第五十六話 「精霊契約の器」
私の決意表明にいち早く反応を示したのは意外にもセレシアだった。ガミガミと口うるさい口調で私をバカにしてくる。
「あなた精霊と契約することがどれほど難しくてどれほどの重荷を背負うか知ってて言ってるの!?中途半端な力のまま万が一にでも契約したらあなた一瞬でアークトリアに殺されるわよ?ひよっこの魔法使いが手にしていいものじゃないの。それに地の精霊は四大精霊の中でも最も恐れられている力を持っているのよ。」
恐れられている力とは何なのか。私はそれが気になってセレシアに問い返してみようとしたが、話の続きはゼフィロさんが継いでくれた。
「地の精霊はのう、この大地この自然に干渉できるんじゃ。地形を変えることも山を崩すこともできる。この世界で最も神に近い存在と言っても過言ではないじゃろう。」
ふーん、良いじゃない。その力、私が手に入れたい。目をキラキラと輝かせながら、ゼフィロさんに私の気持ちが変わらないことを伝えた。すると、ゼフィロさんは笑って答えた。
「ほっほっほ。夢見る少女は健気でよいなあ。まあアークトリアに渡るよりも1億倍マシじゃ。風の精霊よ、この者をどう見る?」
ゼフィロさんの杖が小さく輝き、一つの光の玉がフワっと杖の先端から現れた。そして、その光の玉がパッと弾けると、翡翠色の髪の乙女が優雅に地面に降り立った。キリッとした鋭い目つきに、スラリと伸びた長い手足。私は初めて精霊と対面する。人の姿をしているが、人とは認識できない不思議なオーラを放っていた。それは、テングや操魔族とは違った華々しさがある。
「どう見るって言われてもな…。誰が見てもちんちくりんだろ。」
「ちんちくりん…!?」
エリスとラナリーちゃん、それからカイルまでもがププっと笑いを噴き出していた。私は少しカッとなってしまう。
「初対面でそんな言い方ないでしょ!」
風の精霊は小さく笑いながら私に近づいてきた。何をされるのか見当も付かず、心の中で身構える。見下すような冷たい視線を浴びせられるが、私も負けずと睨み返す。
「ふーん。でも良い目はしているね。あなた、あの地の精霊と契約したいんだっけ?」
チビオヤジ?地の精霊のことかな?
「そうよ…!私は地の精霊と契約する…!」
「うーん。同じ精霊の立場から言わせてもらうと、正直あなたじゃ力不足ね。地の精霊と契約することで成せる精霊魔法を扱うには、器が足りなすぎる。」
魔力の器のことか。精霊魔法を扱うにもやっぱり魔力の器が大きくないといけないんだ。別に忘れていたわけではないけれど、精霊魔法なら精霊と器は共有されるから大丈夫。みたいな淡い期待を抱いていたのかもしれない。同族からの宣告は、まあまあ心がへこむ。
「おいクレア。そいつが言っている器というのは魔力の器のことじゃないぞ。」
「え?」
アースが私の心のうちを見透かしているかのように告げてきた。
「もっと単純に、素質や経験値の話だ。」
それはそれでへこむ。私に足りない器が具体的に何なのかを知りたい。風の精霊にそれを聞くのは傲慢なのだろうか。少し迷ったが、知りたいことは聞かなくちゃ分からない。自分の力だけで模索する必要なんてないはずだ。私はそう自分に言い聞かせ、真剣な眼差しで風の精霊に問いかけた。自分に足りないもの、地の精霊と契約するのに必要な力は何のかを。すると、すぐに風の精霊は答えた。
「大切なのは2つ。魔力の共鳴と芯の強さだ。精霊魔法は強力がゆえに、両者の魔力の共鳴がズレると暴発する。基本的には人間側がこれに合わせにいくから、精霊単体の力をあなたが凌駕していなくちゃならない。そして、地の精霊の魔法はあたしたちの中でも最も魔力の消費が激しいの。」
「魔力ならほぼ無限にあるよ!!そこにいるエリスのおかげでね!」
指を差されたエリスはドキッとした。なぜかゼフィロさんやセレシアも怪訝な様子でエリスを見つめ始める。当の風の精霊はというと、エリスを一瞥した後、すぐに私に視線を戻して、さも信じていないような態度を示してきた。
「ほぼ無限にあるだって…?ちょっと確かめさせてもらってもいい?」
風の精霊は私の両肩に優しく手を置いて目を瞑った。美しい顔を目の前にして、私は少し照れ臭くなる。そして、その数秒後。ハッと目を見開いた風の精霊は驚いたような表情を浮かべて、私の魔力を見直した。
「何ていう魔力量なの…?これじゃあ大魔法使いレベルじゃない!? 」
へっへっへ。実はレクト樹海に入った時に魔力増幅薬を服用していたのだ。《防御魔法》数回と《希望の煌紐》2回しか放っていないから、魔力量は全然減ってない。
「あなた…。たぶんそこのゼフィロより魔力量多いよ。いや…、そんなことよりこのあたしが初見で見間違えた…?ありえない!」
風の精霊の驚きを隠せないような表情に、ゼフィロさんも私の魔力量には興味を持ってくれたみたいだ。どういうわけか説明すると、ゼフィロさんだけでなく、セレシアもかなり食い気味に話に入ってきた。
「ちょっとその薬見せてくれないかしら!?」
私はポケットから魔力増幅薬を一つ取り出して、セレシアに見せた。物珍しそうにゼフィロさんと風の精霊もまじまじと観察を始める。なぜか少し緊張してしまう。詳しいことを聞かれても私は分からないから、何か聞かれたらエリスにバトンタッチしよう。そう心に決めた途端、セレシアから予想外の言葉が飛んできた。
「これ私にくれない?もちろんそれ相応の対価は支払うから。」
私はダメに決まっていると心の中で叫びながらも、その対価というものが何なのか少し気になってしまう。何にせよ、取引の可決はエリスに委ねられる。私は恐る恐るエリスに目線を配らせ、顔色を伺った。
「別に私は構わないわよ。」
意外にもあっさりとした答えだった。しかし、魔力増幅薬は今手持ちに一つしかない。月光草が枯渇しているせいで、新たに調達しない限り追加の生産ができない。エリスが最後の一つをバッグの中で絶賛調合中とのことであるから、これを渡せばしばらくの間私の生命線は絶たれる。迷いが膨らむ中で、私はセレシアが提示してくる対価とは何かを聞いてみた。
「これと引き換えに何をくれるの?」
セレシアは上目になって対価を考え始める。私たちですら価値をわかっていないこの魔力増幅薬に、何を秤に置くか決まっていなかったのである。セレシアは長考の末、人差し指を一本立てて、秘密の場所の開示を秤に置いてきた。
「よし!じゃあ月光草の群生地を教えてあげる。」
「はい?」
私もエリスに聞いていたから知っている。月光草は群生しない。もちろんエリスはすぐに反論したが、セレシアは顔色ひとつ変えずに答えてみせた。
「本当にあるわよ。その場所は私の先祖【コレット・ナイトフォール】が見つけた秘密の場所。」
聞いたことがない名を使われたことで信憑性が増してしまうのはなぜなのだろうか。しかし、この対価は私たちには必要なかった。なぜなら、アースがその場所を知っていたからである。
「霊峰レオールの頂上だろ?」
セレシアは驚くどころか、眉間に皺を寄せてアースを睨みつける。
「何であなたが知っているのよ…?元アークトリアならモーゼが黙っていないはずよ?」
空気が変わり始めた。私かエリスが了承すれば知れた事実ではあるが、すでに知っていたアースが不可解でしょうがないのであろう。
「今更隠す必要もないから言うが、俺は一度レオールの頂上に行ったことがある。」
エリスとセレシアは、口を大きく開けて驚いた。




