第六十九話 「氷結華の乱咲」
シャルロッテの強化魔法の発動には、一瞬の隙が必要になる。それはカイルの攻撃を防御魔法で防いだ瞬間や、距離を十分にとった状況などが挙げられる。詠唱の必要がない強化魔法ではあるが、その発動条件は厳しい。それは、強化対象が発動までの2秒間、静止してなければならないということ。つまり、剣士が近距離で詰まっているときに、シャルロッテがとれる行動は、受け身の一択になってしまう。
「どうした?足が鈍っているようだけれど。」
カイルがシャルロッテに挑発する。戦闘中は静かに相手の隙を伺い、黙々と剣を振るうのがカイルの戦闘スタイルではある。しかし、魔法使いを相手取る場合、敵の能力を見破っていく必要があるのだ。カイルのこの挑発は、ただの挑発の範疇には収まらない、戦略的なものであった。
「《防御魔法》!」
カイルが剣を振りかざした瞬間に、シャルロッテはまたしても防御魔法を展開した。しかし、カイルは剣を振り下ろさない。立て続けのフェイントに、シャルロッテが逆に翻弄され始める。
(この子もしかして…、強化魔法の発動条件に気づいている?)
シャルロッテはフェイントに引っ掛からざるを得ない。分かっていても、防御魔法を展開する。フェイントではなかったときに、敗北を喫してしまうからだ。
「さっきみたいに体を固くしたり軽くしたりしないのかい?僕のフェイントにやたら警戒しているみたいだけど、そのシールドって魔力の消費量が多いんじゃなかったっけ?」
饒舌なカイルに動揺を隠せないシャルロッテ。セレシアの登場時に解除してしまった足強化が、ここにきて仇となっていた。カイルが小さな動きでシャルロッテを翻弄し続ける。そして、大きな踏み込みをまたも見せた。
シャルロッテは迷う。これをフェイントと予想して、カイルを魔法で吹っ飛ばす。そうすれば、大きな隙を生み出すことができる。しかし、フェイントではなかったとき、先に攻撃が届くのはカイルの剣。勝負の判断は、常に刹那の出来事である。
それでも、シャルロッテは防御魔法を展開した。そして、カイルの踏み込みもまた、フェイントであった。この読み合いにおいて、有利に立っているのはシャルロッテ側である。なぜなら、シャルロッテは防御魔法さえ展開していれば、負けることがないからだ。しかしそれは、魔力量が無限にある場合の話に限る。互いにジョーカーを持つ状況ではあるが、カイルのフェイントは、シャルロッテを下す一手にはなり得ない。
「いつまでそんな焦ったい戦いしてんのよ!」
歯がゆい戦いを見せつけられているセレシアが、唐突に茶々を入れ始めた。セレシアが一向に援護に加わってこないことを、シャルロッテは少々怪訝に思っていた。カイルもカイルで、セレシアは何しに来たんだと心のうちでは思っている。それでも、野次の介入に構っている余裕はない。ひとつひとつの動作に読み合いが生じているこの状況下で、セレシアの声はノイズでしかなかった。
「あ〜もう見てられないわ…!」
しかし、その遂に痺れを切らしたかのようなセレシアの言動で、カイルとシャルロッテは全く同じ心持ちにさせられた。セレシアは一体、何をしでかそうとしているんだ。2人の耳には、それはそれは長い詠唱が、不気味な呪文のように聞こえてきていた。
「空前絶後を誘引する氷の神獣。進化を凌駕し、凍てつく大地に響く果てない咆哮。双竜の喧騒が止まる時、世界の理を知る。轟け!神獣の名の下に!原初に輝く白銀の雪月花よ、今ここで、燦然に咲き誇れ!――《氷結華の乱咲》」
その瞬間、部屋が極限の冷気に包まれた。寒いという次元ではない。息を吸えば肺が痛む。吹き出していた汗は凍りつき、カイルとシャルロッテの動きを酷く鈍らせた。
地下遺跡を形作る一つの部屋が、セレシアの手によって白銀の世界へと移り変わった。冷気が肺に入り込まないよう、息を止める。それでいて体が凍てつかないよう、四肢を動かす。しかし、その果てしなく下がり続ける気温に、シャルロッテは長くは保たないと感じ取った。このまま戦闘を続ければ、いずれ体が凍りついて死ぬ。シャルロッテは一旦の停戦をカイルに申し出ようとするが、塞いでいた唇が凍りついて、声を発することができなくなっていた。
カイルも同じ人間である以上、これ以上この冷凍空間に留まることは危険であると分かっている。しかし、動きは止めない。依然としてカイルはシャルロッテに向かって踏み込んだ。フェイントか否か。この極限状態で、シャルロッテを無理矢理その読み合いに引き摺り込んだのである。
魔法の発動にはイメージが必要だ。特に、《防御魔法》は数ある魔法の中でも、最もイメージ力に左右される。詠唱を伴わせた《防御魔法》の場合、その硬さは並の魔法使いであっても、精霊魔法を凌駕するほどに成長させることができる。しかし、戦闘の最中でそれをする者はいない。答えは明確だ。
カイルが仕掛けたこの読み合いは、読み合いにはならない。なぜなら、シャルロッテがこの状況で作り出せる《防御魔法》は、従来の硬さを成せないと分かっていたからである。シャルロッテは少なからず停戦を申し出ようとした。だが、できなかった。凍った唇、一瞬見せた明らかな動揺。何かを訴えようとしたその醜いシャルロッテの表情を、カイルは一縷も見逃さなかった。
カイルの踏み込みは、今度こそ剣を振り下ろす。たとえ《防御魔法》を張られたとしても、全力で打ち砕き、シャルロッテまで剣を届かせる。その確固たる自信のもと、カイルはシャルロッテに向かって、渾身の一撃を叩き込んだ。
ガシャンという大きな音が響く。シャルロッテは発声も無しに、防御魔法を展開していた。無論この時、脆弱であっても攻撃魔法を放っていれば、カイルを弾き飛ばせていた。しかし、散々の読み合いを繰り返していた結果、シャルロッテの思考は防御魔法が安全の択であると、この短い戦闘の中で脳に刷り込まれてしまっていたのである。
カイルの剣はそのシールドに弾かれることなく、そのままシャルロッテの胸元を切り裂いた。白く染まった地下遺跡の一室に、鮮血が飛び散る。
シャルロッテはそのまま声をあげることなく、背中から勢いよく倒れ込んだ。息を止めていたことによる酸欠、切られた衝撃、全身の感覚を奪う寒さ。あらゆる事象が重なって、シャルロッテはすでに意識が飛んでいた。
セレシアの突拍子もない大魔法が功を奏し、カイルたちは勝利した。と、思われたが、カイルもまた同じ状況下にいる。シャルロッテが倒れ込んだその数秒後、カイルも意識が遠退いて、その場で崩れ落ちるように倒れ込んでしまった。
「勝負は決まったかしら〜?」
地下遺跡の通路から阿呆な声が響く。すると、この極寒地獄を作り出した張本人が、何食わぬ顔で現れたのである。セレシアはその大魔法、《氷結華の乱咲》を放った直後、一目散に通路へと避難していたのだ。
「あれ?」
間抜けな様子に拍車が掛かる。セレシアは急いで空間の気温を取り戻したが、2人の意識が戻ってくることはなかった。
「死んでる…!?」
死んではいない。2人共辛うじて息はあった。シャルロッテがカイルから受けた太刀傷は即座に冷凍されたことによって、大量出血は免れていた。それ以上に、2人は重度な凍傷を引き起こしているため、非常に危険な状態ではある。
この後、セレシアが治癒魔法を施し、2人は意識を取り戻した。幸いにもセレシアの治癒魔法の腕前はピカイチで、2人して大回復を遂げた。そして、シャルロッテが持っていたペンシル状の杖を、セレシアが物珍しそうに取り上げ、勝負の結末としては、カイルとセレシアの勝利で幕を閉じたのである。
どんどん行きます!
次回はゼフィロとエリスの戦いです!




