第六十三話 「風神剣・雷神剣」
レイナは驚いていた。アークトリアが認めた脅威魔法使いを相手に、自分が善戦できているということを。開戦前からの強気な態度はレイナの生まれ持った性格みたいなもので、鉢合わせした時は内心恐れていた。それにも関わらず今、レイナは自分の思い描いていた盤上に立っている。自信が湧く。いや、それ以上に今この場でゼフィロを自分の手で仕留められるのではないかとまで考え出してしまうほど、レイナは慢心していた。
この世界にはアークトリアから脅威魔法使いとして認定されている人物は現在1人しかいない。14年前の大戦時には十数名いたが、今もなお生き残っているのは、今まさにレイナと対峙している風の精霊の使い手ゼフィロ・ウィンドレイただ1人だけである。
「《迅嵐・爆裂突風》!」
またしてもゼフィロの攻撃で業火羅刹が散り散りになった。
「《迅嵐・雷撃閃》!」
今回は一息のうちに異なる魔法を連発した。杖の先にはレイナがいる。しかし、レイナは1発目の魔法が放たれた瞬間から身構えていた。《迅嵐・雷撃閃》は惜しくも躱されてしまう。そして、外したと思う暇もなく、業火羅刹は復活を遂げる。
「《煌々の千本矢》!」
ゼフィロも業火羅刹の攻撃パターンの癖には気づき始めていた。片腕を振り上げれば、巨大化して振り下ろしてくるだけ。両手を挙げればクロスしてくる。飛び蹴りの時は膝を折り曲げて踏み込む。そして何より、攻撃を仕掛ける一瞬前に、業火羅刹の目が強く光る。
(所詮は傀儡のようなものじゃったな。頭が悪い。)
さらにいえば、レイナの策略にも勘付いていた。《煌々の千本矢》しか放たず、決定打を打ち込んでこないことに違和感を覚える。ゼフィロの考えはこうだ。
業火羅刹の一挙手一投足にはレイナと火の精霊の魔力が使用されている。一見、自立した不死身の兵器を最初の魔力で召喚させたように見えるが、そうではないということだ。その証拠として、決定打の高い滅焔魔法ではなく、慣れ親しんだ《煌々の千本矢》しか使わないことが挙げられる。簡単に言えば、魔法のイメージリソースが業火羅刹に多く割かれているため、強力魔法の発動ができないのだと。決定打の魔法が放てないのにも関わらず、戦況を変えようとしない。そして、レイナの魔力量はこの世界でも随一。つまり、消耗戦を強いられている。
「儂に消耗戦を仕掛けるなんて百年早いわ!!」
「言ってなさい!どうせこの業火羅刹は打ち破れない!先に落ちるのはあんたのほうよゼフィロ!!」
魔力量だけで言えばレイナに分がある。それはゼフィロも、そしてレイナ自身も分かっていた。戦況を覆せなければ、ゼフィロが先に魔力切れを引き起こす。
「《迅嵐・空風輪》!」
ゼフィロがレイナに初めて見せる魔法。それは業火羅刹が片腕を振り上げ、巨大化したタイミングで放たれた。今までは《迅嵐・爆裂突風》で全身を吹き飛ばしていたが、今回放たれた魔法《迅嵐・空風輪》は少し毛色が違う。
高回転の風で出来た大きなチャクラムが、業火羅刹の巨大化した腕を付け根から切り裂いた。炎が散ることはなく、腕と体が分断される。もちろん攻撃も止まる。その間に、ゼフィロは飛行速度をトップスピードに上げて、レイナに接近した。
「《迅嵐・風神剣》!」
剣の形を模した風の刃が、低空飛行しているゼフィロの背中を追いかけた。レイナは身構え、防御の体制に入る。2人の距離は、およそ3メートル。そして、業火羅刹の腕はとっくに元通りとなり、ゼフィロの後方に迫っていた。
レイナ、ゼフィロ、風神剣、業火羅刹の順で一直線に並んだ。この時、風神剣の剣先はゼフィロの背中を差していて、それは後方から迫る業火羅刹の攻撃を防ぐためのものではなかった。しかし、レイナの視点から見えた光景は、呆気なく単純で、愚かなものだった。
(その後ろの魔法で業火羅刹を食い止めながら近距離で私を狙おうってのね…。だったら今すぐ防御結界を…!)
手のひらの上で転がされているとも知らずに、レイナは結界を張ってしまう。しかし実際、その結界はかなり強固でゼフィロの迅嵐魔法を一度防ぐ程度であれば、何のことはない。そう、一度程度であれば…。
レイナが結界魔法を張ることを読んでいたゼフィロは、それとほぼ同時に真上に上昇した。すると、後ろに張り付いていた風神剣は、そのままの勢いでレイナの結界に突き刺さる。一度目の攻撃で亀裂が入った。そして、天井付近まで上昇したゼフィロが次なる魔法を放つ。
「《迅嵐・雷神剣》!」
バチバチと音を立てる稲妻の剣がゼフィロの前に出現すると、今度はそれを片手で握った。杖と雷神剣の二刀流状態である。迸る電気を纏って宙に浮くその姿は、まさに雷神。
「業火羅刹を忘れてない!?」
その後ろからはレイナの言うとおり、業火羅刹が腕を巨大化させてゼフィロを今まさに刈り取ろうとしている。しかし、ゼフィロは風神剣で作った結界の亀裂を確認し、雷神剣を振りかざした。
「まさか相打ち狙い!?」
「たわけ…。この儂がお前如きと相打ちなんぞするか。」
次の瞬間だった。ゼフィロの背後を狙った業火羅刹の腕が、風のチャクラムで切り裂かれた。背後で起こった見事など気にも止めず、ゼフィロはレイナを見下した。その視線に、レイナの背筋が凍りつく。
「さっきの魔法…。解除してなかったの…?」
「言ったじゃろ?儂に消耗戦を仕掛けるなんて百年早いと…。」
側で戦っていたカイルとシャルロッテは思わず手を止めてしまう。大魔法使い同士の熾烈な戦いに、目を奪われてしまったのである。
「レイナァァァ!!!《金剛の加護》!!」
シャルロッテが叫ぶ。目の前にいるカイルは眼中に収まらず、レイナの絶体絶命だけがシャルロッテの頭を支配していた。レイナが負ければ自分も死ぬ。そんな回りくどい考えなど持ち合わせておらず、シャルロッテの腕は勝手にレイナの方に向いていた。
「それはもう遅い。」
結界強化が手遅れであることは、レイナもゼフィロも分かっていた。分かっていなかったのは、術者のシャルロッテ本人だけである。《金剛の加護》の効果については《迅嵐・空裂傷》の百烈攻撃を防がれた時に、ゼフィロは勘づいていた。それは傷ついた結界が徐々に修復されていったということ。すなわち、即効性はない。無論、ゼフィロはシャルロッテの援護も考慮したうえで、トドメの一撃に雷神剣を選択している。
雷神剣を初めて見るものの、レイナは直感で分かっていた。この一撃は結界諸とも破壊してきて、致命傷では済まないことを。完全敗北を悟ったレイナの最後の思考は、世界を震撼させる大魔法使いとは到底思えない、脆弱な心の叫びだった。
(いやだ…、死にたくない…。)
レイナは力強く目を閉じた。震える唇と軋ませる歯。雷神剣に目を向けられない。来たる死を受け入れられない。思考は止まるが、希望には縋る。
レイナが目を開けたのはその数秒後だった。自分の心音が、なぜか長く続いていることに気づいた。
(え、生きてる?何が起きたの?)
目を開けると、目の前にゼフィロがいない。
「イタタタタタ…。」
遠くでは、瓦礫に埋もれたゼフィロが頭に手を当てながら立ちあがろうとしていた。レイナだけがこの事態を全く把握できていない。
「お前ら何しとんじゃ!!」
ゼフィロが急に叫んだ。レイナは慌てて怒号の先を確認する。そこには2人の少女が、やってしまったという顔を浮かべて佇んでいた。




