第七十六話 「クレアvs地の精霊 終幕」
第二章の最終話です!
「水の精霊は14年前の大戦で、アークトリアがシルビアから奪ったんだよ。」
ウィルドは容赦無く答え始めてしまった。ゼフィロさんの表情が、より一層辛くなっている。
「だから今、水の精霊はアークトリアで封印されている。ルドルフが飼い慣らそうとはしているが、あの頑固な精霊は頑なに拒否し続けているんだよ。それもこれも、全部そこの爺さんのせいでね。」
「そこまでだウィルド。」
アースが気を遣ってか、饒舌に語り出したウィルドに釘を刺した。
「よい。ウィルドの言うとおりじゃ。儂があの戦争で、シルビアを見捨てたのは事実なのじゃから。」
「いやいや。あれは【クラーク】のせいよ!ジジイは何も悪くないでしょ!!」
同村のセレシアがゼフィロさんを庇い出す。この短い会話の中で、私の知らない人物が3人も登場してきたおかげで、私の理解はもう追いつかなくなっている。けれど、あの腹黒いセレシアが他人の気持ちを庇うということは、おそらくそれ相応の訳があるのだろう。
「ちょっとあんた!クラーク先生を悪く言うつもり!?」
今度は、シャルロッテが喧嘩でも始めようかという威勢で入り込んできた。セレシアも、それに負けじと応戦を開始する。いや、だからクラークって誰なんだよ。
「はあ!?あのちょび髭ジジイがあんな卑怯な真似をしなければ、今頃あの戦争で勝ってたのは連合軍のほうなのよ!あんな奴、魔法使いの風上にも置けないわよ!」
「何言ってんの!?あれは歴とした戦術よ!?それに対処できなかったアーセント村が悪いんでしょ!まったく…、クラーク先生への八つ当たりはやめてよね…。」
何やら壮大な話に飛躍しているような…。クラークという人は、戦争の行方を左右した人物なのだろうか。セレシアは目の敵にしているようで、シャルロッテは敬っているように聞こえる。私の中で、クラークの人物像が全く湧いてこない。
「そこまでじゃ2人とも。」
セレシアとシャルロッテが巻き起こしたその喧嘩は、ゼフィロさんが仲裁に入ったことで収束した。しかし、シャルロッテは吐き捨てるように、ゼフィロさんに恨みの目を向ける。
「ゼフィロ…。あんたがクラーク先生を殺したこと、私は忘れないわよ。」
クラークは、もうこの世にはいなかったようだ。一体、何がどうしてこんな話を聞かされなくてはならなかったんだろうか。それは、私が水の精霊の所在を何気なく聞いてしまったからである。わけのわからない話に飛躍はしたが、14年前の大戦以降、水の精霊はずっとアークトリアに囚われている、という事実だけは辛うじて飲み込めた。
「それじゃあ、儂らは帰るかの。」
もう、この地下遺跡に用はなくなった。ゼフィロさんともここでお別れになる。精霊魔法の極意を伝授してもらいたいという気持ちもあるが、私には元火の精霊の使い手で元アークトリア騎士団副団長のアースがいる。
「ありがとうゼフィロさん。今度また、アーセント村に行ってもいい?」
「ほっほっほ。もちろんじゃ!同じ精霊使いとして歓迎するぞ。反撃の日も、近づいてきているようじゃしな。」
あのアークトリアが唯一恐れている魔法使い。私はそれに、肩を並べようとしている。
「ところで、そこの2人はどうするの?」
私の発言で、シャルロッテとウィルドに視線が集まる。生け捕りにしたのは私の目からも歴然であるが、さすがに2人同時は私たちの手には負えないような気がする。だからと言って、ゼフィロさんに押し付けるのも失礼だろう。
「シャルロッテは儂が責任を持って預かる。と、さっきそこのアースと話し合って決めたんじゃ。」
“シャルロッテは“ということは、ウィルドは私たちが預かるのか。さて、この下品な男をアースはどうするのだろうか。
「そういうことだクレア。仕方ないが、このバカはしばらく俺たちと同行させる。」
「は…?嫌よ!!」
「まあそう言うな。一応こいつは腐っても破魔魔法部隊だ。」
アースはそう言って私の機嫌を押さえ込むと、今度はウィルドに向かって指示を出した。
「おいウィルド。これから少しずつクレアに魔法を教えてやれ。」
は?本気でいらないんだけど。
確かに師匠が欲しいと思ったことは度々あるが、この男を師匠だなんて絶対に呼びたくはないし、思いたくもない。私が欲している師匠の人物像は、ゼフィロさんみたいな人なのだ。それがどうして、こんなどこを見ているか分からないような糸目の奴に、教えられなくちゃいけないんだ。
「僕に魔法を教えてもらえるなんて、光栄に思ったほうがいいよ?」
苛立ちを通り過ぎて呆れ。いや、気持ちが悪い。
「いてっ!!」
「お前まじでうっせぇよ!」
私の寒気を払拭してくれるかのように、ラナリーちゃんがウィルドの尻を蹴り飛ばした。痛がるウィルドは、ペコペコとラナリーちゃんに頭を下げている。何だか、2人の主従関係を見せつけられたようだった。
こうして、地下遺跡抗争は幕を閉じた。レイナには逃げられ、火の精霊の奪回は叶わなかったものの、私が地の精霊との契約に成功したことを、アースは考え得る最高の結果である、と言ってくれた。
みんなが出口に向かって歩き始める中、私は最後にこの壊れかけている地下遺跡を眺めた。散らばる瓦礫。私の背中を殴打した大きな岩。折れた柱。岩のドーム。それから砂地獄。地の精霊との激戦を繰り広げたこの空間を、ゆっくりと心に留めていく。私の人生を変えた場所、と言うとちょっと大袈裟かな。
「ねえ地の精霊。私強かった?」
私は静かに喋りかける。自分を認めてもらいたい。今ならその欲求を満たす言葉が返ってくるのではないか。打ち負かした相手にそれを求めるのは卑怯なのかもしれないけど、私はそれでもよかった。
しかし、私が発したその言葉は、なぜか挑発的に響いてしまった。自尊心や承認欲求を埋めるそれとは違う、不安が混じったような声音ではなかったのだ。
「全然じゃな。ワシに勝てたのはまぐれじゃまぐれ。」
「へえ?それは負け惜しみ?」
「たわけ。あの時《治癒魔法》を阻止していれば、ワシの勝ちじゃ。」
「はいはい。情けをかけてくれてありがとう。」
「ぐぬぬ…。」
「これからよろしくね、地の精霊。」
和やかな小競り合いが、私を強くさせた気がする。だって、地の精霊は私の強さを否定してきた。それなのに、今の私は自信で満ちている。
「クレアー!何してんのー?置いて行くわよー!」
遠くからエリスの声が響いてきた。ハッとなって振り返った私は、大きな声で返事をする。
「ごめん!!今行く!!」
そう言って小さく駆け出したつもりの一歩が、なぜか妙に跳ねた。




