第四十六話 「首を突っ込むな」
過去編を2話挟みましたので、四十三話の続きからです。
ラナリーちゃんが突如大声を上げたが、私にはその理由が分からない。とにかく宥めようとはするが、私を睨みつけるその目は最早少女の目ではなかった。
「どうしたの急に!?ちょっと落ち着いて!」
「アークトリアに刃向かえば殺される!自由とか言いながらお前らは今逃げてるだけだろ!!カッコつけたこと言ってんじゃねーよ!!」
「逃げる?何か勘違いしていないかしら?」
「ああ?」
ラナリーちゃんが少しだけ冷静さを取り戻したところで、私たちがここに来た理由を語り出す。
「私たちはアークトリアに立ち向かうためにここに来たの。」
「はあ…?」
ラナリーの怒りは呆れに変わり始めた。
「アークトリアに勝つにはヴォルフさんの力が必要だから…」
「いやいやちょっと待て…。本気で言ってるのか?あのデカブツはともかくお前らにそんな力があるとは到底思えないぞ。」
「ええ。そうかもしれない…。」
私の正直な答えをラナリーちゃんは鼻で笑った。しかし、私は確かな眼差しで彼女を見つめ、その想いを言い放った。
「でも…、私は魔法を使いたい。使える世界にしたい。確かにまだ力はないかもしれないし、下手すれば死んじゃうかもしれない。それでも…、それを諦める理由にはしたくない。」
クレアの想いを聞き入れたラナリーの瞳に、一瞬だけ希望が宿ったように見えたが、儚くして元に戻った。
「バカじゃねーの…。」
その後、私たちは武器屋へと足を運んだ。初めて入る武器屋に最初こそ興奮はした。しかし、カイルがあからさまに商品の質の悪さを指摘するものだから、店主の嫌味な目線が終始私たちに送られていた。カイルはもちろんそんなことは感じ取れないので、私が気を遣って愛想笑いと会釈で対応したのである。鈍感も度を超えれば傍若無人だ。私は二度とカイルと武器屋には立ち入らないと心に誓った。
武器屋を出てからは行く当てもなくなり、ただ村の通りをのんびりと雑談しながら歩いていた。終始人通りは少なく、村の住人と顔を合わせる機会もほとんどない。
「エルヴァ村っていつもこんな感じなの?」
「んなわけねーだろ。」
「じゃあどうして今日だけ…?」
「そろそろウィルドがくる時期だから、みんな気が気じゃねーんだよ。」
「誰?」
話の流れでアークトリアの人間であることは何となく察していた。私の問いにラナリーちゃんが呆れ顔を見せてきたので、おそらく私の無知がまた炸裂してしまったようだ。横で話を聞いていたカイルが割り込んでくる。
「破魔魔法部隊の【ウィルド・レーク】。まあ最低な男だよ。非道極まりない略奪行為を繰り返して、何度もモーゼ隊長から勧告が出されている。その度にレイナが庇うんだけど、正直そろそろ牢に入れられてもおかしくない。」
「そういえばお前は元騎士団って言ってたな。」
「ウィルドが来るなら見過ごせないね。後でアースさんに話しておこう。」
早くも破魔魔法部隊との戦闘が迫りつつあった。心配は募るが、私はその覚悟で村を出たんだから不安に思っている場合ではない。アースとカイルの力になれるよう頑張らなくちゃ。
「そろそろ帰るか。」
「うん。アースとヴォルフさんの話も終わっただろうしね。」
夜が訪れ、エルヴァ村を散策していた私たちもヴォルフさんの家へと戻り始める。ラナリーという存在が少し気掛かりではあるが、二人は一体どういう関係なのだろうか。ヴォルフさんの勧誘がうまくいけば、おそらくラナリーちゃんも一緒に来ることになるかもしれない。勢いだけなら、私たちの誰よりもある。それに私たちを追い詰めた弓矢の腕前も相当なものだ。力強い仲間がさらに増える可能性に、私の期待は膨らむばかりであった。
「お〜い!戻ったぞー!」
ラナリーちゃんが元気よく帰りを知らせる。それに続いて私とカイルもお邪魔していく。
「おかえり。」
ヴォルフさんは初めて会った時とは違う優しい表情で私たちを迎え入れてくれた。アースとエリスは何食わぬ顔で突っ立っているが、結果はどうだったのだろうか。
「悪いが無駄足になってしまった。」
そうか、ダメだったのか。まあしょうがない。危険な道ではあるし、相当な想いがなければそれは着いてこないだろう。
「次の目的地について相談しよう。一旦全員で村を出るぞ。」
切り替えが早すぎるアースにカイルがさっきの話を説明した。ウィルドという男を相手に今勝負に出るのか、アースは少し悩んでいる。
「ウィルドは結界魔法こそ強力ではあるが、俺とカイルがいれば負けることはまずないだろう…。だが問題がある。」
「何?」
アースは私の問いかけを無視し、質問の矛先をヴォルフに移す。
「ウィルドはいつも何人連れてくる?」
「あん?確か騎士団の護衛が20人くらいじゃなかったか?」
アースが悩む理由は二つあった。一つは私とエリスの存在をまだ隠しておきたいという意図。それは身を案じてというよりも、アークトリアに私たちの意思がまだ認知されていないことが武器になり得る可能性があるとのことらしい。それならば私たちが今回は隠れていれば済む話なので、問題はないだろう。足手纏いである皮肉にも聞こえなくはないが、自尊心を傷つけるような考えはなるべくしないほうが賢い。
問題は二つ目である。私たちの目的はアークトリアの壊滅ではなく、改変だ。これはポコポコ村を出る前から全員の共通認識としている。ウィルドはその性格上、戦闘になれば護衛を盾に囮に扱う非人道的な人間であるらしい。アースが懸念しているのは、戦闘で巻き込まれる護衛騎士団の命であった。悩むアースにヴォルフさんが別角度から決定打を下す。
「ウィルドとここでやり合おうってならやめてくれ。いいか?お前がこの村にいること自体が村にとっては不都合なんだ。罪人を匿っただの何だので難癖をつけて略奪行為がさらに横行する。そうなれば村の奴らから恨みを買うことになるぞ?他所の村に首を突っ込むな。」
ヴォルフさんの考えは最もであった。アースはその場でウィルドとの戦闘を避けることを決定し、私たちはヴォルフさんの家を後にする。
「じゃあね、ラナリーちゃん。」
「ちっ…。だから子供扱いすんな!」
扉が閉まる最後の最後まで私は笑顔で手を振った。さて、今日は宿に泊まれる。野宿続きで少し嫌気が差していた私はようやくふかふかなベッドで寝れるとテンションが上がっていたのである。
「お前達は宿に泊まれ。俺は村の外に出る。」
「いえ、僕もアースさんと村を出ます。クレアとエリスはしっかり休むと良い。」
お尋ね者のアースが宿に泊まるなど到底できない。私はヴォルフさんの話の何を聞いていたのだろうか。同志を置いて自分だけいい思いはできない。
「それなら私も野宿でいい!エリスは怪我をしているからゆっくり休んで!」
遠慮は連鎖する。
「私だけ宿とか嫌に決まってるでしょ。私も野宿でいいわ。」
翌朝、クレア達が通ってきた森の中をウィルドが20人の護衛を連れてエルヴァ村へと向かっていた。先頭を歩くウィルドはこれから行う虐政行為に胸が高鳴り、自然と鼻歌が漏れている。それを感じ取った勇気ある騎士団員が注意を促した。
「ウィルド様。此度は略奪や陵辱は慎むようにモーゼ様からお達しが来ております。どうか節度あるご対応でお願いします。」
「何君?僕に指図するの?」
ウィルドは後ろ歩きになって、騎士団員を煽り始める。
「い、いえ!これはモーゼ様のお言葉でして…」
「違う違う。僕は君の意思を聞いているんだよ。あんなジジイどうでもいい。」
騎士団員の回答次第で次の展開は容易に想像がつく。勇気あった騎士団員も、ウィルドの猟奇的な目に飲まれてしまう。
「私はその…、別に…。」
「うん!それでいい!」
狂気に満ちた笑いが騎士団全員に恐怖を植え付けた。ご満悦なウィルドはしばらく後ろ歩きで一人一人逆らう者がいないかを伺っている。しかし次の瞬間、ウィルドは森に仕掛けられていた罠に掛かり、足を取られてしまった。
「うわあああああああああ!!!」
引っ掛かった足をワイヤーが絡め取り、宙へと持ち上げる。滑稽な悲鳴と共に逆さ吊りになったその姿は、まるで蜘蛛のように森に溶け込んでいた。




