第五十七話 「地の精霊を求めて」
霊峰レオールの頂上はアークトリアから固く立ち入りが禁じられていて、たとえアークトリアの人間でも入ることはできないことになっているらしい。昔は神獣の言い伝えでわざわざ足を踏み入れる人はいなかったらしいが、昨今は神に対する信仰が薄くなってきたことで、霊峰レオールの登頂を罰則として取り締まるようになったのだと言う。
アークトリアでもないセレシアの表情が曇り始める。
「レオールの頂上は代々ナイトフォールが守り続けている場所。私からしたらどうでもいいけど、モーゼは違う…!」
「俺がレオールの頂上に行ったことを知っているのは他に2人だけなんだ。最も、その2人はもう亡くなっているが。」
つまり、アースが禁断の地に足を踏み入れたことのある真実を知るものは、この瞬間から私たちだけということになった。いや、それよりもそんな危ない場所を対価として提示してきたセレシアは何を考えているのだ。
「よく隠し通せたわね…。」
「友人のおかげだ。」
この後も、魔力増幅薬との交換カードがセレシアから次々と示されていくが、判断を下すのは決まってエリスかアースとなった。私に新たな魔法を教えるというカードもあったが、それはなぜかエリスが断った。たぶん、《吸収魔法》に対して嫉妬を抱いていたからであろう。
(イライラするぅ…!!何でこの子を相手にするとこう上手くいかないのかしら…!?)
セレシアは心の中で毒付きながら、またしても新たな提示を示す。しかし、呆れ切ったゼフィロがここでようやく釘を刺して、この取引は無効となった。
セレシアから落胆の表情が伺える。私はざまあみろと心の中で叫んでみた。アーセント村で刺客を送り込んできた時もそうだが、今回もそんな危険な場所を最初に提示してきたあたり、この人はやっぱり腹黒い。
そもそもこの話の発端は私が地の精霊と契約できる器があるのか。という風の精霊との掛け合いから始まったものである。いつの間にかそんな話は風に流され、私たちはレクト樹海の奥地へと淡々と進み始めていた。気づけば、風の精霊の姿も消えている。
しばらく歩いていると、エリスが突然話を掘り返してきた。悩んでいる表情が長らく続いていたのは気づいていたが、相当月光草の群生地が気になるらしい。
「ねえアース。霊峰レオールの頂上に私を連れて行ってくれない?すぐにじゃなくていいから。」
エリスが誰かに何かを懇願する姿なんて滅多にない。きっとその言葉を言おうかずっと迷っていたのであろう。しかし、アースは即答で払い除ける。
「だめだ。」
「どうして!?一回行ったことあるなら別にいいじゃない!」
感情がやや上がるエリスに対してアースは至って冷静に、しかしどこか儚げな表情で答える。
「悪いな。エリスを危険な目に遭わせたくないという思いもあるが、これは個人的な問題なんだ。すまない…。」
危険という名目では断れる理由にならないことをアースは知っていた。それ以上は語らないアースに不満が芽生えたエリスは、嫌味を吐き捨てる。その寸前に見せたエリスの悲しい表情を、私は見逃さなかった。
「別にいいわよ。今度一人で行ってくるから。」
なんだか居た堪れない気持ちが込み上げてきて、私の心がキューっと締め付けられる。だからと言って、何か掛ける言葉が浮かんでくるわけでもない。私はただ、少し不機嫌になったエリスを、遠くから見守ることしかできなかった。
日は沈み、私たちはレクト樹海の暗闇に誘われた。足元が悪いこの樹海を、灯りなしでこれ以上進むのは危険だ。私は杖の先端から青白い光を発現させて辺りを照らした。光が届くのは精々十メートル先くらい。見通しも悪いレクト樹海を、それでも進み続ける。
「あと少し進んだら今日は終わりにしましょう。私もう疲れてきちゃった。」
そう言うのはセレシアだった。最初に音をあげるのは私だと思っていたが、案外周りを見るとラナリーちゃんやエリスも疲れた様子をしていた。全員がセレシアの意見に同意し、私たちは程なくしてちょうどいい場所を見つけると、休息に入った。するとここで、ラナリーちゃんは最後に一仕事をやると言った。
「念のため《鋭斬鉄線》は辺りに張り巡らせておく。気休め程度だけどな!」
《鋭斬鉄線》というのは、触れるだけで指先が切れてしまうヴォルフさんの特製ワイヤーらしい。日が出ていていも見分けるのは困難で、体を引っ掛ければ大怪我は避けられないという。
とはいえ、テングの襲撃を考慮すると、順番で見張りをする必要がある。その役をいち早く買ってでたのはカイルであった。
「みんなはゆっくり休んで。テングとの戦闘は3人に任せっきりになっちゃったからね。」
私たちは優しいカイルに甘えることにした。カイルの後はアースが見張りを担当し、朝までその2人でこなすという。アーセント村の2人もこれに便乗する。
「ありがとう2人とも。それからラナリーちゃんもね!」
「オレは別に…。ちゃんと寝るからな。」
そういえば、私のちゃん付け呼びにもいい加減諦めたようである。ラナリーちゃんは少し照れくさそうにしながら手袋をはめ、ランタン片手に罠を仕掛けに行った。私はそれを見送ると、地面に腰を下ろし、大きな木の根を背もたれにして目を瞑る。思いの外疲れていたのか、こんな不気味な場所にも関わらず、私はすぐに深い眠りに入っていった。
翌朝、私は大きなあくびとともに目を覚ます。両手をあげて体を伸ばすと、ぼやけていた視界が回復してくる。目を擦った後にパチパチと見開くと、私を取り囲むようにみんながこちらを見下ろしていた。なんだか少し、蔑んでいるような気もする。
「こんな樹海でよくここまで気持ちようさそうに寝られるわね。危機感っていうのがないのかしらこの子には。」
「ほっほっほ!」
ゼフィロさんの笑い声と同時に、遠くからラナリーちゃんの声も聞こえてくる。
「寝坊助は起きたかー!?」
どうやら私が眠っている間にも皆は出発の準備を整え、ラナリーちゃんも昨夜仕掛けていたワイヤーの回収を終えていたようであった。すなわち、私待ちだ。事態をようやく飲み込んだ私は慌てて飛び起きると、エリスが額に手を当ててゼフィロさんに謝罪する。
「クレアが最後なのはいつものことです。すみません。」
「よいよい!寝る子は育つからのう!」
皮肉にしか聞こえない。みんなが私を小馬鹿にしてくる中、カイルの言葉だけは、優しく私の心をじんわりと温めてくれる。
「よく寝られたみたいだね。もう出発するけど大丈夫?」
たぶん、私を起こさなかったのはカイルの計らいだろう。私の騎士は優しいけど、恥をかかされるくらいなら早々に起こしてほしかったな。
「うん…!今日もみんな張り切って行こう!!」
私は威勢の良い号令をあげて、指を樹海の奥へと向けた。もちろん白い目で見られるが、私にはカイルという心強い仲間がいる。だからなんてことないのだ。
一方、クレアたちと同様に地の精霊を追い求めているレイナは2日前にレクト樹海の地下遺跡に到着していた。2日掛けてもお目当てが見つからない状況に、レイナは少し嫌気が差し始めている。
「本当にこの遺跡にいるの?」
レイナに同行している人物は他に2人いる。1人目は破魔魔法部隊の【シャルロッテ・ラルケル】。彼女の序列は7位である。そして2人目はアークトリア騎士団の【クロム・ストレンジャー】。彼は団長レンドルートの陰の右腕で、今回レイナたちの案内役として同行している。
ちなみに、クレアたちよりも1日早くエルヴァ村を発ったウィルドはというと、レクト樹海で一人迷子になっていた。そのため、地下遺跡到着はクレアたちよりも後になってしまうのである。




