第七十五話 「クレアvs地の精霊 契約」
私はまだ、実感が追い付いていない。この私が、誰の力も借りず、一人で地の精霊に…。
沸々と湧き上がってくる興奮が、ようやく私の喉元まで来た時、突然視界が暗くなった。
「クレア!!」
エリスの声が、耳元で聞こえる。温もりを、感じる。
そうか。ここはエリスの胸の中か。柔らかな温もりが、私を包んでいる。勝ったんだ、地の精霊に。これで私も、また一歩立派な魔女に近づいたかな。
そして、私を強く抱きしめていたエリスが、ようやく私を解放してきた。視界が開け、辺りを見渡す。するとなぜか、全員が私を見下ろしていた。
「まったく!カッコつかねーな!」
ラナリーちゃんがニシシと笑いながら、腰に手を当てている。私はまだ、体の半分が砂の中に埋まっていた。
「ちょっと…!早く引っ張って!!」
プライドなんか吐き捨てて、私は大きくバンザイをしながら駄々をこねた。大きなカブになりきって、みんなに引っ張り出してもらう。結局最後はみんなに助けてもらっちゃったけど、これは良いよね。
「あの状況から、まさか自身を省みない打開の手を打ってくるとはの。ピンチはチャンス、とはよく言ったものじゃな。」
地の精霊が微笑を浮かべながら、最後に私の下へと歩み寄ってきた。地の精霊の次なる発言に、全員が注目する。
「さて、約束じゃ。ワシを打ち負かした身として、おぬしと契約してやろう。」
来た…!私はゴクリと唾を飲み込んだ。
「憑代は無論、おぬしの杖。ユグドラシルの杖じゃ。それ以外はワシは認めんからの。」
『!?!?』
誰しもが予想していなかった地の精霊の発言に、全員が声を詰まらせて驚いた。
「あはは。なんか私の杖、そういう名前みたい。」
私はテキトーに愛想笑いをした。だって私も、今日知ったのだから。大体ユグドラシルの杖って何?凄いの?凄いんだったら今頃私は大魔法使いでしょ。認めたくはないけど、そうはなっていないのだから、どうせこの杖は別に凄くはないんだよ。
「ほー!儂も本物を見るのは初めてじゃ!長生きはするもんじゃのう!」
ゼフィロさんから、甲高い声が漏れ出す。
「どれ?セレシアよ?おぬしなら見分けがついていたんじゃないのか?昔から興味があったじゃろ?」
唐突に振られたセレシアに、皆の視線が集まる。すると、セレシアは何かを誤魔化すような、引き攣った苦笑いを浮かべて答えた。
「い、いやいや!!私も今初めて知ったわ…!へぇ…!その杖がユグドラシルの杖だったなんてねえ!」
ん?明らかに様子がおかしい。
私は何かを疑うような視線で、セレシアをまじまじと見つめた。目があった途端に、戯けた態度で目を逸らす。
『あ!』
その瞬間に、私とカイルの声が偶然にも重なった。ようやく思い出したのだ。あれは、アーセント村で受けたセレシアの試練だった。
――杖を置いて失せな。
酒場で言われた、男のセリフ。
「セレシアさん…?あなた、まさかあの時…」
すると、魔女セレシアは、光の速さで頭と膝を地面に着けた。
「ち、違うのよ!勘弁して!ちょっと脅かしてほしかっただけなのよ!」
謝罪の姿勢には誠意が込もっているように見えるが、並べられた言葉には言い訳しかない。私はあえて何も言い返さず待っていると、セレシアが恐る恐る顔を上げて語を繋いだ。
「で、でも…!あの後ゲラルドが死んだって聞いて、私凄い罪悪感に襲われたのよ!?それに、約束どおり《吸収魔法》だって教えてあげたじゃない!」
セレシアの言い分を要約すると、私も辛い思いをして、約束まで守ったのだから許してほしい。つまりは、そういうことだろうか。
「ねえセレシアさん。私はあの時、間違いなく命を狙われた。あれは、脅しじゃなかったよ。」
私はなるべく優しい口調で、静かに告げた。情が移ったわけでは断じてないが、あの出来事のおかげで、得られたものがあったのも確かだ。だから、咎めるようなことはしたくない。感謝、とは少し違う。
セレシアのうるうるとした瞳が、まだ私に向けられている。あざといな!と思いながらも、私はこれ以上言いたいこともなかったので、カイルにパスした。
「クレアが許すなら、僕もそれでいいよ。」
許す、というのも少し違う気がする。この気持ちを、言葉で表すのは非常に難しい。それでもなんとか捻り出して、簡単にまとめるならば、「目には目を歯には歯を」という考え方が、単に私の性分ではないからである。
「そろそろいいかの!!」
地の精霊が痺れを切らして、不機嫌そうに声を発した。どうやら、少しばかり皆を置き去りにしてしまったようだった。
「ええ。ごめんなさい。」
「では、杖をワシに向けよ。」
私は言われたとおりに、杖の先を地の精霊に向けた。これから、何が起こるのだろうか。期待と不安が大きく絡み合いながら、地の精霊が杖の先に触れる。
そして、地の精霊から目を閉じるように促され、静かに契約の儀が始まった。
杖を通じて、何かを感じる。不思議な感覚だ。でもこれは、初めて私が魔法の発現に成功した時の感覚によく似ている。決して強くはない、微弱な力が全身に流れ込んでくるような。
……!?
突然、私の頭に一つの単語が響いた。声を聞いたわけでも、文字を見たわけでもない。それは何の前触れもなく、けれど至って自然に、私の中に定着してきた。
――【蓮巌】
それが、私の精霊魔法の名前である。
私はまだ目を瞑っているが、最早開かずとも分かる。地の精霊は既に私の杖に宿っていて、この場にはいないことを。
私は嘗てないほどの興奮を、今胸に抱いている。それでも歓喜の声が湧き上がらないのは、これが嘗てないほどの興奮だからであろう。
ゆっくりと目を開ける。地の精霊の姿はやはり無かった。
「これでお嬢ちゃんも、大魔法使いの仲間入りじゃな。」
精霊契約完了後の第一声。ゼフィロさんが何やら、とんでもない発言をしたように聞こえた。私の聞き間違いでなければ、大魔法使いと言っていた。大魔法使いのゼフィロさんが、私のことを大魔法使いと言っていた。
「何じゃその腑抜けた顔は?もっと自信を持たんかい。」
「は、はい…。私、大魔法使いなんですか?」
私は自分に指を差し、やはり腑抜けた顔でゼフィロさんに尋ねた。
「精霊魔法使いを大魔法使いと呼ばずに、何と呼ぶんじゃ?四大精霊はこの世に4体しかおらんのじゃぞ?」
いや、それは読んで字の如く、そうであろう。しかし、いざ大魔法使いと呼ばれてしまうと、恐れ多くて萎縮してしまう。照れなんていうものは、微塵も湧いてこなかった。
「ねえねえゼフィロさん。ひとつ聞いてもいい?」
「何じゃ?」
「私の地の精霊、ゼフィロさんの風の精霊、それから今だとレイナの火の精霊。四大精霊のうち3体は誰かに宿っているけど、水の精霊は今どこにいるの?」
それはただ、純粋な好奇心から生まれた質問だった。
「水の精霊はのう…。」
辛い思い出を掘り返してしまったかのように、ゼフィロさんが俯いた。ずっとずっと明るく振る舞っていたゼフィロさんだからこそ、余計にその表情が重く感じられる。何か配慮に欠けてしまったのだろうか。
「おいおい。その質問はこの爺さんにはちと酷だと思うよ。」
しんみりとした空気を破ったのは、ウィルドだった。
「どういうこと…?」
やめろ…。これはたぶん、これ以上聞いちゃいけないことなんだ。それなのに、私はウィルドに問い返していた。
次回、第二章の最終話です。
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