第五十四話 「vsテング」
レクト樹海を歩き始めてから数時間後。私たちはもれなくテングに遭遇した。目の前にある大木の枝に二足で立ち、私たちを見下ろしてくる。真っ赤な顔に伸びた鼻。背中からは白い翼が垂れていて、奇妙な装束で身を包み、歪な履物をしている。
「あれ魔物なの…?顔色と長鼻と翼以外殆ど人じゃない…!?」
「いやもうそれ十分人外だろ。」
「まあ言葉が通じない操魔族だと思え。」
数秒間睨み合った直後、テングは樹海の中を縦横無尽に駆け巡り始めた。木から木へ、まるで一体で私たちの周りを包囲しているような身の速さだ。すると突然、右手に持っていた大きな八手を私たちに向けて振りかざしてきた。目には見えない真空の刃が、私たちを襲う。
「《防御魔法》!!」
言い忘れていたが、テング戦に限り《防御魔法》の使用許可が下りている。レクト樹海に入る前、アース直々に強度のテストを実施していた。無論、その時は容易く破壊されてしまったが、テングの攻撃なら防げると判断され、使用が許された。そして、見事にテングの初撃を防ぐことに成功する。
「よくやったクレア!」
しかし、《防御魔法》で一度攻撃を防いだところでテングの猛攻は止まらない。私は絶対に目を離さないようにテングを追いかけ、八手を振る動作に意識を集中させている。閃光弾には限りがあるため、タイミングは慎重に見定めなくてはならない。エリスは閃光弾を一つ握りしめているが、若干手が震えている。
「エリス!合図を出せば私たちは目を瞑る!失敗しても必ず守ってみせるから信じて投げて!」
目を瞑るということは、テングの行方を一瞬だけ追えなくなるということ。それは致命的であり、閃光弾が有効打になり得なかった場合は反撃を貰う可能性が非常に高くなる。
真空の刃を《防御魔法》で何度も防ぎ続ける。そして、ようやくその時は訪れた。テングが空中で八手をこちらに向けた瞬間。私の《防御魔法》とエリスの合図が重なった。
「《防御魔法》!!」
「みんな目を瞑って!!」
押し寄せる強烈な光が、瞼の裏を過ぎ去った直後、急いで目を見開いてテングの行方を追った。すると、大木にしがみ付いてクラクラしているテングの姿が目に飛び込んできた。
「クレア!《希望の煌紐》で捕えろ!」
「任せて!!」
素早かったテングを遂に光の紐で縛り上げる。私はいつものように、そのまま《光輪分断》に移行する。しかし、テングの力はその見た目とは裏腹に、とても強大なものであった。
「まずい…、思ったより力が強い…!このままだとすぐに解かれちゃう…。」
私とテングの力比べが始まってしまった。力比べといってもその圧倒的な力に私の中で勝てるビジョンはない。《光輪分断》の完遂は無理。胸の痛みも徐々に増していって、早くも限界が近い。
「ラナリーア!お前の出番だ!」
「もうやってる!」
ラナリーちゃんは既に弓の弦を張り詰め、狙いを定めていた。息を止め、矢を放つ。テングが光の紐を膂力で千切った瞬間、ラナリーちゃんの放った矢が見事に命中した。
「やった!」
しかし、テングはフラフラしながらも刺さった弓矢を引き抜き、倒れる様子を見せなかった。まだ視界は回復していないようだが、仕留めた訳ではなさそうだ。
「もう1発お願い!」
私は急いでラナリーちゃんに2発目を要求したが、弓を構えようとしない。それどころか、ニヤッと笑っている。
「もう私たちの勝ちよ。」
するとなぜか、エリスが勝利宣言をした。私はよくわからずテングに目を向け直すと、そのまま力尽きたかのようにテングは木の上から真っ逆さまに落下していった。ドサっと地面に打ち付けられたテングは、ビクビクと痙攣を起こし始めている。
「何!?どういうこと!?」
「毒矢だ。エリスがオレにくれたんだよ。超猛毒だって。」
「うーん。これは即死のはずなんだけど、痙攣しているってことは矢に塗布した毒が風を切っている最中に飛んじゃったのかも…。もう少し粘り気を付けた方がいいかもしれないわね。」
私は言葉を失い、アースとカイルも開いた口が塞がらない。
「何はともあれ全員無傷でテングを1体ぶっ潰したぜ!これは快挙だろ!」
ラナリーちゃんは笑いながらテングに刺さった矢を回収しに行く。そして何事もなかったかのように戻ってくると、毒と血が付着した矢の先端を私たちに見せて揶揄ってきた。
「ほらほら。」
「やめろ…。近づけるな。」
アースが何かに怯えている様子は初めて見た。でもラナリーちゃんの言うとおり、私たちはテング相手に無傷で勝利できた。それに思っていたより苦戦することなく。続くテング戦でも、全く同じ戦法で難なく撃破してみせた。
「レクト樹海での魔物戦に俺とカイルの出番はなさそうだな!」
皮肉なのか褒めているのか曖昧なところではあるが、事実としてアースとカイルの力を借りることなくテングとやり合えている。あれだけ危険と言っていたはずのレクト樹海も少し拍子抜けに思えてしまうが、これも全て閃光弾あってのことである。残りは3発。こんなペースで使っていたら、間違いなく底が尽きてしまうだろう。
一方、クレアたちが2体目のテングと戦っていた時。レクト樹海にいたほかの二人組が閃光弾の強烈な光を感知していた。
「なんじゃあの光?アークトリアにあんな魔法を使う奴いたかのう?」
「ちょっと気になるわね…。」
「こんな所にいるなんてどうせ目的は同じじゃろう。先に潰しておくか。」
その二人組の正体はアーセント村のセレシア・ナイトフォール。それから村長のゼフィロ・ウィンドレイである。
「《迅嵐・疾風の纏》」
ゼフィロを中心に柔らかな旋風が巻き起こる。少しずつその勢いが増していくと、地に着いていた足がフワッと浮かび上がった。するとその浮遊状態のままセレシアの後襟を片手で掴み、二人でレクト樹海を優雅に飛び始めた。
「その持ちかたやめてくんない?首締まるんだけど。」
「黙っとれ。」
テングを倒して、さらに奥地へと進み始めるクレアたち。地下遺跡まではあと1日近くかかるなか、閃光弾の残数が懸念され始める。
「アースの予想だとあと何回くらいテングと遭遇する?」
「帰りのことも考えると3回じゃあ済まないな。まあでも、今のお前たちならその閃光弾がなくてもテングは狩れる。」
話ついでに私たちを評価してきたことに驚いた。今の発言に自分を含めていないことも、きっと信頼しているという証だろう。私は心の中で、小さくガッツポーズを決めてみせた。すると、右手方向を警戒していたカイルが突然立ち止まった。
「光に釣られて誰かがやって来たみたいだよ。」
私はカイルが向けている目線の先を目で追ってみた。そこにはなんと、空を飛んでいる人間が人間をぶら下げてこちらに向かって来ていたのである。
「何あれ何あれ!?!?」
私は初めて見る光景に興奮と驚きが止まらない。
(ん?あれはアークトリア騎士団の副団長じゃない?図体デカすぎだろ。周りにいるのは…)
「おいジジイ。あれ…」
「ああ分かっとる。滅焔のアースじゃ。お前は引っ込んどれ。」
アースもこの時、こちらに向かって来ているのがゼフィロであることは分かっていた。それは、空を飛べる人間などこの世にその爺さんしかいないことを知っていたからである。
「やばいな…。最強の魔法使いが来たぞ…。」
遠くから互いに存在を認知したところで、ゼフィロは地に降りた。セレシアもゼフィロの後ろにくっついて徐々にクレアたちのいる方へと歩んでくる。
「ん〜?」
私は目を凝らして近づいてくる女性を観察した。見覚えのある風貌とどことなく感じる不穏なオーラ。あちらも見覚えがあったようで、私のことを凝視し始める。そして、互いに誰であるか分かった途端、両者は思わず声を荒げてしまった。
『あーーー!!!!!!!』




