第六十五話 「仕切り直し」
ゼフィロ対レイナ、カイル対シャルロッテの戦いに、彗星の如く現れたクレアとエリス。戦いも終盤を迎え、ゼフィロがレイナを負かそうとしたその瞬間の出来事である。彼女たちは意図せず、敵であるレイナを守ってしまったわけだが、当の本人たちはそれに気づいていない。
「魔法使い…?」
シャルロッテが杖を持つクレアに不信な眼差しを向けて言った。クレアは一瞬ドキッとしてしまうが、すぐにその心は強気に変わる。
「あなたがレイナ?悪いけど、火の精霊は返して貰うし地の精霊も渡さないよ!」
「レイナは私よ。」
呆気に取られていた彼女がようやく事態を把握し始めたのか、落ち着いた口調で私に告げてきた。
「どこの誰だか知らないけど、とりあえず助けてくれてありがとう。でも…、その口ぶりからして私の敵みたいね。火の精霊を返してほしい?あなたもしかしてアースの知り合いか何か?」
私の目に映ったレイナという魔女の第一印象は、顔の整った綺麗なお姉さん。とてもじゃないが、あのアースと対等にやり合って、火の精霊を攫った強者の魔女には全然見えない。
いや、そんなことはどうでもいい。助けてくれてありがとう?私はゼフィロさんにもう一度目線を移して確認した。
「よくも邪魔してくれたのう!レイナを仕留める絶好の機会だったのじゃぞ!」
ゼフィロさんが怒っている。どうやらエリスの爆弾で吹き飛んだ瓦礫が直撃し、レイナを仕留め損ねたらしい。なんたる失態だ。私は慌てて2回目の謝罪を必死にした。
「まあよい。あの禍々しい悪魔も消え去ったことじゃしな。」
レイナはゴクリと息を呑む。ゼフィロから受けた死という名の恐怖が、その強烈な視線を浴びて再び襲いかかってくる。もう勝てない。レイナの出した決断は一時撤退であった。
「シャルちゃん!一旦退くよ!」
「了解!…クロム!いつまで寝てるの早く起きて!!」
うぅ…、という唸り声を上げるクロム。それでも、ボロボロの体を何とか持ち上げ、かなり辛そうな足取りで走り出した。
「逃げられると思うなよ。」
ゼフィロさんのその言葉に、私までゾッとした。けれど、安心感もあった。なんだ…、ゼフィロさんならレイナに圧勝できるんだ。そう思った瞬間、ゼフィロさんの魔法の発声が途中で止まった。
「《裁きの痺咒縛》!」
シャルロッテの魔法がゼフィロの動きを封じ込めた。しかし、この魔法がゼフィロには殆ど通用しないことを、アークトリアの連中は分かっている。
(頼んだ風の精霊。)
ゼフィロの動きを封じ込めたところで、風の精霊が代わりに魔法を放てばそれで済む。しかし、その隙にレイナが逃走を図るための魔法を展開した。
「燃える監獄、止まぬ悲鳴。炎に溺れ、世界を畳め!――《滅焔・灼熱》!!」
レイナたちと私たちの間に炎の壁が築かれていく。それは天井まで伸びていき、両脇の壁から壁まで隙間なくぎっしりと敷かれた。
ゼフィロさんがその炎の壁を吹き飛ばせないわけもないと思うが、あえてしなかったようだ。ゆっくりとため息が漏れていく。
「逃げられたか…。」
炎が鎮まった先には、当然レイナたちの姿はなかった。
「この先で待ち構えられてるとまた1からやり直しじゃ。レイナは儂1人で何とかなるとはいえ、シャルロッテをまた小僧1人に足止めさせるのは難儀じゃのう。それにあの剣士も治癒魔法で回復してるじゃろうしな。小僧にはできればそっちを任せたい。」
ゼフィロに頼りにされているカイルではあったが、ウィルドと戦闘中であるアースの下に向かいたくてうずうずしている様子が見て取れる。
「ウィルド如きあの滅焔のアースの敵ではないじゃろう。ここは儂を手伝え小僧。正直言ってそろそろ儂の魔力も残り少ない。レイナを討つには手助けが必要なんじゃ。」
誰かに必要とされることは誰だって気分が良くなる。加えて大魔法使いゼフィロからの頼みであればなおのことだ。
「わかりました。」
「ふむ。ここでレイナ、シャルロッテ、ウィルドを討ち取れればアークトリアにとっては大打撃間違いないじゃろうしな。これはモーゼも目ん玉ひっくり返すじゃろう!ほっほっほ!」
ゼフィロさんから圧倒的強者感が滲み出ている。本来の目的を忘れて、レイナを倒すことに夢中になり、気分もどこか高揚しているようにも見えた。
「ところで小僧。この2人はシャルロッテとやり合えるだけの力はあるかの?」
ゼフィロさんはカイルに聞いているし、この2人というのは私とエリスのことで間違いないだろう。シャルロッテという人の力を私は知らないが、カイルの評価が気になる。
しかし、カイルは私と目を合わせるだけで、何も答えない。何かを考えている様子とは少し違う。たぶん、やれるとは言えないが、やれないとも言いたくないのだろう。だから、カイルが答えるよりも先に、私が答えた。
「やらせてください!そのシャルロッテっていう人をゼフィロさんの戦いに邪魔させないようにすればいいんですよね!?」
私の気概に驚き、ゼフィロさんは目を丸くした。すると、私を認めたのか、一拍置いてその役割を託してきた。
「シャルロッテは破魔魔法部隊序列7位じゃ。無理はせんでいい。儂がレイナを仕留めるまでの間でよいからの。」
そして、私たちはレイナを追って次の部屋に足を踏み入れた。そこには、逃げていった3人が、案の定待ち構えていた。体がボロボロだったはずの剣士はピンピンしており、私と対峙する予定のシャルロッテはレイナの後方に立っている。
さっきの大部屋とは異なり、ここは些か狭い。混戦になれば巻き添いもあり得る。それでも、すぐに戦闘が開始されるであろう予兆が、私の心にチクチクと針を刺してくる。
「いい加減にしてくれんかのう…。」
突然、老人のような語尾をつけた台詞が部屋中に響いた。私は一瞬ゼフィロさんが発したのかと思ったが、明らかに声質が違うことに気付く。
「地の精霊!?」
声を上げて最初に反応を示したのはレイナだった。しかし、辺りを見渡しても地の精霊の姿はない。
「あんまり荒らさんといてくれ。」
その言葉とともに、地の精霊が床からすり抜けてきたように私の目の前に姿を表した。私たちとレイナたちの間に生まれている絶妙な間合いのど真ん中に、ひょっこりとだ。
ーー地の精霊。風の精霊がチビオヤジと言っていたが、まさにそのとおりの容姿であった。私の腰にも満たない低身長。弛んだ皮膚に弛んだ目。威厳のようなものも感じられず、チビオヤジというあだ名が本当によく似合っている。
「ねえ地の精霊!私と契約して!」
先手を打ったのはレイナだった。しまったと思い、私もすぐに地の精霊に声をかけようとする。しかし、地の精霊はレイナの持ち掛けをバッサリと切り捨てた。
「いやだね。お前さんからはクソガキの臭いがプンプンする。」
「んなっ…!」
レイナは絶句した。ふふ、と私は笑ってしまったが、正直私から見れば、レイナは羨むほどの美貌を持った大人の女性だ。まあ、地の精霊から見ればゼフィロさん以外ここにいる全員がガキに見えるのだろう。すると…
「誰がクソガキだジジイ!?いつまでも陰気にこんな所で芋ってるてめえのほうがドブ臭えよ!」
声の主はレイナの杖からだった。私は生まれて初めて聞くような荒々しい暴言に、思わず身震いしてしまった。




