第五十五話 「私の決意」
私に《吸収魔法》の魔導書をくれた人物。セレシア・ナイトフォールと偶然にも、ここレクト樹海で再会してしまった。正直言って私はセレシアに良い印象をもっていない。急に刺客を送り込まれて、私はあの時初めて死の恐怖を感じた。まあでも、私の《希望の煌紐》はあそこから始まったとも言える。
「知り合いか?」
「はい。以前クレアと二人でアーセント村を訪れたんです。そこにいるセレシアに用があって…。」
カイルがアーセント村でのあらましを簡単に説明してくれた。隣にいるお爺さんが誰かは知らないが、杖を持っていることから魔法使いであることは間違いないだろう。アースがさっき最強とか言っていたような気もする。すると、そのお爺さんが杖を私たちに向けて戦闘の開始を予兆させてきた。
「これ以上アークトリアに好き勝手やらせるわけにはいかないんじゃ、滅焔のアースよ。悪いがこのレクト樹海に沈んでくれるかのう。」
「待て!俺は今火の精霊を有していない!」
アーセント村は独立村であるために情報が遅れている。ゼフィロはアースが火の精霊を失った事実は愚か、アークトリア騎士団を追放されたことも知らない。
「そうか火の精霊はいないのか。なら余裕じゃな。迅嵐…」
「だから待てゼフィロ!!俺は騎士団を脱退した!!あんたと戦う理由なんてないはずだ!!」
アースが慌てた様子で訴える。それもそのはずで、今のアースではこの爺さんに手も足も出ない。たとえ滅焔魔法を使えたとしても勝利の可能性は薄い。それは精霊魔法の熟練度に、アースとゼフィロでは雲泥の差があるからである。迅嵐魔法を放とうとしたゼフィロは、アースの訴えをギリギリで聞き取り、手を止めた。
「脱退したじゃと?ならなぜこんなところにいる?」
「それはこっちが聞きたい。俺たちは今レイナを追ってこの樹海に来ている。」
「モーゼの娘か…。話が掴めんから最初から話せ。」
そして、アースは隠すことなく全てを話した。騎士団を追放されたことは思いのほかすんなりと受け入れてくれて、とりあえず戦闘にはならずに済んだ。セレシアたちの目的は地下遺跡にいると言われる地の精霊の捕縛。レイナがレクト樹海にいる理由も私たちはここでようやく理解する。目的は違うけど、共通の敵を抱えていたことで、レイナ捜索及び地下遺跡到着までは同行することとなった。しかし、あからさまに不服な態度を示すセレシア。
「ちょっと勘弁して!私は嫌よ!」
駄々をこねるおばさんに、お爺さんの喝が入る。
「黙れ。レイナとやり合ってくれるならこっちとしては好都合じゃ。お前はそもそも破魔魔法部隊と渡り合える実力はないんだから、儂に従っとれ。」
セレシアがこれ以上不満を漏らすことはなかった。私も内心この同行には気が乗らないが、口を挟める立場でないことは弁えているつもりだ。
しばらく、7人でレクト樹海を進んでいると突然セレシアのほうから私に喋りかけてきた。
「ねえあなた。《吸収魔法》は使えるようになったのかしら?できれば、あの写しの魔導書は返してほしいのだけれど。」
「あれは燃やしましたよ。危険だったので。」
セレシアは絶句したが、続けて私はお構いなしに嫌味を垂らす。
「あんな魔法なくても別の方法で魔力の少なさを補えましたから。それに忘れてませんよ。セレシアさんに命を狙われたこと。」
「ちょっ…!勘違いしないでよ!別にあれはあなたたちの命を狙ったわけじゃ…」
「はいはい。」
私は一方的に優位を譲らない態度を貫いた。一方でラナリーちゃんとゼフィロさんの会話が近くから聞こえてくる。
「なあ爺さんは何で空を飛べるんだ?」
「それは《迅嵐・疾風の纏》という魔法じゃ。迅嵐魔法の極みで儂も習得したのは30年くらい前じゃったかの。」
「おい!30年ってまだオレ産まれてねーよ!爺さん何歳だよ!」
「ほっほっほ!」
仲睦まじく会話が繰り広げられていくなか、またしても私たちの前にテングが姿を現した。エリスは閃光弾を握りしめ、ラナリーちゃんは背中の矢筒から矢を一本引き抜く。私も杖を構えてテングの出方を伺い始める。
「退がっとれ。儂が引き受けよう。」
唐突にゼフィロさんが前に出て杖を振り上げると、フワッと足が地面から離れ宙を浮き始めた。それに合わせて、テングも猛スピードで樹海を駆け巡る。すると、アースがボソッと私に声をかけた。
「ちゃんと見ておけ。これが世界最強と名高い魔法使いの戦いだ。」
ゼフィロはそのままぐんぐん高度を上げていき、テングがいる高さと同程度のところでピタリと止まる。そして、杖を頭上に大きく掲げて円を描いた。
「天を乱す綻びに、精霊の舞よ咲き誇れ。――《迅嵐・竜巻演舞》。」
辺りを駆け巡っていたテングの移動範囲を竜巻が行く手を阻む。四方八方に置かれたその竜巻は中心にいる私たちにまで影響を及ぼし、強風に何とか耐え忍んでいる状況だ。
「こんな魔法を容易く放てるってどうなってるのよ…!?」
竜巻の強風に煽られ、テングも木にしがみつくのがやっとのようである。その隙を見逃さないゼフィロは、瞬時に杖をテングに向けた。そして、トドメの迅嵐魔法が炸裂する。
「格好の的じゃな。《迅嵐・雷撃閃》!」
杖から伸びる稲妻がテングを貫いた。その攻撃の速さは目にも止まらず、気付いた時には丸焦げのテングが落下している最中であった。直線上にあった大木はへし折れ、メラメラと発火を始めている。強風も吹き止んで、ゼフィロさんが地上に帰ってくる。その姿は天から舞い降りる神のような威光を放ち、私の目には神々しく映ってしまった。
「見たかクレア。この爺さんだけは、絶対に敵に回しちゃいけない人なんだ。」
「こんなの…誰も敵うわけないじゃない…。」
私はただその一言だけが口から漏れて、衝撃のあまり体が動かなかった。
「ほっほっほ。どんなもんじゃい!」
「すげーな爺さん!!今のやつオレにも教えてくれよ!!」
「残念じゃがこの魔法は唯一無二なんじゃよ。」
「ちぇー。」
ラナリーちゃんは実直にゼフィロさんの強さに感動していた。少し前の私ならきっと同じ態度になっていたと思う。アースの滅焔魔法を初めて見た時と同じように。けれど、今回は何かが違う。たぶん、その感情は驕りなのかもしれない。たくさんの人に認められたから、ちょっとだけ強くなれたって。私の魔法は通用するんだって。これが勘違いであったことを、この瞬間にいとも容易く分からされてしまったのである。
「ねえアース。私も精霊と契約できればあんな魔法を使えるようになれるのかな。」
突拍子もない私の発言にアースは驚いた。内心殆どは無理だって思っている。それでも、ああそうだって言ってほしい。思い上がっていたことも、目の前にいるゼフィロさんは別格だってことも分かっている。それでも…、それでもこの擦り減らされる私の自尊心を、どうか今だけは救ってほしい。
「ああそうだ。だが、それには精霊側に認められる必要がある。生半可な力や想いだけではすぐに見破られ、契約を交わすことはできない。」
「私にその力はあるのかな…。」
「そう思っているうちは無理だろうな。確かにクレアは元来の魔力量も少なければ、扱える魔法の数も少なすぎる。」
希望を垣間見せて、その隙間から刃を突き付けられたような感覚だ。しかし、続くアースの言葉で希望が少しだけ戻る。
「だが、クレアの真っ直ぐな想いは誰にも負けてないぞ。単純な力だけを精霊は求めていない。現にアークトリアで精霊と契約できた者は、俺以外にいないんだ。」
ふと野暮な疑問が湧く。
「レイナっていう人は…?火の精霊はその人に盗られちゃったんじゃないの?」
アースは思い出したかのように後ろ髪を掻き始めた。
「いや、そうだったな…。すまん。そのとおりだ。」
アースがそんな大事なことを忘れるわけがない。きっと今の言葉は私を励ますために繕えた、嘘に近い本当の話。だからこそ信頼できる。私に精霊と契約できる器がなければ、わざわざ希望なんて見せてこないだろう。ゼフィロさんが言っていた。地の精霊というまだ誰とも契約していない四大精霊がこの奥地にいると。
私はこの場で決意を表明したい。でもその決意はゼフィロさんたちと目的が合致して、下手すれば敵対することになるかもしれない。みんなからは偶然にあやかる凡愚って思われるかもしれない。けれど、私は力が欲しい。そう愚直に思えるほど、私の心は前を向き出していた。
「ねえみんな聞いて!」
私は唐突に注目を集めた。皆の視線が一斉に浴びせられる中、小さく息を吸って吐く。そして、端的に述べた。
「私、地の精霊と契約したい!」




