第四十二話 「vs森の狩人 後編」
私は今まで体験したことのない見えない恐怖に怯えている。認識できないところから睨まれていると思うとゾッとし、気づけば手足の震えが止まらなくなっていた。カイルも続く襲撃に備えて、辺りに意識を張っている。戦況打破に思考を回す余裕もありはしない。しかし、この追い込まれた状況で、アースだけが活路を見出そうとしていた。
「クレア。手頃な石を一つ作ってくれ。」
「う、うん。」
私はアースに言われたとおり、手のひらサイズの石を魔法で生成した。まさか、投げて当てるつもりだろうか。まだ敵の位置すら把握できていないのに。それに弓矢が4本目を最後に、全く放たれてこなくなったことも気掛かりである。
「なんで相手は追撃してこないの?」
「俺たちの意識はすでに索敵に移り始めている。そんな中で追撃を仕掛ければ自分の位置を知らせるも同然だからだ。ヴォルフはそんなにバカじゃない。」
それを聞いたカイルがある提案をする。
「それじゃあ僕が奴らを見つけてきます。」
しかし、アースはカイルの提案を一蹴してしまう。
「だめだ。もう俺たちはここから動けない。」
「なぜです!?」
信じられない発言にカイルだけではなく、私とエリスも驚きを隠せない。そして、アースは私の作った石をお手玉のように弾ませながら、今の状況を説明した。
「ヴォルフの本領は弓じゃない。奴は罠師だ。今頃俺たちの周りには間違いなく無数の罠が張り巡らされている。迂闊に走り回れば足が切れるぞ。」
八方塞がりとはこのことか。しかし、冷静に考えればこの状況は延々に続く硬直状態ではないだろうか。敵は弓矢を放つことを躊躇しているし、私たちが動かなければ罠は作動しない。
「じゃあどうするの?このまま日没まで待つつもり?」
私のいい加減な問い掛けに、アースは鼻で笑い返してきた。
「ふっ…。まあ落ち着け。俺の予想では1本目と3本目がヴォルフ、そして2本目と4本目はもう一人の誰かだ。」
だから何なんだ。全ての矢が精度抜群で放たれて来たじゃないか。矢を放った人物がどちらかなんて、今は関係ないだろうとここにいる全員が思っていた。
「恐らくもうそろそろだ。全員気を張れ!」
急なアースの力強い掛け声で、私たちの緊張は突如取り戻された。全員が辺りに意識を集中させる。
木の上に身を潜めて矢を放っていた少女は、男の指示に従って移動を開始していた。指示通りの配置に着いた直後、今度は少女が鈴の音を伝って男に合図を送る。
(よし。じゃあ第二幕と行くか…。)
同時に打てる矢は2本まで。反射神経がまだまだ未熟な私とエリスは背中に立つカイルを信じて、前方だけに意識を集中させる。そして、静寂な森の中から風を切る音を感じ取った。やや高い位置から、私目掛けて矢が飛んでくる。
「ひゃっ!!」
咄嗟に後ろに飛び込んで、何とか回避成功…。地面に尻もちを付いた私の股下には弓矢が突き刺ささっている。
「私の前に一人いるよ!!」
すぐさま情報を皆に伝える。しかし、振り返ってカイルとアースに目を向けると、二人が同時に弓矢を切り落としていたところであった。エリスも私とほぼ変わらない状況で、腰を着いてギリギリ躱している。
「どういうこと!?敵は二人じゃないの!?」
四方向からほぼ同時に放たれた矢。私はアースの予測に疑いをかけ始めてしまう。
「違う。これは仕掛け矢だ。遠隔で同時に発射している。」
なぜそれを断言できるのか私には全く分からなかった。そして、弓矢の連射攻撃は苛烈を要した。続けて4本、またも別方向から私たちに襲いかかる。
「気を抜くな!」
アースは華麗に2本を捌いた直後にエリスも守っていた。しかし、間髪入れずに放たれた連続5本目の矢がアースの背中に突き刺さる。私はようやくここで打つ手なしの窮地に立たされていることを理解した。
「くそっ。やはり良い腕をしているな…。クレア!《希望の煌紐》を打つ準備をしておけ。」
指示を出された私は杖を強く握り締め直すが、迫る矢の恐怖に怯えてそれどころではない。アースは大して顔色を変えずに背中の矢を引き抜く。この状況でもなお、余裕な態度を貫いているのは強がりなのだろうか?私はこの時、間違いなくそう思ってしまった。
「俺みたいに幾千も戦っているとな…、どうしても感じ取れてしまうものがあるんだ。…………抑えきれない殺気っていうやつをな。」
そのセリフの直後にアースは首を回して、とある一点をギロリと睨みつけた。
「そこか。」
(げっ…!なんでオレの場所がわかった!?矢を打つ前だぞ!)
少女とアースの目が交じり合う。少女はアースの威圧に押し負けて、恐怖のあまりに背筋が凍りついた。そして、アースは軽快な投擲モーションで石を投げつける。
「そおぉらよっ!」
「ぶへえええええええええええ!!」
少女のおでこに石が直撃した。木の上で頭をクラクラさせている。軽い脳震盪を起こしたようで、足元も覚束ない。そんな少女はやがて足を踏み外して、木の上から落下を始めた。
「あそこだ!《希望の煌紐》で釣り上げろ!」
「りょ、了解!!」
私は光の紐をギュインと伸ばすと、着地の寸前で彼女をキャッチした。杖を釣り竿のように引き上げ、私たちのもとへと勢いよく引っ張る。
「あわわわわわわわ。」
少女は白目を剥いて、軽く泡を吹いていた。
「女の子…?」
「よくやったクレア。まずは一人目だな。…さあヴォルフよ。どうする?」
正直私はこのまま弄ばれて殺されるのかと思っていた。流石は元アークトリア騎士団の副団長である。疑ったことを後で謝ろう。とはいえ、女の子を一人取り押さえたところで、それ以上の強敵がまだ私たちをどこからか睨みつけている。
(ちっ、あの馬鹿…!やはり連れて来るべきじゃなかったか…。)
緊張の糸は依然として解けず、私たちは続く攻撃に構え直す。すると、途端にアースが大きな声でまだ姿を確認できていない相手に呼びかけを始めた。
「いるんだろヴォルフ!!俺たちはお前に用があってここに来た!!この子は返すし、襲撃して来たことも水に流してやる!!だから出てこい!!」
この豪傑は豪傑すぎる。私はアースが勝ちを確信していることを確信した。そして、カイルが口常々に最強と言っている理由も、併せて頷ける瞬間であった。
(なるほど、俺であることもお見通しか。言っていることもまんざら嘘ではないようだな。……仕方ない、ここは素直に応じてラナリーを救う他ないな。)
アースの大声が森に響き渡った数秒後である。私たちの頭上から人が降ってきた。
「こ、この人がヴォルフさん…?」
「ああ。俺がヴォルフ・ダンクレットだ。それで用とはなんだ?」
もじゃもじゃの長い黒髪に手入れの行き届いていないヒゲ面。いかにも狩人という感じではあったが、どことなく醸し出されているダークな雰囲気が、私の目には少しカッコよく映っていた。
「少々込み入った話なんだ。悪いがエルヴァ村まで案内してくれるか?それに早く怪我人を休ませたい。」
「わかった。その前にラナリーを起こさせてくれ。」
すると、ヴォルフは少女に近づいて頬をペシペシと叩いた。
「いてー!いてー!いてーよ!!起きてるっつーの!!」
男児のような言葉遣いと容赦ない起こし方に、私は苦笑いが込み上げていた。何はともあれ、エルヴァ村に着く前に目的のヴォルフさんに会うことができた。エリスも大事には至っていない。今はこのことを不幸中の幸いであったということにしておこう。アースは…、超人だから大丈夫。
「起きてるなら起きろ。村に帰るからさっさと罠を片せ。」
「へいへ〜い。」




