第六十七話 「黒霧の中の狩人」
「落ち着けラナリーア。冷静さを欠けば命を落とすぞ。」
「ちっ…!分かってるよ!」
アース&ラナリー対ウィルドの戦闘。開始前からラナリーの怒りは暴発していて、それをアースが何とか抑え込んでいた。そして、それと同じくらいウィルドもアースに怒っていた。三角関係のような怒りの相関図が出来上がっているが、意外にも最初に仕掛け始めたのは、最も冷静であったアースの斬撃からであった。
「引き返すなら今のうちだぞ!今回はお前を守ってくれる兵士もいなければこっちは2人掛かりだ!」
再度の忠告を申し付けながら、アースが大剣を大きく振るう。ウィルドも大抵バカではあるが、怒りに身を任せるような無謀な立ち回りをするほどバカでもない。強力な防御魔法を一点に集中させ、アースの斬撃を弾いてみせた。
その隙を見計らってラナリーが弓矢を放つ。アースの真横をギリギリ通す繊細な精度で、ウィルドの腹部に命中させた。
「くっそ…!」
ウィルドが相手にしているのは豪傑アース・ラドガルドである。痛みに耐える暇などありはしない。大剣を弾かれてしまったものの、すぐさま体勢を整えて次の攻撃を仕掛けていく。
「《闇の帳》…!」
以前の闘いで見せた漆黒の霧を出現させる魔法で、アースとラナリーの視界を奪っていく。
「何も見えねえ!」
アースはウィルドのいた場所に大剣を振り下ろすが、すでに暗闇に紛れたウィルドに命中するわけもなく、盛大に空振りしてしまった。しかし、その空振りは空を裂き、風を巻き起こす。漆黒の霧はアースを中心にして晴れ始め、次第に部屋の明かりを取り戻していく。
霧が晴れると、そこにはウィルドの幻影が、何体も目の前に立っていた。その数6体。本体がこの中に紛れているとすれば、ウィルドが作り出した幻影は5体ということになる。
「何だよこれ!?ウィルドがいっぱいいるぞ!」
「焦るな!所詮は幻影だ。片端から射抜いていけ!」
そして、ラナリーが一番右端に位置していたウィルドを射抜く。しかし、手応えはなく弓矢はウィルドの幻影をすり抜けて石壁にぶつかった。続けてアースも目の前にいるウィルドを切り捨てるが、これも幻影だった。6体中2体が空振りに終わる。
すると、残ったウィルド4体が全く同じ動きで杖を高く振り上げた。魔法を放ってくることは間違いなさそうだが、アースは攻撃の手を止めて、ラナリーを庇うように間に割り込んでいった。
本体がどれであるか分からない以上、次の攻撃を空振ってしまうと被弾を避けられなくなってしまうからだ。
「ん?なんだ?」
(バカめ…。)
杖を振り上げた4体のウィルドはなぜかそこで固まっていて、魔法を放ってこなかった。ウィルドの幻影魔法は完璧ではない。アースは少し経ってからようやくその異変に気付くことはできたが、横の通路から迫る《影狼の闇牙》への反応には間に合わなかった。
「いや違う!あいつは腹に矢を受けていたはずだ!」
「深淵の狐狼!闇に誘え!――《影狼の闇牙》!!」
ウィルドは《闇の帳》の展開後に、通路へ逃げ込むのと同時に、無傷の《幻影魔法》を6体部屋に設置していたのだ。意識の外から放たれた魔法が、アースとラナリーを飲み込む。
「大丈夫か!?」
アースは自分も攻撃を喰らっているにも関わらず、それでもラナリーの無事が気になってしまう。
「はぁ、はぁ…!」
強靭な肉体と精神力を誇るアースにとっては然程のダメージにはならなかったが、ラナリーは違う。胸をガッチリと掴んで、大きく息を上げている。アースの呼びかけにも、反応がかなり遅れた。
「くっそ…!大丈夫だ…!」
通路からウィルドが誇らしげな態度で戻ってくる。
「おやおや?さっきの威勢はどうしたのかな〜ちびっ子?」
ウィルドのこの煽りは策略であった。ラナリーを怒りで狂わせ、無謀に動いてきたところを刈り取る。普段から頭の悪そうな言動は多いが、こと戦闘においてはやはりどこか光るものはある。
「挑発だ…。乗るなよラナリーア。」
アースがすぐに釘を打ったおかげで、ラナリーが声を荒げることはなかったが、その怒りは喉元まで来ている。片膝を着けながらウィルドを睨みつけ、そのまま立ちあがろうとした瞬間。ラナリーは前から、ドサっと倒れ込んだ。
「おい!」
アースが叫ぶ。ラナリーに意識はあったが、体が動かないようだ。
(あれ?力が入んねぇ…。)
精気を喰らう魔法《影狼の闇牙》はラナリーにとって、最大の弱点であった。心も体もまだまだ未熟な少女は、ウィルドのたかが下級魔法1発で伸されてしまう。
「弱っちいなあ!よくもそれで僕を殺すなんて言えたもんだよ!」
ウィルドは大きく高笑いを上げた。ラナリーは表情こそ怒りに埋め尽くされているが、声を出すことも腕を使って立ち上がることもできない。次第にその怒りは、悔しさへと移り変わっていく。そして、ラナリーの目尻に光った小さな涙が、石畳に着けた頬に向かって流れ出した。
「うおぉぉぉぉ!」
アースが大きな雄叫びを上げ、ウィルドに向かって突進する。
「《防御魔法》!」
ガシャーンという酷く鈍い音を立てて、ウィルドの防御魔法がアースの大剣によって粉砕される。この瞬間に、ウィルドは焦った。
「なんでそんな力残ってんだよ!?君だって《影狼の闇牙》喰らってたじゃないか!!!」
アースは猛攻の手を緩めない。素早い連続攻撃というわけではなく、一振り一振りに渾身の力を込めてウィルドを狙っている。
「起きろラナリーア!こいつはお前が倒すんだろ!?」
荒れ狂う剣術を披露している中で、アースがラナリーを鼓舞する。その声は確かに行き届き、ラナリーは歯を食いしばった。腕をプルプルと震わせながら、懸命に立ちあがろうとする。息はまだ荒い。それでも、渾身の力を振り絞って、ラナリーは立ち上がった。
背中に掛けている矢筒に右手を伸ばし、ゆっくりと弓矢を一本引き抜く。そして、指で摘んだ矢筈を弦に引っ掛け、息を止めた。
「今だ!《闇の帳》!」
アースから受けていた猛攻の一瞬の隙を見計らって、またしてもウィルドが漆黒の霧を展開させる。アースは姿を暗ませるウィルドに、今度はいい加減な当て推量で剣を振るうことはしなかった。それは、ラナリーが立ち上がり、弓矢を引いていることを知っていたからだ。余計な音を立てず、ラナリーの集中力を信じる。
(今度は通路に逃げ込んだ風を装って、この部屋から奇襲をかけてやる…。《幻影の軍勢》!)
まだ霧が晴れていない中で、ウィルドは幻影魔法を量産した。アースは意識を研ぎ澄まし、ラナリーは目を瞑った。
聞こえる。ラナリーは耳を立てて足音を追った。ウィルドももちろん自分の足音には細心の注意を払って移動していたが、エルヴァ村の最強ハンター、ラナリーア・ライドールの聴覚からは逃れられなかった。
息を止めて目を瞑ったラナリーは、矢筈を頬の横に置いて、弓を掴んだ左手を音のする方へと突き出していく。弦が張り詰めてもなお、ラナリーは目を開けることはなかった。そして、感じ取っていた足音が鳴り止んだ瞬間、ラナリーは弓矢を放った。
ウィルドの痛がる声が、暗闇に包まれた部屋に響く。声のする方へとアースがすぐさま向かい、剣を振るった。
「終わりだウィルド。」
霧が晴れると、ウィルドの胸部には弓矢が刺さり、左肩から腹部に掛けては大きな太刀傷が、痛々しく出来上がっていた。
早くクレア戦やりたいのでテンポよくいきます!




