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弾劾のソルシエール  作者: 春野 集
第2章 「助けて。誰でもいいから私を認めて。」
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第四十四話 「ラナリーア・ライドール 前編」

2話構成のラナリーの過去編です。

 ◇◆◇◆


 ――5年前

 ラナリーア・ライドール当時9歳。エルヴァ村を今日も元気に駆ける少女は村一番のいたずらっ子だ。住居に侵入しては叱られ、露店の果物を万引きしては叱られ、その度にラナリーの両親が謝罪に回っている。しかし、そんなラナリーを本気で嫌う人間はこの村にはいない。むしろ、その活発な少女に元気をもらっている人間のほうが多いくらいだ。


「よ〜し。今日は村長の家に落書きしにいくぞ!」


「それは流石にまずいよ…。」


 いつもラナリーに振り回される友達【ユークス】は気弱だが優しい男の子である。


「びびってんじゃねーよ!いくぞ!」


「も、もう…。」


 エルヴァ村がアークトリアの支配下に堕ちてから、村人は慎ましく生きていた。そのおかげでこの頃からアークトリアの虐政が若干ではあるが落ち着き始めている。しかし、中には反乱に燃える者もいれば、禁忌に触れようとしている者もいる。ラナリーの両親もまたこの一人ではあるが、本人たちにはその自覚がなかった。小さな古民家で夫婦が話し合う。


「ねえあなた。これが真実ならやっぱり…」


「ああ、彼らは世界の救世主だ。どこかで歴史の改変が行われた…?」


「公表しましょう!世界が変わるかもしれない!」


「いや…、決定的な根拠がまだない。仮説を公表しても歴史を改変した誰かに揉み消されて終わりだ。」


「それでも私たちの仮説が広まれば皆が興味を示してくれる!そうなればもっと早く真実に近づけるかもしれない!」


 ラナリーの両親が追い求めている真実はこの世界の歴史である。彼らは創造神を信仰していた500年前の時代に着目し、ナイトフォールについて深く研究していた。


「おいユークス。お前はここで見張ってろ。」


「ねえ本当にやるの?村長さん怒ったら怖いんだよ?」


 ラナリーはインクが大量に入ったバケツと絵筆を持って、そろりそろりと村長の家へ近づいていく。ユークスは見張り頼まれているが、びくびくしながらラナリーを見ているだけでその役目は到底果たせていない。


「へっへっへ…。」


 ラナリーは絵筆にたっぷりとインクを浸してニヤニヤとする。インクはラナリーの自作で、そう簡単には消せない代物であった。家の外壁に筆先を向けて高揚が最高潮に達した次の瞬間。突如目の前の外壁に、大きな影が現れた。


「何をしているんだラナリー?」


「ひぃっ!!」


 ラナリーがびっくりして後ろを振り向くと、そこにはニコニコしたエルヴァ村の村長が腰に手を回して立っていた。


「壁が汚れているから目立たないようにと思って…」


「ほう。その派手な青色でか?」


 傍で隠れていたユークスは体をブルブルと震わせている。現時点では未遂であるが、言い逃れのできない状況に追い込まれたラナリーが出せる決断は、逃亡しかなかった。


「逃げるぞユークス!!」


「ちょ、僕の名前呼ばないでよ!」


「待たんかコラ!!」


 村長は怒っているようではあるが、ラナリーたちを追いかけることはしなかった。


「はあ、はあ…。おいユークス!ちゃんと見張ってろって言っただろ!」


「無茶言うなよ…。」


「作戦が失敗したのはユークスのせいなんだから父ちゃんと母ちゃんに怒られる時はお前も一緒だからな!」


「そ、そんな…」


 理不尽を押し付けられたユークスは半べそをかいている。ラナリーの落書き未遂はあっという間に広まり、両親の耳にも当然入っていた。夕暮れまで遊んだ後、二人でラナリーの家へと帰る。


「あらユークス。今日もラナリーと遊んでくれてありがとね。」


 ラナリーの母がユークスを素敵な笑顔で歓迎したのも束の間、表情を変えずにラナリーを問い正す。


「ラナリー?また悪戯したそうね。それも村長さんのお家に…」


「違う!見張ってなかったユークスが悪いんだ!」


 あまりにも強引な責任転嫁で罪をユークスに擦り付ける。しかし、ユークスが心優しい性格なことをラナリーの両親は当然知っている。


「そうやってすぐにユークスのせいにする!ユークスが悪戯なんてするわけないでしょ!」


「うぐぐ…」


 勢いに被せられたラナリーは歯を食いしばった。


「明日しっかり村長さんに謝りに行って、そこで家の周りを掃除してきなさい。」


「えーー!!」


 因果応報である。


「ごめんねユークス、みっともないところを見せちゃって。またご飯食べていくでしょ?」


「は、はい!」


 ユークスの母は出産直後に命を落とし、父はアークトリアに収監中である。幼くして両親を失ったユークスは村の養護施設で暮らしていた。養護施設といっても寝床と一日一回の配給があるだけで、誰かが四六時中面倒を見ているわけではない。その大人しい性格からなのか、施設では孤立していた。そんなユークスにとって誰かと食卓を囲むことはこの上ない幸福であり、乱暴ながらも毎日一緒に遊んでくれるラナリーの存在はとてもかけがえのないものであった。だが…幸福は時に、己の弱さに牙をむく。


「お父さんいつか帰ってくるかな…。」


 ユークスから悲痛の声が漏れ出す。ラナリーの両親はかける言葉が見つからず、二人して目線を落としてしまう。


「しょぼくれてんじゃねーよ!メシがまずくなるだろ!」


 漂い始めた重苦しい空気をラナリーが一瞬にして切り払った。かける言葉としては間違っていたかもしれないが、空気が切り替わった瞬間をラナリーの両親は見逃さなかった。


「ちょっとラナリー!!メシなんて言わないの!女の子でしょ!?」


「でもラナリーの言うとおりだぞユークス。寂しくなったらいつでもうちに来ればいい。メシはみんなで食ったほうが美味い!いつもラナリーと遊んでくれてありがとうな。」


「あなたがそうやって言うからラナリーが真似するのよ…!」


 ユークスを養子として引き取ることはできない。それは父が未だ生存しているからである。事実上の孤児であったとしても、父との縁を切らない限り養子にはなれない。それをユークス本人がそもそも望んでいないのだ。


 翌日、ラナリーは村長の家の周りを掃除していた。いや、正確には箒をブンブンと振り回して遊んでいるだけで、全てをユークスにやらせていた。


「ねえ、ラナリーもちゃんとやってよ…」


「やってるだろ?」


 風を起こして落ち葉を舞い上がらせているだけである。これではユークスの負担が増え、一向に掃除が終わらない。そこへ被害者である村長が家を出てやってきた。すぐさま落ち着いたラナリーは何食わぬ顔で落ち葉を払い始める。


「ちゃんとやってるな。」


「ああ!この通り綺麗になってきた!」


(都合良いんだから…)


 一瞬だけ顔をだした村長はすぐ家の中へと戻っていく。無論、それを確認したラナリーはまた遊びだす。ユークスは一人で終わらせることを覚悟し、黙って掃除を再開した。ラナリーが手伝ってくれることは最早諦めている。


 一方、ラナリーたちが村長の家を掃除している最中、エルヴァ村にはアークトリア騎士団のレンドルートが予告なく訪れていた。村は急激に慌ただしくなり、レンドルートの歩く道をこぞって空けていく。そして、ラナリーの家の前で立ち止まった。


「お前らはここで待っていろ。決して誰も入れるな。」


 レンドルートは連れて来ていた騎士団に見張りを頼み、ラナリーの家に何の前触れもなく足を踏み入れていく。そこでラナリーの両親は手を縄で縛られ、レンドルートの前に膝をつかされた。他には誰もいない家の中で、静かに尋問が行われる。


「どこまで知った?」


「何のことだ?今俺たちがこうなっている理由がわからない。」


「悪い、順序を間違えた。お前たちがしている研究は公に禁じられているものではないからな。」


 二人の目の色が大きく変わる。ここで自分たちの研究が禁忌に触れていることを初めて知ったのである。その反面、この状況がすなわち、仮説が真実であることを確証付けていることに他ならない。


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