第七十二話 「クレアvs地の精霊 再燃」
次に地の精霊の攻撃を受けたら、今度こそ動けなくなる。私の体は、悲鳴を上げ始めていた。だから、次の攻防で全てを決める。
「《聖天域の束縛》!」
「ほう。」
地下遺跡に出現させた無数の光の紐。フェンリル戦で使った時より幾分か少ない。無詠唱なのだから当然ではある。地の精霊は感心した様子は見せるものの、やはり怯えることはなかった。けれど、最初に2本で追い詰めた時、地の精霊は間違いなく警戒はしていた。おそらく、膂力は人並み。捕らえられれば、私の勝ちだ。
「いっけ!」
私は杖を振り下ろして、宙にゆらめく光の紐を、無作為に数本だけ地の精霊に向かって放った。全てを操作しようとすると、全ての紐が同じ動きになってしまう。それは、片目だけを横にずらすことができない現象によく似ている。
「《アーチ・グレイブ》!」
地の精霊は地面に手を着いて、何やら魔法を唱えた。すると、地の精霊の周りを囲う、ドーム状の岩が現れた。まるで結界を張られたように、四方の守りを固められる。
私は咄嗟に魔法の操作を止めた。頑丈そうな岩のドームは、一目見れば直感で分かる。光の紐では、太刀打ちできないだろう。だからと言って、あれを粉砕できるほどの魔法を私は持ち合わせていない。というか、粉砕できる魔法があれば、あれは格好の的ではないのか。いざとなれば、魔力の器を無視した大魔法をお見舞いしてやろう。
私は少し、様子を伺い始めた。しかし地の精霊は、その鉄壁の守りの中に閉じこもったまま、一向に出てこようとはしない。それでも私は、警戒を怠ることはなかった。突然岩のドームから岩石が伸びてきてもおかしくはないし、もしかしたら、あの岩の中に地の精霊はもういないかもしれない。
ん?私はあらゆる可能性を考慮していると、ふと引っ掛かった。
――あの中に、地の精霊はいない?
地の精霊が私の目の前に、初めて登場した時のことを思い出す。レイナたちとの戦いが始まろうとした寸前、それは突然の出来事であった。地の精霊は地の中を遊泳していたかのうように、突如私たちの前に現れたのだ。…まさか。
私はハッとなり、辺りを見渡す。
「いやはや…、良い勘をしているの。《ロック・バレット》!」
後ろを振り向いた瞬間、地の精霊が私に向かって魔法を放ってきた。石の弾丸、私の魔法によく似たそれを、私は反射的に防御魔法で防いでいた。
「《防御魔法》!」
この瞬間、私はアースの言いつけを破った。
――実戦では使うな。脆弱な防御魔法はかえって危険で、簡単に打ち破られてしまう。
しかし、私の《防御魔法》は地の精霊の魔法を防ぎきっただけでなく、シールドも壊れることなく依然としてそこにあった。完全に地の精霊の魔法を受け止めることに成功したのである。
地の精霊の存在を認知した私は、またしても宙で待機させていた光の紐を操作し始めた。すると今度も、地の精霊は岩のドームで身を隠した。どうせまた、地中に潜ったのだろう。
「ちょっと!それズルくない!?」
地の精霊にしかできない、固有の魔法みたいなものなのだろうか。ズルすぎるその行動に、私は少し苛立った。けれどそういえば、ゼフィロさんも空を飛んでいた。それに比べれば、まだマシな気もしなくはないが…。
「私の《希望の煌紐》がそんなに怖いの!?」
軽い挑発で、地の精霊を誘う。しかし、反応を見せてはくれない。杖を構え、キョロキョロと辺りを見渡す。どこから出てくる?それとも地中に潜ったまま、魔法を放ってくる?そんなことをされれば、打つ手がない。
そんな考えをしていた次の瞬間、地下遺跡が揺れた。あまりにも大きなその揺れは、私の足を覚束なくさせる。
「ちょ、ちょ、ちょ…!」
天井からは、大きな瓦礫が落下してきていた。最悪の展開だ。このまま揺れが続けば、私は生き埋めになる。相変わらず地の精霊は地中に潜っているし、こんな一方的な戦いが許されていいわけなの?強すぎる…。
「ああ!もう!」
私は半ば苛立ちながら、両手を天に掲げて、頭上に防御魔法を展開した。落下してくる瓦礫は、私の《防御魔法》でなんとか防げている。
「地の精霊はどこ!?」
頭上に展開した防御魔法を信じて、私は再度、辺りを注視した。全方位の地面と壁。背後まで抜け目なく探し続けた。そして…。
「え…。」
「どうじゃ?びっくりしたか?」
ようやく地の精霊を見つけた時、私は絶句した。なんと、地の精霊は私の真下に現れたのだ。手が届くその距離で、不気味な笑いを私に向ける。これ以上の恐怖を、私は知らない。ここまで距離を詰めて何がしたい?魔法を駆使した戦いで、近距離はあり得ないってアースが言ってた。歴戦の精霊が、そんな定石を破って、今まさに私の目の前に立っている。
「ほれ!!」
すると、地の精霊は小さくジャンプをして、私の腹部を蹴飛ばしてきた。短い足が鳩尾に入る。
「ぐぅふっ…。」
むせ返るような腹の痛み。呼吸が辛い。痛すぎて涙が出る。お願い、もうやめて。私の嘆きなど目もくれず、地の精霊は手をかざす。
「《ロック・バレット》。」
そして、非情な一撃が、最後に私の腹を貫いた。
「勝負ありかの。」
私は蹲って、腹からの流血を手で抑えた。もう無理だ。勝てるわけない。私の負けでいい。これ以上は、生死に関わる。地面に顔を着けたまま、私は地の精霊を見上げた。小さかったその体が、今はとてつもなく恐ろしく、巨大に見える。
「筋は良かったが、魔法がショボいの。」
その言葉を聞いて、私はようやく悔しいという感情が腹から湧き上がった。私の信じてきた魔法を、こんなにも容易く貶されたことが、どうしても我慢ならなかった。煮え滾る屈辱が、私の涙を助長してくる。
すると、地の精霊は私から視線をずらして、遥か後方に目を向けた。
「クレア!!」
突然、私を呼ぶ声が後ろから聞こえた。聞き覚えのある、透き通った青年の声だ。
「ほほ。ゾロゾロと仲間がやってきたぞ。」
倒れたまま後ろを振り向くと、そこにはやはりカイルがいた。カイルだけじゃない、エリスもアースもラナリーちゃんも、それからゼフィロさんにセレシアも、みんなが私を見ていた。よく見ると、破魔魔法部隊のウィルドとシャルロッテっていう人もいる。
そっか。みんな勝ったんだ。勝てていないのは、私だけか。せっかくみんなが背中を押してくれたのに、なんて情けないんだろう。こんな惨めな姿をみんなに晒すために、私はここへ来たの?心の奥で、何かが軋む。
「それじゃあ、ワシはこれにて退散しようかのう…。まったく、修復が面倒じゃ。」
私は耳を疑った。最後に私の魔法を侮辱し、屈辱に苛ませ、恥を掻かせた挙句、これにて退散?そんなことがあってたまるか。私はまだ、生きているぞ。命を懸けてまで戦うことじゃないかもしれない。それでもやっぱり、私は諦めが悪いみたいだ。
「ちょっと待て!!」
私はらしくもない乱暴な言い方で、地の精霊を引き止める。消えかかっていた闘志の炎を、私は無理矢理再燃させた。




