第七十一話 「クレアvs地の精霊 開幕」
私は大きく息を吸って魔法を放った。
「《希望の煌紐》!」
2本の光の紐が、地の精霊を捕らえにいく。しかし地の精霊は、その老いぼれた見た目とは裏腹に、軽い身のこなしをしていた。無発声の魔法で足場を形成しながら、広い地下遺跡の空間をひょいひょいと駆け巡り出したのだ。
「速い…!」
私はそれでも魔法に集中し、光の紐を鮮やかに操作して地の精霊を徐々に追い詰めていく。実はこの時、地の精霊が目を離した隙に、本命の1本を地上に忍ばせていた。残りの2本は陽動で、地の精霊の逃げ先を塞いでいった。
魔法の操作には極度の集中力を要する。私にとって、繊細な動きを実現できるのは2本が限界。《聖天域の束縛》のように、無数の光の紐を出現させて操作することもできるが、無詠唱では精度が落ちるうえに、魔力の消費量にも懸念が残る。通用するか分からない以上、無闇やたらに数で攻めるようなことはしたくない。それに、戦闘が激化していったときの隠し玉になり得るかもしれない。
逃げ惑う地の精霊は、私の魔法に警戒していると言って間違いないだろう。あからさまに嫌がっている様子が見て取れる。
「1本取りこぼしてるよ!」
陽動に回していた2本を、地の精霊が魔法でいなしてきた。足場を形成していた一部の岩が突如砂と化して、辺りに砂嵐を巻き起こしたのだ。光の紐がそれに巻き込まれ、その勢いは消え失せていく。しかし、地上付近で忍ばせていた私の本命が、砂嵐を掻い潜って地の精霊を捕らえにいった。
その瞬間に、私と地の精霊の目が合った。地の精霊が私に向かって手をかざしてきたので、攻撃魔法を放とうとしているのは一目瞭然だ。けれど、それよりも早く、私の《希望の煌紐》が必ず地の精霊を捕らえてみせると、私は歯を食いしばって光の紐を操った。
そして、光の紐が地の精霊の背後を捉えた。依然として私に手を向けているが、《希望の煌紐》が届くのはあとほんの刹那。
「よしっ…!」
と、思った瞬間。何かが私の背中を殴打してきた。鈍痛が脳に響いて、理解が追いつかない。それでも、背骨が大きく損傷してしまったことだけは分かる。
(死角からの攻撃!?地の精霊は今どこに!?)
私は痛みを堪えて、地の精霊の居場所を探した。無造作に作られた足場の天辺を、片端から確認していく。
しかし、私がその姿を見つけた時にはもうすでに、地の精霊が私に手をかざしていた。笑みも哀れみもない無表情のまま、数メートルはある高い位置から、地の精霊は倒れている私に容赦無く追撃を仕掛けようとしていた。
私は急いで起き上がり、回避はしようとする。けれど、攻撃が見えない。首を左右に振って辺りを見渡しても、それらしき攻撃が見当たらないのだ。焦る私は咄嗟に後ろを振り向いた。さっきの攻撃は、私の背後を突かれた。視界に地の精霊の魔法がないのであれば、後ろしかありえない。
だが、後ろを振り向いても、そこにあったのはさっき私の背中を殴打したであろう大きな岩が転がっているだけで、その他には何もなかった。
(何…?どういうこと…?)
得体の知れない恐怖に悪寒が走る。しかしそれと同時に、どこか身に覚えのある違和感が、強烈に私の脳裏を貫いた。
「違う!下だ!!」
私は勢いよく前に飛び込んだ。すると、私が立ち竦んでいた場所から、ごつごつとした岩が一本、柱のように天井まで伸びていった。
「ほう。これを躱すか。」
地の精霊が感心したようにぼやいているが、私はその魔法を目の当たりにし、恐怖で唇がブルブルブルブル震え出していた。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ…!!)
判断が一歩遅れていたら、今頃私は突き上がっていく柱に運ばれて、天井でぺちゃんこになっていたであろう。
「どうした?やめるかの?」
それはまるで、力の半分も出していないような軽々しい口調だった。期待外れ、そんな含みも感じられる。私は震える唇を、血が出るほど噛み締めた。悔しいとか、自分の無力に悲観したからではない。そうでもしないと、この恐怖を克服できないと思ったからだ。
「まだまだ!!」
「ほほ!そう来なくてはの!!」
私は《希望の煌紐》を1本放つと同時に走り出した。動きながらの操作、加えて地の精霊の魔法も警戒しなくてはならない。そんな中で、2本以上の同時操作ができるほど、私は器用じゃなかった。
(痛っ…!)
動き出した直後に、突然痛みを感じ取った。そういえば背中に岩が直撃していたことを忘れていた。思うように体が動かない。全力で走っているつもりでも、ギシギシと全身にまで響くその痛みが、私の動きを酷く鈍らせた。
(まずい…。これ脊髄までいってるな…。)
けれど、自分の体を心配する暇なんてなかった。地の精霊はこれまで作ってきた足場を全て砂に変えて、それを全部操り始めた。空間に散らばった砂粒が次々と結集し、地の精霊の周りには、数えきれないほどの砂の矢が、私にその先端を向け始めていた。
――本気でやる。
戦闘前に言われた、地の精霊の言葉が蘇る。
「はぁ…はぁ…。」
あんな数を一斉に放たれたら躱せない。思考が巡る。どうすればいい?魔法で相殺?それとも《防御魔法》?
いや、《防御魔法》はだめだ。あの砂の矢を全て受け切れるほどの頑丈さが、今の私の《防御魔法》にあるとは思えない。オーク戦で使った石の弾幕のほうが、《防御魔法》よりかは自信がある。もう、それで相殺できることを、信じるしかない。
「《創造石の多弾》!!」
地の精霊が放つ砂の矢と、私の放った石の弾幕が、地下遺跡の最深部で豪快にぶつかり合った。砂の矢は、間違いなく私の魔法で撃ち落とせている。しかし、弾幕を掻い潜ってきた砂の矢が、私の頬を掠める。続けて腕、肩、足と、次々に私を傷つけていく。弾幕の密度を、私の前方に大きく割いているおかげで、直撃だけは免れている。けれど…、痛い。
砂の矢が私の体を掠める度に、集中力も削ぎ落とされる。この撃ち合いは、いつまで続くのだろうか。地の精霊を取り巻いていた砂の矢の数は、確実に減ってきている。しかし、私の限界は近い。きっとこの撃ち合いで、先に力尽きるのは私だ。それでも最後まで、私は戦いたい。雄叫びを上げて痛みを紛らわす。喉が潰れるほどの大声を発しながら、溜め込んだ息が続く限り、私は抗い続けた。
そして、限界を迎えた。息が途切れると同時に、私の集中力も、プツンと途切れてしまった。魔法が止まる。力が抜ける。目を瞑る。これから迫り来るであろう砂の矢に、覚悟を決める。
……
「あれ。」
砂の矢は、飛んで来なかった。
私と地の精霊の魔法が激しくぶつかり合って出来た砂煙の向こうには、小人のシルエットがうっすらと映っている。砂煙が静かに沈下していくと、そこには、やや険しそうな顔をしている地の精霊が、私の目に飛び込んできた。
「なかなか根性があるのう…。少し見縊っていたかもしれんな。」
そうか。さっきの撃ち合いは、一方的な話じゃなかったんだ。私の《創造石の多弾》もまた、砂の矢を掻い潜って地の精霊を苦しめていたのか。よく見ると、地の精霊の体にも傷跡があった。
まだやれる。私はまだ、負けてない…!




