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弾劾のソルシエール ~煌紐魔女が征く~  作者: 春野 集
第1章 「私はそれでもやっていくしかないんだよ」
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第四話 「はじめての魔法」

 村を少し離れた平原で、クレアが急に駆け足になり、エリスの前に出た。杖を構えて、詠唱を始める。


「蒼天に導かれし水の精、蒼穹を構えし水の戦士、天翔の羅針盤に導かれて今!この乾いた大地に恵みを与えん!ーー《共鳴天泣(ハルモニアレーゲン)》!!」


 無論、何も起きない。静かな山風が心地良さそうに吹き抜ける。エリスはその様子を見て、思わず微笑みを浮かべた。


 この季節は雨が少なく、所々で地面がひび割れている。西の方に見える【霊峰レオール】の山頂には、伝説の神獣が年に一度目覚めるとされ、その際に上空の大気が歪まされるという言い伝えがある。山頂への立ち入りはアークトリアに固く禁じられているが、その明確な理由を知る者は誰もいない。


 エリスがなにやら博識を披露しているようだが、私の耳には届いていなかった。ちなみに、おとといエリスたちが月光草の採取に向かったのは霊峰レオールの中腹あたりだったらしい。今回の目的地は私たちの村からは北の方角にあたる【テンラン山】、次の満月で行く採取ポイントだ。


 クレアは少しだけ顔を赤くしながら、再び杖を構え直す。


 魔法の基本的な流れはわかっている。術者が放出する魔力に、イメージを乗せることで、魔力が変換されて発動する。クレアは深呼吸をし、再度杖を振り上げようとしたその時、エリスが静かに声を掛けてきた。


「クレアはイメージが強すぎるのよ。だから、放出する魔力がついてこれていないんじゃない?」


 私は思わず動きを止めた。


 確かに、詠唱はイメージの増幅をおこなう、謂わばおまじないに過ぎない。魔力量が低い私にとってはイメージの強さで、それを補うのが正しいと思い込んでいた。的を射ているかもしれない助言に、少し悩んでいるとエリスが続けて言った。


「誰だって、月光草のランタンに魔力を注ぎ込んで明かりを灯せるよね?あれは、調合技術によって魔力の変換を物体に依存させているだけなの。私はそれも魔法だと思っているよ。」


 注ぎ込む魔力量によって発光度合いは大きく変化し、少なすぎれば発光はしない。私のイメージに私の魔力がついてこれていない?心が無意識に夢を追い過ぎて、現実を見失っていたのだろうか。


 私は静かに目を閉じ、集中した。小さな小さな光だけを頭に思い浮かべ、杖をゆっくりと振り上げる。そして、無理に力を込めることなく、ただ静かに杖を下ろしていく。


 何かが自分の手の中で変化した気がした。杖から感じる微細な震え、手のひらを通じて伝わる不思議な感覚。私はその瞬間を逃さないように、さらに集中し続けた。


 そして突然、杖の先端から青白い光がほのかに現れた。それは小さくて儚い光だったが、確かに魔法が発動した証だった。


「できた…!?」


 私は反射的にエリスの方へ向いた。エリスは驚きと喜びを、その瞳に満ち溢れさていた。


「一歩、夢に近づいたね。」


「よし!もう一回!」


「ちょっとクレア!今日の目的は、月光草の生態を勉強しに行くこと。嬉しい気持ちは分かるけど、先を急がないと日が暮れちゃう。」


「お願い!もう一回だけ!」


「はあ…。置いていくわよ…」


 エリスが私に背を向けて歩き出す。仕方なく今日のところは諦めて、私は渋々目的地へと歩みを進めた。


 しばらくすると、山の麓に到着した。道中、エリスから月光草の話を延々と聞かされ、頭も体も疲弊していた。休みたい気持ちに追い討ちをかけるようにエリスが言う。


「あまり悠長に歩いていたら、日没までに下山が間に合わなくなる。」


 私はため息をつきながらも、疲れた体を奮い立たせ、山の中へと足を踏み入れた。


 木々の隙間から、日光が差し込む陽気な山道。地図を確認しながら進むエリスに、私はただ黙ってあとに続く。初めて発現させた魔法の感覚が、今も全身に残っている。魔力量とイメージ、そして魔力の変換。私は、ふと画期的なアイデアが閃いた。


「あのランタンって、魔力を光に変換できるんでしょ?なら、私の杖を“いろんな魔法変換装置”にしちゃえばいいんじゃないかしら?」


 エリスがとても呆れた表情で振り返る。すると、耳を塞ぎたくなるほどの難解な解説が始まってしまった。私はそれを、必死に聞き入れるフリをした。


「魔力の変換を物体に依存させる技術は、未だ解析が終わっていないのよ。最近の研究では、調合で光を閉じ込めた月光草を“魔力注入という刺激”で解放しているだけ、という見解も有力になってきているの。つまり、魔力を注げば光るっていう、あのランタンには実は不可解な点が多くて…」


 クレアが上の空で聞いていることに気づいたエリスは、諦めて一言でまとめた。


「クレアのために分かりやすく言うと、今の技術で光以外の変換はできないってこと!」


「ふーん。できないんだ…。」


 話半分で聞いていた私は、歩きながら今日の晩御飯を想像していると、急にエリスが立ち止まった。


「静かに…!」


 驚いた私は、行く先を確認した。そこには馬三頭分くらいはある大きな鶏が、枯葉の上で気持ちよさそうに寝ている。すると、エリスが青ざめた表情でその魔物の名を告げてきた。


「【バジリスク】だ…!音を立てずに右から迂回しよう。私についてきて。」


「そんなに危険はないって、昨日言ってたよね…!?」


「この山に大型は生息していない。ほら見てあのバジリスク、傷だらけ…。たぶん縄張り争いに敗れて、逃げ込んできたんだと思う。」


 迷惑な魔物だと感じながらも、私は忍び足で、エリスの背中だけを眺めて後に続いた。


「ねえ?引き返さない…?」


「あら?偉大な魔女は寝ているバジリスクに腰が引けてしまうようなものなのかしら…?」


 その言葉に、私の心の中に眠る何かに火が点いた。屈めていた体を起き上がらせ、杖をバジリスクの方へと向けた。目を閉じ、大きく息を吸う。


 緊張を紛らわすつもりで発したエリスの言動が、クレアを思わぬ方向へと導いてしまったようだ。想像していなかった行動に危険を感じたエリスは、慌ててクレアの口を塞ぐ。


「バカ…!!そういうことじゃない…!」


「んんっ…!」


 もがくクレアを必死に止めようとするが、クレアの心の火は爆発寸前であった。


 じゃれ合う二人は遂に勢いよく倒れ込み、地面の枯れ葉を空中に舞い上がらせた。大きな音を立てたことで慄いた二人は、恐る恐るバジリスクの方へと目を向ける。


 ゆっくりと立ち上がり始めるバジリスク。馬三頭分に見えていたはずのその巨体が、みるみる大きくなっていく。そして、醜い翼を大きく広げ、甲高い咆哮をあげた。二人の恐怖が絶頂に達したその瞬間!らしくもない大声で、エリスが叫んだ。


「全力で走って!!!」

第四話を読んでいただきありがとうございました!

バジリスクと聞いて皆さんはどんなイメージを持ちますでしょうか?

私は怪鳥のイメージが強いですが、おそらくアンケートをとったら大蛇か甲賀忍法帖で拮抗しそうな気がします…。

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