第六十話 「止まる刃」
最初に声を上げたのは、レイナだった。
「げっ!ゼフィロ!なんでこんなところにいるのよ!?それにセレシアも……!」
当然の如くレイナは驚いた。しかし、ゼフィロとセレシアに対する驚きの種類が、どこか違うように感じられた。
「久しぶりねレイナちゃん…。さっきの話からして地の精霊はまだ見つけられていないようね?」
「何?あんたたちも地の精霊狙いってわけ?この情報ってそんな安売りされてるんだ?」
レイナがクロムを懐疑の目で睨みつける。レンドルートがいないため、案内役のクロムが肩代わりされる羽目となる。無関係のクロムは慌てて否定した。
「いや、俺は知らねーぞ!?団長からレイナを案内してやれって言われたから来てるだけだ。」
レイナの視線がセレシアたちに戻る。
「まあいいや。お互い地の精霊を狙ってるっていうなら話は早いよね?」
レイナが杖を前に突き出した。それに加勢するように、シャルロッテも小さな杖を構えだし、クロムは剣を抜いた。余裕を見せていたゼフィロも、ようやく戦闘体制の目に移り変わる。
「儂に勝てるとでも思っているのか?」
ゼフィロがレイナたちに問う。アークトリアの3人もゼフィロという大魔法使いの強さを知らないわけではない。それでも、レイナには勝算があった。同じ精霊魔法使いになっているのだから、力の差は大きくないと。ゼフィロの問いかけに答えないレイナは、不適な笑みを一瞬だけ見せて、不意打ちの魔法を放った。
「《滅焔・業魔弾》!」
炎の弾が1つ、ゼフィロ目掛けて飛んでいく。邪悪にも見える黒色の炎弾が、開戦の狼煙をあげた。《防御魔法》では防げないと瞬時に判断したゼフィロは、迅嵐魔法で相殺する。
「もう滅焔魔法も使いこなしているか。流石はモーゼの娘じゃな。」
ゼフィロが感心したのも束の間、カイルも素早く動き出した。姿勢を低くして突進した先は、レンドルートの猟犬クロムのもとだった。床を滑らせていった剣を切り上げて、クロムの顎先を狙う。しかしこれを、クロムはひらりと躱す。カイルはそのまま振り切った剣と突進の勢いを利用し、もう一度クロムに切り掛かる。すると、剣と剣が交わる音が、遺跡に響いた。
「お前どっかで見たことあるような…。」
カイルの剣を受け止めたクロムが冷静に呟く。聞こえているのか聞こえていないのか。この後もカイルは猛攻を続けるが、華麗に捌かれていく。
クロムの剣術はアークトリア騎士団の中でも相当な腕前ではあるが、日の目に当たらない彼はあまりその名を知られていない。ゆえに、カイルもこの男の顔に覚えはなかった。
「《迅嵐・雷衝》」
カイル対クロムが始まった直後、ゼフィロの迅嵐魔法が炸裂する。それは、地面に杖をコンっと叩いたと同時のことであった。ゼフィロの足元からバチバチと小さな稲妻が迸る。次第にその勢力は増していき、杖をもう一度コンっと叩いた次の瞬間。雷が地面を這って、レイナとシャルロッテに向かって襲い掛かった。
彼女たちは物凄い速さで迫るその低い攻撃を、ジャンプで躱してしまう。空中に飛べば、着地までの間に隙が生じる。レイナがこの誤った行動に気付いたのは、ゼフィロの杖が自分に向けられた後のことであった。
「《迅嵐・爆裂突風》!」
風の精霊の魔力と掛け合わせた《爆裂突風》である。一度飛び上がったレイナは着地することができず、そのまま迅嵐魔法の餌食となった。思い切り吹き飛ばされ、石壁に体を打ちつけられる。
「レイナ!!」
ゼフィロの標的にされなかったシャルロッテが仲間を叫んだ。石壁は砕け、大きなダメージとなる。それでもレイナは倒れることなく、大丈夫…と言ってみせた。
「《迅嵐・空裂傷》!」
ゼフィロの攻撃は止まらない。今度は百烈の風撃がレイナを襲う。瞬時に強固な結界を張って身を防いだレイナではあったが、迅嵐魔法の百烈攻撃が徐々にその結界を切り裂こうとしていた。亀裂が入り、ピキピキと音を立てて耐久の限界を知らせ始める。
「シャルちゃん!!」
レイナがあだ名でシャルロッテ呼ぶ。すると、フリーになっていたシャルロッテが杖をレイナに向けた。シャルロッテの持つ杖は一般的な背丈ほどの大きさの杖とは異なり、ペンシルのようなとても小さな形状をしている。
「わかってるよ!《金剛の加護》!」
シャルロッテは手首を捻らせ、杖先で半円を描いた。シャルロッテが得意とする魔法は強化。百烈攻撃で打ち破られそうになったレイナの結界は徐々に修復され、迅嵐魔法を寄せ付けない完全不落の結界と成り果てた。ゼフィロもこれ以上は無意味であると判断し、魔法を止めた。
「な〜いすシャルちゃん!」
ゼフィロが放つ迅嵐魔法の猛攻を、レイナとシャルロッテは見事防ぎきった。
「ほー。やるのう。」
大魔法使いから感心の声が漏れる。しかし、依然としてゼフィロの余裕は変わらない。破魔魔法部隊の3位と7位を前にしても、力の差はまだ、歴然であった。
「お前結構いい腕をしているな。良かったらアークトリア騎士団に入らないか?」
カイル対クロムは一進一退の攻防が繰り広げられていた。カイルの経歴を知らないクロムが急に勧誘を始める。もちろん、カイルがそれに答える義理などないので、黙って剣を振るうことに集中する。しかし、戦いの最中だというのにも関わらず、クロムの口からは勧誘の言葉が続いた。
「もうすぐアークトリアが完全にこの世界を掌握する。アーセント村だってその時がくれば終わりだ。早いうちにこっち側に付いておいたほうがいいぜ。」
無理もないが、ゼフィロと行動しているせいでカイルはアーセント村の人間であると誤解されている。引っ掛かる言葉が並べられたことで、カイルが一瞬目を見開いて動揺した。
「お?その気になったか?」
戸惑いが生じた瞬間の緩い攻撃を感じ取ったクロムが、カイルの心につけ込もうとする。しかし、カイルはすぐに歯を食いしばって、今日一番の斬撃をクロムに叩き込んだ。
「うおっと…!?」
クロムがよろめく。追撃の隙を見逃さないカイルは立て続けに剣を振るいにいく。小さく振り上げ、一歩踏み込んだ。間合いは完璧。そして、後退したクロムの胸部目掛けて剣を振り下ろした。
「…っぶね!!」
クロムはあえて踏ん張らず、そのまま後ろに倒れ込む。咄嗟の判断でカイルの追撃を躱すことに成功はしたが、尻餅をついたことで状況は悪化している。
「ちょ、ちょっと待て!」
カイルの視線がギロリとクロムを睨みつけた。散々余裕を見せていたクロムのあっけない敗北である。仲間には心優しいカイルではあるが、真剣勝負で情は湧かない。命乞いをさせる暇すら与えないという隙のなさ。地べたで手を上げるクロムに、カイルは何の躊躇いもなくトドメを刺しにいく。その、次の瞬間。
「《裁きの痺咒縛》!」
やや遠くからシャルロッテの声が聞こえた。カイルが振り下ろした剣の先が、クロムの目と鼻の先でピタリと止まった。何が起きたのか、カイルは事態を把握できない。体が全く動かないのに、痛みはない。それでいて、意識はしっかりしている。目の前には、死を恐れていたクロムが未だ尻餅をついていた。
「マジでマジでマジで死ぬかと思った…!」
恐怖に駆られたクロムは、必死に両手と両足をばたつかせ、床を這うようにして後ずさった。それでもカイルは依然として硬直状態が続いており、シャルロッテは決死の形相で杖をカイルに向けている。
(体が…動かない?)




