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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第2章 「助けて。誰でもいいから私を認めて。」
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第七十三話 「クレアvs地の精霊 幕間」

 思うように体が動いてくれない。強打した背中、おびただしい数の切り傷、腹に受けた岩の弾丸。既に体の限界を越えていることを、痛みが警告を鳴らしている。ズキン、ズキンと、一定のリズムで痛みが脳を揺さぶるたびに、意識がふわりと遠退いていく。


「クレア!無理はするな!」


 アースの声が後ろで響いた。続けて、駆け寄ってくる足音も聞こえてきた。


「来ないで!」


 振り返らずに吐き捨てた言葉で、足音が止まる。心配なんかしないで。この戦いは、私だけの力で勝たなきゃダメなんだ。どうか見守っていてほしい。私の勇姿を、今ここでみんなの目に焼き付けてあげる。


「おぬしはもう、動ける体ではないじゃろう。あやつの言うとおり、無理はするな。ワシとて人を殺したくはない。」


 地の精霊(ノーム)に言われた情けの言葉が、火に油を注ぐ。


「私が勝って、その力を自分の手に収めるって…、言ったよね!?」


 もうどうなったって構わない。だから…、だからあと少しでいい。あと少しだけ、私に動ける力を。


 クレアが、そう強く願った次の瞬間。翡翠色に輝く光の粒が、クレアの体を覆い尽くし始めた。瞬いては消えるその光の粒は、まるでクレアに取り憑いた邪気を浄化するかのように、温もりで溢れていた。


「ほう、《治癒魔法(ヒール)》か。それもかなり高度じゃの。」


 地の精霊(ノーム)はこの時、クレアの《治癒魔法(ヒール)》に見惚れてしまった。戦闘の最中であれば、阻止に掛かる場面ではあるが、地の精霊(ノーム)はクレアを試している。どれほどのものなのか。契約の可能性を見出した人物の高等魔法に、興味を抑えきれなくなっていたのだ。


 え?痛みが和らいでくる…。必死に繋ぎ止めていた意識も、ハッキリしてくる。何これ?魔法?


「私が長年掛けて習得した魔法よ!?何あの子あっさり使ってんのよ!」


 後ろで見ていたセレシアから、不満気な嫌味が漏れ出す。


 クレアは無自覚の中で、《治癒魔法(ヒール)》を会得していた。これは魔力の器を越えた高等魔法であるが、クレアがこの後に、胸の痛みを訴えることはなかった。それは、胸の痛みを《治癒魔法(ヒール)》が凌駕したからに他ならない。すなわち、クレアはこの瞬間に、魔力の器を克服した。


 しかし、クレアがこの戦いでそれに気づくことはなかった。


「さあ地の精霊(ノーム)!私はまだ戦えるよ!!」


「そのようじゃな!」


 地の精霊(ノーム)は今日一番の笑みを、これ以上ないタイミングでクレアに向けた。たくさん傷つき、たくさん転び、その度に立ち上がってきたクレアだからこそ分かる。この瞬間が特別なものになることを、クレアは本能的に理解していた。


 地下遺跡での最後の戦いは、(かつ)てない高揚と覚悟に満ちた空気の中で、静かに幕を開けた。


「《創造石の多弾(ジェム・ストーム)》!」


「《アーチ・グレイブ》!」


 地の精霊(ノーム)は、私の魔法をまたも岩のドームで防いできた。再開早々だが、正直意図が分からない。地中に潜れる地の精霊(ノーム)にとって、魔法を防ぐだけなら、姿を消せばそれで済むのではないか。もうその中にいないことを、私は分かっている。


 いや待て、まさか地の精霊(ノーム)はそれを逆手に取っている?何度も見せられているし、もうあの中にいないと決めつけるのは、時期尚早かもしれない。


 だったら、このまま《創造石の多弾(ジェム・ストーム)》で、しばらく岩のドームを削り続けたほうが賢明な気がする。地中を泳げるとはいえ、瞬間移動ではないはずだ。さっき私の背後を取るのに掛かった時間が仮に最速だとしら、その遊泳スピードがいかほどのものかは、おおよそ見当が付く。


 まだ、私の背後までは回れていないはず。今は前方に注意を払って、背後を気にするのはもう少し後でいい。それに、《創造石の多弾(ジェム・ストーム)》で岩のドームを壊せるかが気になる。


 そう考えた私は、そのまま石の弾幕を張り続けた。地下遺跡に激しい衝突音が鳴り響くと同時に、砂煙が大きく舞う。そして、岩のドームがその砂煙で覆い被さられたところで、私は《創造石の多弾(ジェム・ストーム)》を止めた。次なる魔法を、即座に放つ。


「《希望の煌紐(リヒト・バインド)》!」


 光の紐を一本出して、私は地の精霊(ノーム)を探した。前方後方、両側面、そして天井までくまなく目を配らせる。しかし、地の精霊(ノーム)は見つからない。地上には瓦礫が多く散らばっている。もしかしたら、その裏に地の精霊(ノーム)が潜んでいる可能性もある。


 そんな思考を巡らせていると、岩のドームを覆い被せていた砂煙が、ようやく晴れてきた。果たして、破壊できているのか。瞬間、私の目に飛び込んできたものは、崩れかけていた岩のドームだった。あと少し粘っていれば、破壊できていたかもしれない。


「硬過ぎでしょ…!」


 私はすぐに切り替えて、地の精霊(ノーム)の感知に意識を向ける。静まり返った地下遺跡に、妙な緊張感が走り出す。どこからでもかかってこい…。私はその強い意志を持って、地の精霊(ノーム)を待ち受ける。


 すると突然、辺りに散らばっていた瓦礫が全て、宙に浮き始めた。そして、その瓦礫の裏に、やはり地の精霊(ノーム)はいた。


 ようやく見つけることはできたが、そんなこと思っている場合ではない。私の頭上を覆い尽くす無数の瓦礫。まさか、この瓦礫を全部、私に向かって落とすつもり?


「ねえ、あれやばいんじゃないの…?」


 クレアの戦いを端で見守っていたエリスが、小さく呟いた。しかし、誰からも返答がない。全員が息を呑んで、クレアを見ていたのである。焦ったエリスは、今度は声を荒げた。


「クレアが死んじゃう!!ねえ止めさせて!!」


 それは、エリスのその叫びと、ほぼ同時だった。案の定、宙に浮いた瓦礫が全て、クレア目掛けて飛んでいった。とてつもない轟音と地響きが、地下遺跡に響き渡る。まるで容赦のない集中砲火。それを目の当たりにしてしまったエリスは、涙を流して大きく叫んだ。


「クレアー!!」


 しかし、その次の瞬間。地の精霊(ノーム)がなぜか、足早に動き出した。ひょいひょいと、何かから逃げるように軽快なステップを踏んでいる。


「ほい。ほい。ほい。」


 その様子を見たエリスは、スッと顔が綻んだ。なんと、自由自在に動く光の紐が、地の精霊(ノーム)を追いかけていたのである。光の紐は、クレアの魔法。それを知っているエリスは、深く安堵した。


 クレアはあの瞬間、《希望の煌紐(リヒト・バインド)》緊急離脱で、集中砲火を間一髪で回避していたのだ。そんな彼女は今、地下遺跡の片隅で杖を構え、光の紐を操作している。


「まったく、冷や冷やさせやがって…!」


 ラナリーが小さく笑う。


「お、俺は大丈夫だと思っていたがな…!」


「ほっほっほ!あれに対処できないようじゃ、地の精霊(ノーム)に勝つのは無理じゃろうな!」


 アースからは震えた声が漏れ出し、ゼフィロは高笑いをした。


 だが一方、それでも地の精霊(ノーム)と《希望の煌紐(リヒト・バインド)》の追いかけっこは、長く続いていた。なかなか捕らえることができない地の精霊(ノーム)の動きに、クレアは苦戦する。それと同時に、ある疑問も浮かぶ。


 ――なんで潜らないの?


 また地中に潜れば、こんなの簡単に抜け出せるだろう。しかし、地の精霊(ノーム)は相変わらず回避に徹底している。


 違和感を拭えない私は、最初の攻防を思い出した。足場を作りながら、とにかく逃げ惑う地の精霊(ノーム)の姿。そういえば、あの時も潜らなかった。そして、地の精霊(ノーム)が地中に潜った時の前後の行動を振り返る。


 少し考えたところでハッとなった私は、ようやく全てに合点がいった。なんで気づかなかったのだろうか。地の精霊(ノーム)は毎回地中に潜る時、必ず岩のドームを形成しているではないか。きっと、スポンと簡単に地中に潜れるわけではないのだ。


 さらにいえば、分かったことはもう一つある。おそらく、地の精霊(ノーム)は地中に潜ったまま、魔法は使えない。


 1回目の地中遊泳では、私の背後に姿を現してから魔法を放ってきた。


 2回目は…、あれは地震だ。しかも、揺れが長く続いてから突然私の前に現れた。たぶん、地震を起こした時は、まだ地の精霊(ノーム)は岩のドームの中にいたのだろう。


 そして、地の精霊(ノーム)が地中で魔法を使えないことを決定付けるのが、さっきの3回目。落ちてる瓦礫を地中から操作できるなら、わざわざ姿を見せる理由がない。岩のドームから離れたのは、《創造石の多弾(ジェム・ストーム)》による突破に恐れたから。


 今、纏わり付くように地の精霊(ノーム)を追い詰めている《希望の煌紐(リヒト・バインド)》。これを振り払われたら、きっとまた地中に潜られる。もう、そんなことはさせない。この光の紐で今度こそ、必ず地の精霊(ノーム)を捕らえてみせる。


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