと真っ昼間であろうと、月光草を見分けることができるというのだろうか。
「ここからじゃと、【デビルズ山脈】が一番近いの。」
「デビル…!」
私はその名を聞いて、背筋が凍りかけた。もちろん、その山脈は初めて聞いた名前であるから、背筋が凍りかけた理由については、ただ名前の響きに恐れただけである。
「おい。デビルズ山脈は魔物の巣窟だぜ。レクト樹海なんか比にならないレベルで魔物がたくさんいるところだ。」
ラナリーちゃんがそう言うと、私の背筋は完全に凍りついた。つまりは、名前どおりということであった。
「確かに魔物の数はズバ抜けて多い場所じゃが…、なーに心配せんでもいい。あそこにはワシの友達がおる。」
「友達?」
何やら地の精霊から随分と牧歌的なワードが飛び込んできた。長年一人であの地下遺跡に籠っていたくせに、友達などいるのだろうか。というか、精霊に友情という概念があったことに驚きである。
いや待て。何でそんな魔物の巣窟に友達などと呼べる人がいるんだ?そもそもその友達は人なのか?なんか色々と不安が募り始めてしまった。
「で、その友達って誰なのよ?」
私は全く見当も付かないまま、地の精霊に問いかけた。
「ん?うーん…今は確か、操魔族と呼ばれておったかの?」
私は椅子から転げ落ちたかのような衝撃に襲われる。言葉を失い、体は硬直した。
あの操魔族が、地の精霊の友達?訳が分からない。ビクビクしながらエリスを見ると、やはり私と同じような体裁で固まっていた。生憎カイルとアースは今、村の外で待機している。私なんかとは比べ物にならないほどの因縁を、あの2人は抱いているはずだ。このことは、黙っておいたほうが良いのだろうか。
いや、それよりも私は操魔族を一体殺している。このことが地の精霊にバレたら、どうなってしまうのだろうか。契約破棄だけは御免だ。とは言っても、隠し通すことは難しいだろうし、これから共に過ごしていく精霊に対して、秘密にしていい内容でもない気がする。
「根は良い奴らじゃぞ。」
そんなことを言われても、私の中に映っている操魔族の印象は変わらない。鋭い眼光、禍々しい角、荒々しい口調。何より、あの日私たちを襲わせたオークの軍勢とフェンリルを忘れられるわけがない。
「操魔族とはどういう関係なの?」
「おぬしの前に、契約していた奴がそうじゃった。」
私はまた椅子から転げ落ちた。椅子に座っていたわけではないのだが…。
精霊は見込んだ相手としか契約を交わさない。悪意の権化とも言える操魔族が精霊と契約していたなど、にわかに信じ難い話である。が、当の本人がそう言っているのだから間違いはないのだろう。
「ねえ地の精霊。私はその操魔族に一度命を狙われているんだけど、根は良い奴っていうのは嘘じゃないかしら?」
「そうなのか?まあ人類に多少の恨みがあるとはいえ、無差別な殺戮を起こせる奴らではないんじゃがのう。おぬし何かしたのではないのか?」
「してないわよ!それに奴ら、無差別な殺戮は昔からしてるじゃない!」
とてもじゃないが、操魔族殺害を告白できる雰囲気ではない。
「うーむ。時代の変化かのう…。それで?おぬしは命を狙われてどうしたのじゃ?」
心臓が口から飛び出てきそうなくらいにはドキリとした。
大丈夫、真実を言えばいい。あれは正当防衛であったし、そもそも操魔族は悪なのだ。ここで言い訳めいた発言をしても、私の心はモヤモヤするだけだし、あの時の覚悟を忘れたくはない。
「私とカイルで、殺したわ。」
「そうか。やるの。」
それだけだった。たったそれだけ。“殺した”という直接的な表現をあえて使ったのにも関わらず、地の精霊は決して怒りはせず、どちらかというと、哀愁が漂っていたように感じた。
「月光草は回収できたか?」
私たちは村の外で待機していたアースたちと合流した。開口一番に問われたアースの質問に、私は何も答えず首を横に振る。
「仕方ないな。ちょうど今、カイルと次の目的地を相談していたところなんだが…」
「ごめんアース。ちょっと聞いてもらいたい話があるの。」
私はアースの話を遮って、ゆっくりと語り出した。




