第五十三話 「秘密の会合」
レクト樹海を目の前にした私はひどく怯えていた。怖い、ただその一言に尽きる。まだ足を踏み入れていないのに伝わってくる感覚。背筋をなぞられるような悪寒だ。今なら私だけ引き返すこともできる。でも、私は進みたい。全員で顔を見合わせ、黙って頷く。私には心強い仲間がいる。それだけを胸に抱いて、私は一歩を踏み出した。
レクト樹海は大木が何本も聳え立っていた。地面からは大きな根が剥き出しに連なっていて、とにかく足場が悪い。また、上空は深緑の葉が日光を遮っている。まだ昼間だというのに薄暗く、気温も心なしか低いように感じた。
「念のため再確認しておくぞ。」
私たちはレクト樹海に向かっている最中、アースからいくつかの心得を授かった。まずは何と言ってもテング対策。それは、逃げない叫ばない慌てない。この3つだ。アース曰く、テングの足に敵う人間はいないという。故に一度標的にされれば逃げ切ることは不可能である。叫ぶことはもっと危険だ。音が響く樹海の中で悲鳴をあげればテングのみならず他の魔物が寄ってくる可能性もある。慌てないは特に説明は不要だろう。
じゃあどうするのか。実は私たちには秘密兵器があった。そう、エリス先生の閃光弾だ。テングに対しての実証はまだないが、ここまでの道中で一度アースがその威力を確認した。面白いことにあの豪傑の騎士が数分間視界を奪われフラフラとしていた。どんな鍛え方をしていても視力はどうしようもない。閃光弾は大魔法に匹敵すると、もれなくアースに太鼓判を押された。ウィルド戦で使うべきだったと後悔するほどに。そして、その閃光弾は全てエリスに託された。持ち合わせが5個しかないため、私たちが放てる秘密兵器は計5回。使用の際は必ず合図を出すこと。またはアースの指示に従うこと。
「そういえばそろそろ月光草が底を尽きそうなのよね…。」
エリスが唐突に死活問題を投げ込んできた。閃光弾も魔力増幅薬も照明も全て月光草が担っているのだ。この樹海で照明なしは流石に怖い。松明の燃料なんていう古臭い代物を持ってきているわけもない。
「5日は保つか?」
「うーん。保たないわね。夜間を焚き火で凌げれば何とかなるかも。」
「この樹海で火はダメだ。煙に魔物が群がってくる。」
もしかして詰んだ?なんでエルヴァ村を出る前に言わなかったのかしら。
「仕方ない。夜間の移動と休息中はクレアに明かりを灯してもらおう。」
「そうね。」
「うん。」
「それしかねーな。」
全員が一斉に私を凝視した。
「いやいやいや!私はいつ休むのよ!!」
怖がっていた気持ちも、気づけばどこかに吹き飛んでいた。
フェンリル&操魔族との激闘を繰り広げた数日後のこと。レンドルートは誰にも知られず、人里離れた山の奥地に足を踏み入れていた。魔物の遠吠えが響く不気味な山で、フードを深く被った怪しい3人組がレンドルートの前に現れる。そこにいたのは、操魔族であった。
「火の精霊の使い手は来ないという話ではなかったか?」
その質問には若干、憤怒や殺気も混じっているように伺える。鋭く低い声でレンドルートが事実を述べた。フェンリルを倒したのはアースではない。淡々と語られた事実が戯言に聞こえてしまったレグルスの怒りは増幅する。すると、操魔族はレンドルートの目の前に、とある死体を放り投げた。それは、クレアが殺した操魔族の遺体である。下半身はない。死後数日が経過していたこともあり、惨たらしい姿をしていた。
「じゃあ、誰がリゲルをこんな目に遭わせた?」
レンドルートは考え得る可能性を端から述べていく。その一つには、ポコポコ村の中に手練れがいたという可能性も含まれていた。信じ難い憶測を聞いているレグルスの怒りは、最早爆発寸前であった。
「てめえ…。最後まで白を切るつもりか?」
それでもレンドルートは一切表情を変えることなく、操魔族との対話を続けた。リゲルを殺した犯人を特定する。ポコポコ村は自分の部下に調べさせ、それから事を知っているであろうアンベルに拷問を仕掛ける。レンドルートも内心では、フェンリルが倒されたことに驚いていたのである。
「次の会合までに見つけられなければお前とは縁を切る。」
「それは構わん。それに、今日はこんな話をしに来たわけじゃない。」
「こんな話だと…!?」
安い挑発と仲間の死を足蹴にされたように感じてしまったレグルスは一歩前に出る。怒りに溢れた眼光が、レンドルートを突き刺す。今にも手を出してしまいそうなレグルスであったが、冷静なバハムとセレが丁重に怒りを鎮めていく。しかし…
「操魔族の里がどこにあるか教えろ。」
3人は耳を疑う。レンドルートの信じられない発言に、二人の怒りも芽生えてきた。
「あなた本気で言っているの?」
「こいつはやっぱりダメだ。少し信用していた俺が馬鹿だった。」
この展開をレンドルートは予測済みであった。巧みな話術で、操魔族に見返りを提示する。それは、ある人物の身柄を拘束して引き渡すこと。十分すぎる交換条件に、操魔族から迷いが生じ始める。
「それが本当なら飲んでやってもいいが、正直お前にそれを遂行できる力があるとは思えない。」
「安心しろ。策はある。」
バハムが勝手にレンドルートとの取引を進めているが、セレとレグルスにはまだ懸念が多く残っている。
「私たちの里を開示した途端に大群が押し寄せてきたらどうするの?こいつはアークトリア騎士団の長よ!それを動かせるだけの力がある!」
「セレの言う通りだ。それに拘束されて連れて来るとも限らない。嵌められる可能性だってあるんだぞ。それよりも、なぜ里の場所を知りたがる?」
交換条件に目が眩みかけていたが、最もな質問がようやくレンドルートに投げかけられた。
「初めて会った時から言っているだろう。俺はお前たちとの共存を願っていると。」
一貫した考えと変わらぬ態度に3人の心も揺れ動く。しかし、これはレンドルートの真っ赤な嘘である。
「分かった。必ず動きを封じた状態で連れて来い。そして、次の会合の場所は俺が指定する。」
バハムが決定を下した。レンドルートも黙って頷く。レグルスとセレの懸念が払拭された訳ではないが、二人は自信のあるバハムは何かしらの対策を考えていると信じてそれに従った。
「それとリゲルを殺した奴の特定も忘れるな。俺たちからしたらこっちのほうが重要だ。」
「それについては任せろ。俺も気になるところだ。」
その後、これがクレアの仕業であることはすぐに特定された。ちなみに、事を吐いたのはアンベルである。無論、ポコポコ村にも調査が入り、クレアとエリスが反逆者に加担しているという事実も浮き彫りになった。
加えて、親であるハンスとミリーゼもこれに加担していると疑いを掛けられたが、村の内部で口裏を合わせてこれを回避した。村一丸となってクレアとエリスだけを反逆の加担者に仕立て上げ、夫婦を守ったのである。もちろん、村の人間の中にクレアたちを悪者と思っている者はいない。
保身のためとはいえ、愛娘を売った夫婦の張り裂ける想いは想像に難くないだろう。ハンスとミリーゼの最大の願いは娘たちの無事。自分たちがアークトリアに捕まったとなれば、二人は間違いなく飛んでくる。一方的な感情や想いだけに流されない、まさに最愛がもたらした合理的な英断である。大方、事の顛末としてはクレアたちも本望であったはずだ。




