第五十話 「待ち伏せ」
「ラナリーちゃん遅いねえ…。心配になってきちゃう。」
私たちは廃村でラナリーちゃんの合流を待ち続けていた。ウィルドの動向次第で作戦が変更される可能性も高いことから、特に待っている間に準備することもない。作戦の再確認と雑談を少々挟みながら時間を潰していく。
「来たな。」
突然アースがボソッと呟く。すると、森の方からラナリーちゃんがようやく走ってやってきた。少し慌てているようにも見える。
「ここには来ないぞ!!ウィルドは南西に向かった!!」
「南西?やはりアークトリアには真っ直ぐ帰らないか。」
アークトリアはエルヴァ村から見て南東の方角に位置する。私たちが敢えて直線上ではなく、南に構えていたことが功を奏した。
「案内しろ!」
私たちはラナリーちゃんの軽快な走りにせっせと付いていく。私は付いていくのがやっとなところではあるが、アースは走りながらウィルドとかち合う場所を考えていた。
「南西にはレクト樹海が広がっているだけだぞ?」
「じゃあ別の村に向かっている訳じゃないってこと?」
「おそらくな。」
しばらく走り続けたところで再度ラナリーちゃんと別行動になる。次の合流ポイントは森の南西入り口。このまま進んで森を抜けた後に森に沿って北上していけば分かるという。
「気をつけてね!」
「ああ!お前らも遅れるなよ!」
一言交わしたところでラナリーちゃんは木を伝ってヒョイヒョイと森の中へと姿を消していった。移動の速さを私に合わせられていたように感じてしまう。
「先回りできたら決戦は森の入り口にする!」
「森の入り口だと隠れられる場所があまりないんじゃ?」
「レクト樹海まで引き延ばすのは得策じゃない!クレアとカイルはあらかじめ木の上で待機していろ!」
レクト樹海は魔物の巣窟。エルヴァ村に向かう際、危険がゆえに私たちが避けて通ってきたところだ。ウィルドがそんな危険な場所に向かっている理由は謎だが、今はとにかく先回りすることが最優先である。そして、私とカイルは森の入り口付近でまず身を潜める。アースとウィルドが対峙した時、ウィルドには素顔がバレないよう騎士団の気を引きつつ、ヴォルフさんの救出を図る。それが今回の大まかな作戦内容。
それから、アース曰くウィルドを仕留めるのはかなり難しいのだという。何でもその男は【不敗のウィルド】とまで言われているらしい。そんなことを言われれば相当な手練な気もするが、アースも負けることはないと言っている。私の脳内で矛盾がひしめく。
ラナリーちゃんに言われた通り森に沿って北上していくと、エルヴァ村を指し示すかなり古い標識を見つけた。ここで間違いないだろう。長い間走り続けたせいで息が上がる。とりあえず到着できたから一息つこうとするが、ラナリーちゃんもほぼ同時に到着する。
「間違いない!もうすぐウィルドがここにくる!」
何という速さであろう。これが最強ハンターの立ち回りか。
「ヴォルフは無事か?」
「ああ…。」
「よし。じゃあ始めるぞ。」
森の中を悠々と歩くウィルドが向かっていた先はレクト樹海である。騎士団員も行き先は流石に知っているが、全員が暗い表情をしている。
「本当にこのままレクト樹海に向かうのですか?」
「そうだよ。レイナ姫と約束しちゃったしね。もしかして君行きたくないの?」
「い、いえそんなことは…!」
「あ!でもその男は邪魔だから何人かは先にそいつを連れてアークトリアに帰っていいよ!」
大勢いる騎士団員がお互いに顔を見せ合って様子を伺い始める。全員帰りたい気持ちで溢れているが、その気持ちをウィルドに悟られるのが怖くて名乗り出られない。
「何だよ面倒臭いな。じゃあ君と君と君!」
ウィルドが無作為に3人を抽出する。すると、指を刺された騎士団員の一人が、誤って安堵の息をこぼしてしまった。
「ん?君今安心した?」
「し、してません!!」
「はい。君罰としてテングの餌ね。これだから有象無象の騎士団は嫌なんだよ。代わりに帰りたいやついる?」
この状況で名乗り出られるとすれば、それはレクト樹海を恐れる臆病者ではなく、勇気ある反逆者だ。
ウジウジとする騎士団員の前で意地悪そうな表情を浮かべるウィルド。自分の快楽に溺れているせいで、背後から迫る男に気づかない。
「ウィルド様…!後ろ…!」
「ん?なにー?」
ウィルドは間抜けな顔で振り返る。今の今まで猟奇的な振る舞いで余裕な態度を貫いていたバカな魔法使いも、流石に背筋が凍り出す。
「よおウィルド。偶然だな。」
突然のアース登場に内心ビビり散らかしているウィルドではあるが、最大限の見栄を張って対応する。
「お、おう…!アークトリアの反逆者がこんなところで何をしているんだ?」
「少々疲れたからエルヴァ村で休息でもしようと思ってな。」
「そ、そうか…!なら行けばいい。ほら!」
ウィルドが予想以上にアースに怯えてしまった。道を空けるウィルドに素直に応じれば、作戦もクソもない。
「いいのか?俺を見逃して。」
アースも内心焦っている。しかしそれ以上にウィルドも焦っている。
「僕は別に興味はない…!君は君の思うがまま好き勝手にやればいいさ!」
このままでは作戦が水の泡になる。しかし、後ろから見ていたヴォルフもアースの虚言混じりの言動に理解が追いつき始めた。お節介に苛立ちつつも、アースの思惑にうまく便乗する。
「ビビってんのか?反逆者を捕らえるのがお前の仕事だろ?興味がないなら俺も解放しろよ。」
「君…。今何つった?」
冷や汗が額から流れ落ちていたにも関わらず、ウィルドの表情が激変する。
「僕は煽られるのが一番腹立つんだよ。」
ヴォルフの援護でウィルドをその気にさせることに成功した。アースがすかさず剣を抜いて闘志を誘う。
「いいよ。やってやるよ。君を捉えてレイナ姫への手土産にしてやる!!副団長さんよぉぉ!!」
猟奇の目が狂気に変わる。気が短いというのは単調で何とも扱いやすい。ウィルドは背中に掛けていた杖を前で構え、魔法を放つ。
「深淵の狐狼!闇に誘え!――《影狼の闇牙》!!」
幻影の黒い狼が牙を立てて飛び掛かる。邪悪さを彷彿とさせるその禍々しい魔法を、陰から見ていたクレアは興奮していた。それもそのはずで、クレアは自分以外の魔法使いをこの時初めて見たのである。
(これが本物の魔法使い…。)
アースに迫る幻影の狼に実体はない。これは剣で防ぐことができない精気を喰らう魔法である。アースはもちろんウィルドが放つ魔法の性質を理解しているため、正面から受けることなく回避した。アースが反撃に打って出てくることを察したウィルドはすぐさま自身の姿を暗ます魔法を展開する。
「《闇の帳》…。」
その瞬間、ウィルドの周りに漆黒の霧が現れた。徐々に広がり続ける霧は、やがてアースを飲み込んでいく。
(何も見えない…。こんな魔法見たことがないな。)
この暗黒空間で全てを見通すことができるのは術者のウィルドのみである。既に周りにいた騎士団も飲み込まれ、どよめきの声だけが辺りに響く。しかし、アースは至って冷静であった。
(集中しろ…。音までは隠せていない。)
アースは敢えて目を瞑り、聴覚に全意識を集中させた。
(《煌々の千本矢》…。)
背後から風を切る音が聞こえてくる。アースはその背面から迫る3本の光の矢を、目を瞑りながら切り捨てた。
(君がこんな霧に惑わされるほどバカじゃないことは知っているよ…)
光の矢を薙ぎ払った勢いで僅かに霧が晴れる。そこから漏れ出す光の先に、ウィルドがいた。アースはすかさず接近し、ウィルドの腹を横払いで切り捨てる。紛れもなく刃が届いた瞬間であった。




