第三十八話 「最初の目的地」
私はこれから本気でアークトリアへ立ち向かうことを家族に話した。自由に魔法を使いたい。自由な村を築きたい。私の決意をありのままの言葉で正直にぶつけた。
「もう、クレアを止める理由はないよな?」
ハンスさんが優しい表情で家族に問いかける。ミリーゼさんも暖かな笑顔で黙って頷いたが、エリスは何かを思い詰めたような表情をしている。また機嫌を損ねてしまったのだろうか。嫌な記憶が、私の脳裏を過った。
「いつ戻ってくるの…?」
わからない。1ヶ月?1年?それ以上?その問いの答えに戸惑っていると、エリスが冷静に根本的な問題を提起してきた。
「出発前にそんなたくさんの魔力増幅薬は用意できないわよ。」
しまった!一歩先か百歩先しか見えていない私の悪いところが出てしまった。私は急に思考を巡らせて、カイルたちには出発を遅らせてもらえないか頼もうと考え始める。しかし、考えが浅すぎて慌てる私の様子を見兼ねてなのか、エリスは驚くべきことを口走ってきた。
「私も行く。」
その発言に、家族全員が驚いた。そして、ミリーゼさんが血相を変えてエリスを問い詰めはじめた。
「何言ってるの!?エリスに戦える力なんてないでしょ!?」
私は不覚にも思ってしまった。全くそのとおりであると。気持ちはすごく嬉しいけれど、私の中でエリスを危険な目に合わせる選択肢だけはありえなかった。
「バカにしないで!私だってやろうと思えばやれるのよ!」
エリスは強く反発した。怒りの中に少しだけ恥ずかしさが混じっているのか、顔が若干赤くなっている。
「それに私がいないとクレアの本領が発揮されないでしょ。」
全くそのとおりである。エリスの頑固モードのスイッチが押されてしまったか?こうなっては何を言っても聞かないことを、この両親はよく知っている。
「わ、わかった…。落ち着けエリス。」
案の定、ハンスさんは勢いに負けてしまう。ミリーゼさんは少しだけ考えた末、エリスに最後の心配を投げかける。結果は歴然だけれど、親としてのケジメみたいなものなのであろう。
「危ないことだってちゃんと分かってる?それでも行くのね?」
「うん。クレアの夢は私の夢。最高の瞬間を、私は隣で見たい。」
その言葉を聞いて、少しだけ泣きそうになった。かけがえのない存在が、さらに私の背中を押してくれる。私はこの時、自分の夢よりも大切なものが何かを、改めて理解した。
こうしてエリスも同行することとなり、そのことをカイルとアースに伝えに行く。二人は危険な道であることを冷静に説明したが、エリスの強い意志に押し負けて、結局最後には渋々了承する形となった。恐るべきエリスの突破力である。
魔力増幅薬も含めて色々と準備が必要になるため、出発は5日後ということで話がまとまった。そして、最初の行動についてアースが語り出す。
「実はもう一人仲間に引き込みたい奴がいる…。」
「誰ですか?」
カイルが間髪入れずに問いかける。私たちのようにアークトリアの支配下に置かれた村の人間だろうか。世界各地を見てきているこの二人なら、アークトリアに因縁を持つ人間など星の数ほど見てきているはず。そして、静かにその名が告げられた。
「【ヴォルフ・ダンクレット】という男だ。」
どこか野蛮そうな響きが感じられる。その名はカイルも知らなかったようで、若干不安な気持ちが私たちにのしかかった。アース自身も決して親しい仲ではなく、むしろ敵対していた関係だという。彼は14年前の大戦時に、連合軍としてアークトリアに最後まで牙を向け続けた人物らしい。専ら、アークトリアには深い因縁がありそうだ。
「その男は今どこに?」
ヴォルフの居所は私たちの最初の目的地となる場所。期待に胸を膨らませ、私はアースの言葉に耳を傾けた。
「住み移っていなければ【エルヴァ村】にいるはずだ。」
もちろんのことながら私は聞いたことがない。しかし、エリスは聞き覚えがあったのか、少しだけ険しい表情になる。
「エリスは知っているの?」
「当たり前でしょ。14年前に第一線に立って連合軍を導いた村よ。正確にはアーセント村の連合軍離脱後だったかしら?」
「よく知っているな。」
なぜなのだ。同じ家、同じ環境で育ったにも関わらず、どうしてここまで知識に差が生まれるのだろうか。不貞腐れながらも、エルヴァ村の話をカイルが続けて教えてくれた。
「アークトリアからほど近い場所にあるあの村は、騎士団や破魔魔法部隊の出入りが頻繁に行われる。武力の高い人間も多いことから、アークトリアとしても迂闊に目を逸らせない存在なんだ。」
強そうな村。安直ながら私の第一印象はただそれだけだった。カイルは何かが腑に落ちないようで、視線を私からアースに移してその疑問を小さな声でぶつける。
「エルヴァ村の人間でアースさんの目に留まる男…。僕が知らないというのは少し気になります…。果たしてその男は強いのでしょうか?」
ヴォルフに興味が湧いている。というよりも、自分の知らない人間をアースが仲間に引き込もうとしていることに、カイルが嫉妬しているように見えた。
「ヴォルフの強さは単純な戦闘能力の話ではない。カイルが知らんのは、ヴォルフは表立って戦わない奴だからだ。」
私たちの頭の上にはハテナが浮かび上がった。これからヴォルフがどんな人物なのかを語ってくれるかと思ったが、アースは意地悪にも私たちの興味を先延ばしにして、詳しくは教えてくれなかったのである。
「まあ楽しみにしておけ。仲間になってくれる保証はないがな!はっはっは!」
そして私たちは5日後の出発に向けて準備に取り掛かる。カイルとアースは騎士団の甲冑を捨てて、新たな装備を整えるらしい。この村に武器屋はないので、新調の甲冑を用意することはできない。動きやすければ何でも良いとは言っていたが、そんなものなのだろうか。
エリスはというと、5日間ずっと店に閉じこもって調薬に専念するらしい。魔力増幅薬と閃光弾を作るとか何とか…。あとは独り言をぶつぶつと言っていて、よく聞き取れなかった。
「それ!…それ!えーーーい!」
私は何をしているかって?それは皆がそれぞれ準備を進めている中、ただ《希望の煌紐》を空に飛ばして遊んでいた。……否、精度を極めていた。
「はぁ。魔力の器を大きくする方法はないのかなあ…。」
誰もいない小さな森で、ないものねだりの独り言をぼやいていると、後ろからアースがやってきた。
「それがフェンリルと操魔族を追い詰めた魔法か。」
「アース!?どうしてここに!?」
「カイルにこの場所を聞いた。それと、扱える魔法の種類が極めて少ないということもな。」
はいはい、そのとおりです…。私はまだまだこの程度ですよ。ぼやいた直後に嫌味を言われたせいで、私は拗ねてしまった。
「俺が一つ、魔法を教えてやる。」
「え?」
そのたった一言で、私の拗ねた心は綺麗に晴れた。一喜一憂の激しさで、私の右に出るものはいないだろう。アースの思わぬ計らいに、私は自然と口角が上がっていた。




