第四十五話 「ラナリーア・ライドール 後編」
レンドルートの尋問は続く。
「ナイトフォールの歴史にどこまで踏み込んだ?」
「私たちはまだ何も知りません!」
「はっは。まあそうだろうな。この真実に辿り着ける者はまずいない。だからこそ歴史を調べることをあえて禁じていないのだ。好奇心に駆られる人間が増えるからな。」
「ではなぜ俺たちはこんな状況に?」
少し笑っていたレンドルートだったが、急に真剣な表情に切り替わった。
「お前たちはいずれ辿り着いてしまう。俺がそう判断した。」
二人はなぜか高揚した。しかし、その側面から間も無く訪れる死を感じ取ってしまう。
「研究はやめます!もうこれ以上は何も調べない!」
「無理だな。もうやめることはできない。今の目はまさしくそういう目であったぞ。」
命惜しさに発せられたわけではないことを、レンドルートは容易く見抜く。
「俺たちは今ここで殺されるのか?」
「ああそうだ。これは法で裁けないからな。」
非情な死が刻一刻と近づいていく。
「どうせ殺されるなら最後に教えろ。」
今まさに真実を知る者が目の前にいることで、二人の好奇心は死の恐怖すら跳ね除けている。
「あんた…、こっち側じゃないな?」
見透かされたような質問にレンドルートは一瞬動揺する。
「フハハ!流石だな。俺の目に狂いはなかったようだ。…いいだろう、特別に教えてやる。」
二人は息を呑んで身構えた。これから告げられる真実を知るものはレンドルートを除いてこの世界でたった一人。それは破魔魔法部隊隊長のモーゼのみである。なぜレンドルートがこの事実を隠しているのか、そしてなぜモーゼ隊長のみが知っているのか。それはここでは語れない。
「俺の本当の名は【オーディエント・ナイトフォール】。お前たちならこれ以上の説明は不要だろ?」
その名を聞いて二人はすぐに腑に落ちた。
「ああ、満足だよ。あとは彼らを信じるだけだ。」
「真実に辿り着けたことを光栄に思うがいい。」
家の外には野次馬が群がっていた。待機している騎士団員も中で何の話がされているのか、何のためにここへ来ているのかも知らされていない。
同刻。箒を振り回して遊んでいたラナリーに飽きが生じていた。ユークスはその隙を見計らってセカセカと落ち葉をかき集めていく。
「もういいんじゃねーの?」
「うん!これを片付けたら終わりにしよう!」
ラナリーは全く働いていない。それにも関わらずユークスは優しい顔でラナリーに微笑む。特に語る必要もないと思うが、ラナリーは決してガキ大将ではない。むしろ、根は友達想いである。ユークスが落ち葉を片付け終えて一息ついた瞬間、ラナリーが急にスタートの合図を切った。
「よしユークス!!いつもの場所まで競争な!!」
「あ!ちょ!ずるいよ!」
村の元気印は、今日も颯爽と走り続ける。
「さて、お前たちの研究を助力した人間は他にいるか?」
「いません!これは夫と二人でやっていたことです!」
「ふむ。では資料もここにあるので全てか?」
「ああそうだ…!全て燃やしてくれ。」
力強い眼差しでレンドルートに訴えかける。通常このような状況では拷問が始まるところであるが、百戦錬磨の騎士団長に限ってそれはない。
「いいだろう。最後に何か言い残すことはあるか?無論、俺以外に届くことはないがな。」
ゆっくりと剣を抜き始めるレンドルートを前に、二人の覚悟は本物に変わる。
「最後に真実を知れた。足を踏み入れたことに後悔はない。あるとすれば、妻を知らず知らずに巻き込んでしまったことか…。」
「ばかね。私だって後悔はない。別にあなたを恨んだりもしないわ。でも…」
たった一つの心残りが胸の奥から溢れ出す。次から次へと零れ落ちる涙に、娘への想いが照らされる。顔がくしゃくしゃになって、嗚咽も止まらない。それでも最後の想いを、必死に言葉へ変えていく。
「ラナリーの成長を…もっと見たかった…!ご飯はちゃんと食べてくれるかしら…。乱暴な言葉遣いもやめてくれたらいいなあ…。あとできれば悪戯も卒業してほしいわね…。私たちがいなくなっても、強く生きてくれるかしら…?」
「大丈夫だ!あの子は強い!きっと前を向いて歩いてくれるさ!」
夫婦は体を寄せ合う。その間には、可愛らしくもやんちゃな娘が、確かに二人の心を支えていた。
「もういいか?」
レンドルートがいよいよ剣を構える。ラナリーの父は娘への想いを殺気に変えて、渾身の威嚇を解き放つ。その一瞬。本当にその一瞬だけはレンドルートを凌駕した。
「ラナリーには絶対に手を出すな…!」
「ああ、約束しよう。」
ラナリーはユークスとのかけっこに圧勝していた。目一杯歯を見せて笑いながら勝利を豪語する。
「またオレの勝ちだ!」
「ラナリーはフライングしたんだから今回は僕の勝ちだよ!」
ラナリーとユークスが毎日のように遊んでいる場所。村の片隅にある大きな木の下で、二人は今日もじゃれ合っていた。ラナリーが事を知ったのはこの数十分後。村人がラナリーを探し回って村を駆け回っていたようだ。
慌てて家に戻るラナリーとユークスではあったが、自分の家はすでに燃焼を始めていて近寄ることができなかった。燃え盛る我が家に飛び込もうとするラナリーを村の大人たちが必死に抑え込む。
「離せ!!父ちゃんと母ちゃんがまだ家の中にいるんだろ!!」
「聞けラナリー!お前の父ちゃんと母ちゃんはアークトリアの手によって殺された!」
村長がラナリーの両肩をガッチリと掴み、嘘偽りのない残酷な事実を少女に伝える。
「何でだよ!父ちゃんと母ちゃんが何したっていうんだよ!」
「それは儂にもわからない。でもなラナリー…」
村長は齢9つの少女にはあまりにも酷な言葉を並べていく。しかしそれはラナリーが強い人間であることを信じているからこそである。
「お前はこれから一人になるんじゃ。二人の分もしっかり生きなきゃならん。この燃える家を目に焼き付けて、受け止めなくちゃならない!」
「そんなの…、そんなのできるわけないだろ!!」
ラナリーは手を振り解いて村の外にある森の方へと走り出した。村の大人たちがラナリーを確保しようと躍起になるが、その身軽な少女を捕まえることはできず、森の方へと逃がしてしまう。
「ま、まずいぞ!」
「ラナリーを追いかけろ!」
ラナリーが向かっている先はもちろんレンドルートのところである。しかし、それ以上にその森には多くの魔物が生息しているため、少女一人での侵入は極めて危険なものであった。慌てふためく村の大人たちを脇目に、一人の男が立ち上がる。
「俺が行ってくる。あの子を連れ戻してくればいいんだろ?」
「ヴォ、ヴォルフさん!?」
がむしゃらにレンドルートを追いかけるラナリーは自分が危険な森に足を踏み入れていることに気付いていない。それどころかなぜ追いかけているのか、追いついてどうするのか、未だ整理もついていなかった。何度も転び、立ち上がる。
「待てよ!!」
幸か不幸か。ラナリーはレンドルートに追いついた。ラナリーの怒号に騎士団員が一斉に振り向く。物凄い殺気を放つ少女にビクついてしまう騎士団員が少々。一瞬押されたことが悔しかったのか、脅しのつもりで剣を抜き始める。
「お前らがやったのか!!!」
剣を抜かれても、ラナリーの勢いは収まらない。すると、ラナリーの目の前に立ちはだかる騎士団の群れを退けて、事態を察したレンドルートが後ろから現れた。
「剣を収めろ。」
「し、しかし!ガキとてこいつは明らかに反逆の目をしています!」
「黙れ。その娘に手を出すことはこの俺が許さん。」
特定の個人を、それも支配下の村の人間を擁護するレンドルートを見た騎士団員は動揺した。強靭な肉体、歴戦の騎士から放たれるオーラに、流石のラナリーも少し怖気付く。
「何も聞かずに村へ帰れ。」
「なんで殺した!!オレはお前たちを絶対に許さない!!」
レンドルートの恐ろしさを知らない無垢な少女は、忠告を無視して怒りをぶつけてしまう。そして、2度目の忠告でラナリーの瞳から正気が失われる。
「何も聞くなと言っている。」
ラナリーは圧倒的な威圧に押しつぶされ、そのたった一言で腰を抜かす。周りにいた騎士団員でさえも身の毛がよだち、息を呑む。初めて感じた絶対的な恐怖を前に、ラナリーは失禁していた。
レンドルートは微動だにしない少女を置き去りにして、その場を去っていった。ラナリーの硬直はしばらく続き、周りからは魔物が近づいてくる。ラナリー自身も迫る魔物の存在には気付いていたが、最早動ける精神状態ではない。紛れもない大ピンチではあったが、ここでヴォルフがようやくラナリーに追いついた。
「おい立て。魔物が寄ってきている。」
声をかけても反応が薄い。
「ったくしょうがねーな。」
ヴォルフは動けないラナリーを仕方なく肩に担いで村に戻った。まだ明るい森の中、ラナリーとヴォルフの関係は、この瞬間から始まったのである。
「うわっ!お前漏らしてんじゃねーか!」
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不明点残しまくって申し訳ございません。
ラナリーの両親がしていた研究は近いうちに全て語るつもりです。あまり先延ばしにはしないので、なんかやっちゃいけないことやってたんだなあ、くらいで落とし込んでいただければ幸いです。




