第七十話 「エリスの爆弾」
ゼフィロ&エリス対レイナ&クロムの戦闘。先の戦いから見ても、ゼフィロの勝利は濃厚かと思われる。レイナもまともに戦って勝てる相手ではないことは、身に染みて感じていた。だからレイナはこの戦闘において、開始前からすでに勝ちは捨てている。
逃げの一択。レイナの考えはそれしかなかった。しかし、プライドが邪魔をする。やる気を見せてきているゼフィロに懇願して、降参です逃がしてくださいなどと、口が裂けても言えない。そんなことをするくらいならば死んだほうがマシだと思っている。
「さあゼフィロ…!私はまだまだ魔力が残ってる!あなたが私より魔力量が少ないことは知っているのよ。これ以上長引く戦いが続けば…。」
最大限の見栄で強気にでたレイナではあったが、ゼフィロには一切通用しない。それどころか、レイナの話を遮ってきたゼフィロの声音が、逆に彼女を慄かせた。
「調子に乗るなよ小娘が…。運よく死期が伸びただけじゃろう。」
その言葉で、レイナは雷神剣の輝きがフラッシュバックしてきた。ゴクリと唾を飲み込み、冷や汗が出る。横で剣を構えているクロムも、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。
威勢はむしろ逆効果に働き、レイナの闘志はもはや消えかけている。絶対に勝つことはできないし、殺しに掛かってくるようなその口調に、レイナの思考は徐々に卑怯な方向へとシフトされていく。プライドが高いレイナにとって、その選択は不本意でしかなかった。
「クロム!あの子を狙って!」
それが、この戦闘開始の合図であった。
クロムが走り出すと同時に、ゼフィロは目の色を変えた。あからさまにゼフィロから距離を取るように旋回しながら、エリスに向かっていくクロム。無論、ゼフィロはエリスを庇うためにクロムに魔法を放つ。
しかし、レイナの防御魔法が迅嵐魔法を完封した。エリスにクロムの剣が迫る。弱者を狙い、ゼフィロの良心に付け込んだ下劣な戦法。
「舐められたものね…。」
エリスが誰にも聞こえないような小さな声で呟く。その顔には、目の前に迫っているクロムに決して怯えない、勇ましい表情が浮かんでいた。エリスはクロムが走り出すよりも前に、閃光弾を右手で握り締め、隠し持っていたのだ。
クロムは武器を持っていないエリスに戦える力はないと思い、そのまま急所を避けた一撃を振りかざそうとする。指示を出したレイナでさえ、エリスのことはただの同行人、力のない弱者だと思い込んでしまっていたのである。
迫り来るクロムが眼前に迫った瞬間、エリスは大きく一歩引いて、隠し持っていた閃光弾をそっと下投げした。すると、エリスとクロムの間で、強烈な光が空間を呑み込んだ。
「くっそ!何だこれ!?」
「きゃあ!」
エリスは目を開くと、目の前にいたクロムだけでなく、レイナとゼフィロも大きくたじろいでいる光景が飛び込んできた。
「さすが私ね。ごめんなさいゼフィロさん…。」
慢心に溺れながらも、エリスはその間にポーチから《兎脳爆弾》を一つ取り出そうとする。しかし、その手際は悪く、レイナとクロム、それから味方であるゼフィロも何が起きたかに気づき始める。視力を奪われながらも、レイナが先手を打った。
「火の精霊!出てきなさい!」
火の精霊が地下遺跡に舞い降りたと同時に、ようやくエリスも《兎脳爆弾》を手に持てた。それでも、3人の視力はまだ回復しない。
《兎脳爆弾》をクロムに向かって投げようとしているエリスを、火の精霊が阻止しようとする。
「風の精霊!嬢ちゃんを守るんじゃ!!」
「《ファイア・ボール》!」
脇目から迫る炎の玉に気づいたエリスは、目を見開いて驚く。ぎこちないその投擲フォームは、大きく振りかぶったところで固まってしまった。
「《ストライク・ウィンド》!」
エリスの間一髪は風の精霊の魔法で守られた。しかし、戦い慣れていないエリスにとって、予想外の恐怖に陥った後の再起は遅い。まだまだ固まっていたエリスに向かって、風の精霊は優しく声を掛ける。
「さあ、やってしまいなさい。お嬢さん。」
風の精霊の微笑みがエリスの恐怖を拭った。容姿端麗、清廉潔白の輝きを放つその美しい笑顔に、エリスは勇気付けられた。そして、握り締めていた《兎脳爆弾》を今一度強く握り直し、クロムに向かって投げ込んだ。その、次の瞬間。
空気が引き裂かれるような轟音とともに、圧倒的な熱と衝撃が辺りを呑み込んだ。鼓膜を突き破り、体の内側から響かせるその爆発は、この空間にいる命あるものを全て無に帰すような威力であった。
最も至近距離でその爆発の餌食となってしまったクロムは、全身に大火傷を負いながら、爆風で壁に叩きつけられた。投げた本人であるエリスでさえも、十分な距離が取れていなかったために大きく吹き飛んでしまった。精霊2体は瞬時に契約者の憑代へと戻っていく。
得体の知れない大爆発に巻き込まれた4人は、全員が大なり小なりの怪我を負う羽目となる。そして、無事では済まなかったのは、この地下遺跡も同じだった。
天井は崩れ落ち、石畳は跳ね上がる。跡形もなく陥落してしまったこの空間は、まるで破壊神の来訪を彷彿とさせていた。
「おほほほ。すごい威力じゃったの。」
瓦礫の下敷きにはならなかったゼフィロはエリスの《兎脳爆弾》に感心を持ちながらも、辺りを心配し始める。周りを見ても岩、岩、岩。エリスの姿だけでなく、レイナとクロムも崩れた瓦礫が遮って姿を確認できない。
「おーい。無事かの〜?」
ゼフィロは無頓着に声を発してエリスに呼びかけていた。崩壊が止まって、静けさを取り戻した部屋の中。すると、ゴソゴソとエリスが這いつくばってゼフィロに向かってきた。頭には瓦礫がぶつかったであろう傷跡があり、痛々しく流血している。
「ゼフィロさんすみません…。」
「大丈夫か!?」
「はい…。こんなことになるとは思ってなくて。」
「良い良い。無事で何よりじゃ。それよりもレイナの気配がせんの。」
「逃がしてしまいましたかね…?」
レイナは《兎脳爆弾》の爆発後、崩壊のどさくさに紛れて逃亡していた。クロムとシャルロッテを遺跡に残し、自分だけ助かる道を選んだのだ。
「薄情な奴じゃのう。この剣士はもう助からんじゃろ。」
エリスが倒れているクロムに近づいていく。体は大きく損傷し、片腕はなくなっていた。意識が辛うじて残っているクロムは、最後の力を振り絞って言葉を紡いだ。
「くっそ…。つまんねえ最後だったな。レイナは逃げたのか?」
エリスが黙って頷くと、クロムはただ含み笑いを見せた。喚くことも、エリスを恨むような眼差しも、何一つ後悔がないような面持ち。弱者だと思っていた相手に敗れ、味方だったはずの魔法使いにも見捨てられ、静かに生命線が断ち切られていく。
「お嬢ちゃん。レイナには気をつけろよ。多分仕返しにくるぜ…。」
クロムはそう言うと、ぐったりと体が崩れた。息はもうない。エリスは自分が殺したのだと、深い念の中に落ちていく。幾度かの葛藤を繰り返したが、不思議と罪悪感はなかった。あったのは、自分も戦えるという、確固たる自信そのものだった。
「これで私も、いよいよ反逆者ね…。」
「何を言っておる。アースと一緒に行動している時点で反逆者じゃろ。まあ怖くなったらアーセント村へ来い。儂らは歓迎するからの。」
「ありがとうゼフィロさん…。でも大丈夫です。私はクレアと一緒に、どこまでもいくつもりなので。」
自信に満ち溢れたエリスの表情に、ゼフィロは優しく微笑んだ。
地下遺跡で起きたアークトリア勢力とのぶつかり合いはなんと、レイナを取り逃したという事態にはなってしまったが、シャルロッテの捕縛には成功し、ウィルドの行使権も獲得するという異常な戦果となった。そして何より、クロムを戦死させるという大金星をエリスが上げたことで、アース率いる反逆者一行はこの後、世界的に注目を浴びることとなってしまう。
そして舞台は、地下遺跡最深部。四大精霊の一体、地の精霊を相手に、クレアは身震いしていた。
次回クレアvs地の精霊!
どうか頑張るクレアを応援してやってください!!




