第四十一話 「vs森の狩人 前編」
「この森を抜ければエルヴァ村なのね。」
村を出て19日目、私たちは目的地手前の大きな森に足を踏み入れていた。心地良い風で揺らめく葉の音と辺りを彩る新緑の芽吹きが、この森の美しさをより一層際立てている。木々の間隔はかなり狭く、太陽光があまり差し込んでこない。
「早速か。」
森に入って早々魔物の接近を感知したカイルはゆっくりと剣を抜く。私たちの前に現れたのは、【ドスコブラ】という蛇の魔物であった。一体だけではあるが、目が合った途端に大きく口を開けて威嚇してきた。
「頼むぞ、カイル。」
「はい…。」
一瞬であった。ドスコブラがカイル目掛けて噛みつきにいったところを、鮮やかに見切って顎下から剣を振り上げた。余裕な表情でカイルが戻ってくる。
「ねえねえ!あれは食べられるの!?」
「知らんがやめておけ。ここまで見境なしに魔物を食おうとするのはお前くらいだぞ?」
アースからは異端者を見るかのような目を向けられ、それに続いてエリスも私に冷徹な言葉を投げかけてくる。
「クレア…。あんたあんな蛇に目をキラキラさせて、ちょっと頭おかしくなったんじゃない?知らないところで勝手に変な魔物食べてないでしょうね?」
魔物の脳ミソをニヤニヤしながらバッグに収めるエリスにだけは言われたくない。そして、カイルまでもが私の純粋な好奇心を傷つけてくる。
「ドスコブラの牙には毒がある。無知識のまま誤って変なところを食せば痛い目を見ることになるよ。」
何よ!ちょっと興味が湧いただけじゃない!何でこんなにも言われなくちゃならないんだ!私がプンスカプンスカしていると、エリスがなぜか倒れているドスコブラに近づいて行った。
(牙に毒…?)
「バカ!近づくな!」
今まで一度も剣を振るってこなかったアースが遂に剣を抜いた。巨躯な体格をしているにも関わらず、凄まじいスピードでドスコブラを切り裂いた。エリスが近寄った途端、残された生命力を振り絞って一矢報いてきたのである。アースが助けに入らなければ、エリスはドスコブラに噛みつかれていた。
「ひ、ひぃぃぃぃ…!」
エリスは腰を抜かして座り込んでいる。
「頼む。次から気を付けてくれ。」
厳しい叱責はしない穏やかな注意に、エリスは首を激しく何度も振った。私もかなりビビってしまったが、何より無事でよかった。
「すまない。僕がトドメを刺してから戻ってくるべきだった。怖い思いをさせてしまったね。」
カイルが座り込むエリスに手を差し伸べる。
「ありがとう…。」
カイルの補助で立ち上がるエリス。少し照れくさそうに、助けてくれたアースにも謝罪と礼を改めて述べている。そして私たちは、さらに森の奥へと歩みを進めていった。
一方、現在クレアたちと同じ森にいる少女は、何かの作業を終わらせた様子で男の下へと駆け寄ってきていた。
「師匠!準備完了したぜ。」
「よし、じゃあ俺の作戦どおりに動け。絶対に深追いだけはするなよ。」
「ああ。この森はオレたちのテリトリーだ。元副団長だか何だか知らねーけど、ノコノコとやってきたことを後悔させてやるぜ。」
少女とは思えない言葉遣いと威勢の良さではあったが、その発言を聞いた男は少女の頭を再び叩いた。………ポカンッ!!
「調子乗るな。目があった時点で作戦は中止。すぐに全力で村へ逃げろ。」
「イッテーな…!だからぶつなよ!」
エルヴァ村へ向かうクレアたち4人を影から迎え討とうとしている二人組。一方的に観測できている有利な状況で、迫るクレアたちがすぐ近くまで来ていることも把握している。そして、次の男の合図と同時に、二人は森の深淵へと別々に姿を消していった。
「ねえ、あとどれくらいで着くの?」
私は景色の変わらない森を歩き続けることに、若干飽きが生じていた。
「もう少しだよ。」
私の前を歩くカイルが振り返らずに答えてくれる。曖昧すぎるその返答に、私の退屈は微塵も払拭されなかった。魔物がいるこの森で、カイルとアースは常に気を張っている。感知能力が低い私とエリスは、せめてもの気遣いとして雑談を自粛していた。
もういっそのことこの機会に、集中力の訓練でもしてみようかと考え始めていた。辺りをキョロキョロと見回し、不審な点がないか探ってみる。…しかし、何もない。そもそも私がこの二人より先に魔物に気づくなどあり得ないのだ。だったら私にしかできないことを伸ばしたほうが良いに決まっている。やめだ、やめだ!!
クレアが一人勝手に自暴自棄になっている間にも、カイルとアースはこの森に気を張っている。だが次の瞬間!アースが突如、弓矢で射抜かれた。
「ぐっ…!!」
「アース!?」
私の声に反応して、先頭を歩くカイルが慌てて振り返る。
「襲撃!?」
弓矢を放った遠くに潜む謎の男は、一人で不適な笑みを浮かべた。
(まずは一発…。頼むぞラナリー。)
アースは太ももに突き刺さった弓矢を躊躇いなく引っこ抜く。私は何が起きたのか分からず、テンパってしまう。エリスも息を呑んで、ただ立ち竦んでいる。カイルとアースは弓矢が飛んできた方向を凝視する。しかし、注意が偏ってしまったことで別方向から迫る2本目の矢を警戒できていなかった。
そしてその矢はなんと、立ち竦むエリスの右肩に突き刺さってしまう。
「きゃあああっ!!」
「エリス!!!!」
カイルとアースは突然の悲鳴を聞いて、その事態に驚愕した。
「まずいぞカイル!囲まれた可能性がある!」
「クレア!僕たちが死守するから今すぐエリスの手当てを!」
カイルとアースは私たちを挟み込んで、迫る弓矢に全集中を注いだ。その間に私はエリスのバッグから布を取り出す。
「お願い…我慢して…!」
何も言わずに頷くエリスの表情はとても辛そうで、私は涙が滲み出ていた。手当てのためとはいえ、弓矢を引き抜く瞬間の悲鳴は聞くに堪えない。流れ出す血を、すぐさま布で止血する。
3本目の矢が、また別方向から飛んでくる。しかし今度はカイルが見事に防いでくれた。そして4本目。これも別方向から飛んでくるが、これをアースが切り落とす。十字に四方向から飛んできたことで、囲まれていることはさすがの私でも分かる。しかし、4本目を最後に、ピタリと弓矢の攻撃が収まった。
「どう見ますか…?」
カイルがアースに考えを伺う。
「2本目と3本目の間に僅かながらインターバルがあった…。おそらく敵は二人。囲んでいるなら同時に弓矢を放つはずだ。そして…」
アースはこの状況で冷静に敵の分析を行っている。さらには、敵が誰であるかまで察していたようだった。
「この矢を放ったのはヴォルフだ。もう片方は知らんが、この立ち回りは間違いないだろう。恨みを買った覚えはないんだがな…。」
「元アークトリアなんだから、それだけで恨まれる理由になるでしょ。」
エリスが肩を抑えながら立ち上がる。真っ当すぎる指摘に、アースも少しだけ反省の色を見せてきた。
「そのとおりだな。すまない…。怪我は大丈夫か?」
「ええ、痛いけど何とか動けるわ。」
一方、エリスの肩に弓矢を命中させた少女は、少し不満そうな表情でクレアたちを観察している。
(あれー?あいつ立ち上がっちゃった。これは作戦変更かな…。)
すると、少女の立ち位置からほど近い場所で、鈴の音が2回小さく鳴った。
(は〜。やっぱりか…。)
別の場所から仲間の男が細い糸を引っ張って鈴の音を鳴らしたのである。この二人は鈴の音を介すことで、遠く離れた位置でも連携を取ることができるのだ。




