第四十八話 「バカと馬鹿」
ラナリーの威勢の良さは人を選ばない。それは若さからなのか、生まれ持ったものなのか。ウィルドは大抵バカではあるが、少女に対して真正面から逆上するほどバカではない。
「あの野郎弟子なんかいたのか。丁度いい!案内してくれるかい?」
「だから師匠に何の用だって聞いてんだよ!」
「お〜怖い怖い。僕はこう見えて今かなりあの男にイラついているんだ。大人しく案内したほうがいいよ?」
不気味な細目に狂気を感じた。ラナリーちゃんだけではなく、私も少し怖気付いている。次反発すれば、今度は間違いなく手を下してくる。そんな気がした。
「ヴォルフさんの家なら僕が案内するよ。」
カイルが急に案内役を買って出た。ラナリーちゃんがふざけるなと言わんばかりに怒号を発するが、この状況においては正解だったと思う。このまま私たちが黙っていれば、ラナリーちゃんがどうなっていたか分からない。事カイルに限って、ヴォルフさんを売るようなことはしないはず。私はそう信じるしかなかった。
「おー!頼むよ君!」
「エリスたちは先に帰っていてくれ。」
設定に抜け目のないカイルは下手くそなウィンクをエリスに送った。おそらくアースに事を伝えに行けという合図であろう。私は何をしでかすか分からないラナリーちゃんを取り押さえて耳打ちをした。
(カイルを信じて…。一緒にヴォルフさんを守ろう。)
意外にも素直に聞き入れてくれたラナリーちゃんは、カイルたちの歩みを大人しく見守ってくれた。角を曲がって姿が見えなくなったところで、私たちは急いでアースの下へと向かい出す。
「おいどこへ行く!?」
「ラナリーちゃんも付いて来て!」
案内を続けるカイルの後ろにはウィルドの他に騎士団員が大勢いる。カイルの在籍期間はたった2年であり、且つ大隊での行動経験がなかった。在籍中も交流が少なかったことが幸いし、元騎士団員であることがバレずに済んでいる。
「ここがヴォルフさんの家です。いらっしゃるかは知りませんが。」
「ありがとうね。君もう帰っていいよ。」
カイルは正直にヴォルフの家に案内した。それは必ずクレアたちがアースをここへ連れて来ると信じてのことである。しかし、あまりにも早すぎた到着にアースの応援はまだ見込めない。時間稼ぎのためにカイルが剣に手を伸ばそうとした瞬間、家の中にいるヴォルフが表に出て来た。ゾロゾロと押し寄せたことで、中にいたヴォルフも違和感を感じ取っていたようだ。
「ウィルドか。それにお前は昨日の…。」
状況が飲み込めないヴォルフは戸惑ってしまう。あろうことかカイルを間者ではないかと疑い始める始末である。
「おいヴォルフ!!お前を反逆罪でアークトリアへ連行する!」
「は?俺がいつ反逆を起こした?」
身に覚えの無い罪を押し付けられ、ヴォルフの思考はカイルたちへの疑いで埋め尽くされる。
「とぼけるな!!お前の仕掛けた罠にうちの護衛団員の一人が引っ掛かり宙に吊るされた!これは紛れもない反逆だ!」
(引っ掛かったのはお前だろ…)
ウィルドの発言に一部嘘があることは周りで見守る騎士団員だけが知っている。
(何だ?《逆吊罠》に引っ掛かったのか?でもあれは…)
ヴォルフの中で、遂に合点がいく。それは昨日クレアたちを襲撃した際に、ラナリーが仕掛けた罠であった。
(あの馬鹿…!罠は片せと言っただろ!)
「あんな巧妙な罠を仕掛けられるのはこの村でお前だけだ!」
カイルも少しだけ理解が追いついていく。剣に手を掛け、いつでもウィルドに攻撃を仕掛けられる準備を整えていた。
「済まない。許しちゃくれないか?それは別にあんたらを嵌めようとして仕掛けた罠じゃないんだ。」
「許される訳ないだろ!!あの森を僕たちが通ることをお前は知っているはずだ!」
「あの森は最近魔物が増えてきたからな。少し片付け忘れただけなんだ。」
「お前ほど周到な奴が片付け忘れただと!?…ん?そういえばさっきお前を師匠と呼んでいたガキに会ったな。よもやあいつが仕掛けた罠じゃないだろうな?」
(ちっ!バカのくせに勘のいい奴だ…!あの若いのがウィルドをここに連れて来たのはそう言うことか。)
「あいつはまだガキだぞ?そんな罠仕掛けられる訳ないだろ。」
「じゃあお前がやったってことでいいんだな?」
「ああそうだ。」
ヴォルフは微塵の迷いもなくラナリーを庇った。
「あいつを取り押さえろ!抵抗するなよヴォルフ!!」
カイルは手に掛けていた剣をしっかりと握り直す。仕掛けるタイミングはヴォルフが動き出した時と考えていた。しかし、予想外の行動をされてしまったことで、カイルは呆気にとられる。
「分かった分かった。大人しくするから手荒な真似はよしてくれ。」
ヴォルフは手を挙げてゆっくりとウィルドの方へと歩み寄っていく。
「ヴォルフさん…。」
カイルが小さな声で呼びかける。それに気づいたヴォルフもカイルに小さな声で応えた。
「ラナリーには逃げたと伝えておいてくれ。くれぐれもここで変な気は起こすなよ。」
次の瞬間、ヴォルフは騎士団員二人に勢いよく取り押さえられた。うつ伏せにさせられ、一人が背中に全体重を押し付ける。その間にもう一人が両手を縄で縛り始めた。
「おいおい。だから優しくしてくれって言っただろ…。」
カイルはヴォルフの言葉を聞き入れて、乱暴に連行されていく姿をただ傍観していた。気づけば、騒ぎを嗅ぎつけたエルヴァ村の人間がやや遠くから恐る恐る事を観察している。
(ヴォルフさんが捕まった?)
(ラナリーは大丈夫なのかしら?)
「よーし。じゃあこの罪人を見せ締めに村を散歩しようじゃないか!」
息巻くウィルドは今日もエルヴァ村の支配を愉しんでいる。カイルはこれで良かったのかと、クレアたちが合流しに来るまで、その場から一歩も動かず葛藤を続けていた。
「カイルー!!」
クレアがようやく走ってやってきた。その後ろにはエリスとアース、それにラナリーの姿もある。
「おい師匠は!?それにウィルドはどこへ行った!?」
カイルは事の顛末を全て話した。ラナリーが怒り散らかすかと思われたが、自分の失態を強く受け止めてしまったせいでいつもの威勢は全く見られなかった。
「僕の判断が間違っていたのかもしれない。」
「違う。オレのせいだ…。」
あまりにも深刻な事態に空気がどんどん悪くなっていく。ラナリーちゃんに至っては泣き出してしまった。アースを連れて来たのは良いものの、やはり今ウィルドとぶつかるのはエルヴァ村への迷惑が多大に成りかねない。かと言って私とカイル、それにラナリーちゃんで挑むのでは勝算が薄すぎるだろう。相手はウィルドだけでなく、騎士団員も大勢いる。しかし、悩みに悩んでいたカイルが、ようやく一つの糸口を見つけ出してくれた。
「ウィルドはまだこの村にいます。だから先回って森の外で待ち伏せをしましょう。そうすればアースさんがたった今エルヴァ村に向かっている最中だと思わせられる。」
「確かにそれなら無関係な戦いに持ち込める。だが、ウィルドの帰還ルートをピンポイントで見定めなくてはならないぞ?あのバカがアークトリアに真っ直ぐ戻るとは限らない。」
「それなら適任がここにいます。君ならウィルドに見つからずに先回りして、僕たちに行方を知らせることができるはずだ。」
ラナリーは未だうるうるとしているが、唇を噛み締めて再び零れ落ちそうな涙を堪えている。
「なんでだよ…!なんでそこまで気を使って助けてくれるんだよ…!オレたちはお前らを一度襲ってるんだぞ…。」
「襲撃は水に流すと言ったはずだ。それよりできるのか?」
ラナリーは目尻についた涙を両手でゴシゴシと拭って答えた。
「あったりめーだろ!!!」




