第三十七話 「同志たち」
朝日に照らされ目を覚ます。いつもと変わらない平穏な1日の始まりだ。隣のベッドに目を向けるが、もちろんエリスはいない。まだある眠気と格闘しつつ、私は布団から起き上がった。
「ふあああ…。」
フェンリルとの闘いが終わってからもう3日が経つ。傷も少しは癒えてきたし、今日から魔法の練習を再開しようと思っていたところだ。私はのんびりと身支度を整えていく。横に跳ねた寝癖を解かし、寝巻きを着替える。
「おはようクレア。さっきカイルさんがうちに来たわよ。」
ミリーゼさんが私に朝食を出しながら、まだ寝ぼけている私にむかって言う。アークトリア騎士団を脱退したカイルと副団長は、なぜか私の村に住み着いている。英気を養っているんだとか何かで、しばらくは拠点に置くつもりらしい。
「クレアに相談したいことがあるって。」
私に相談?何のことだろうか?
「村の中央広場で待っているそうよ。早く行ってきなさい。」
急かす割にはちゃんと朝食を出してくれる。私は食べるスピードをいつもより上げて、パンに喰らいた。
「ごちそうあま!」
まだ口の中にあるパンを飲み込めていないまま私は家を飛び出した。少し駆け足で村の中央広場へと向かう。そこには、カイルの他に副団長の姿もあった。
「いつもこんな時間まで寝ているのか?」
副団長が開口一番、私にとっては痛烈な一言を放ってくる。私は嘘をついて今日だけということにしてみたが、カイルは私の朝の弱さをすでに知っているため、すぐに嘘がバレてしまった。
肩をすぼめながら頬を膨らます。私のことを朝早くから呼んでおいて何という仕打ちだろうか。副団長はそんな私のご機嫌斜めな態度を無視して、話を切り出してきた。
「単刀直入に言う。俺たちに力を貸してくれないか?」
「へ?」
今なんて言った?俺たちに力を貸してくれないか?それが私にしたかった相談?予想を超えた内容に私は思考が回らない。返事に戸惑っていると言うよりも、内容を受け入れられなかった。副団長は続けてその趣旨を語り出す。
「前にも言ったが、俺はアークトリアを敵に回している。火の精霊を失った今、正直力不足は否めない。そこで強力な魔法使いに手を借りたいと思った。」
何と言うことでしょう!あの豪傑の騎士が私を求めています!
「まあ、これはカイルの提案だ。お嬢ちゃんを危険な目に合わせるのは些か不憫だと思っている。だから断ってもらっても全然構わないぞ。」
「い、いえ!私なんかで良ければぜひ!!」
何だ、カイルの提案か。別にそれはそれでもちろん嬉しいのだが、急激な落差を感じてしまったことは事実である。
「本当にいいのかい!?」
そしてなぜか、カイルが一番驚いている。勢いで了承をしてしまったが、追い追い冷静に考えてみればこの人たちはアークトリアと真っ向から戦おうとしている。私なんかが戦力になり得るのだろうか。そんな少し不安げな気持ちに変わりつつあった私の心を、副団長は一瞬で見抜いてきた。
「安心しろ。何があっても俺たちが必ず守ってやる。」
カッコ良すぎる。…………ん?それ私いる?足手纏い確定みたいなことを遠回しに言われている気がしてならない。やっぱり少し不安が募ってきた。
「でももっと強力な魔法使いなら他にいるんじゃないんですか?」
副団長は何も答えずに鼻で少し笑った。何やらカイルも微笑を浮かべてこちらを見ている。数秒ほど返答を待つと、ようやくカイルが私の問いに答えてくれた。
「クレアが思っているほど、この世界に魔法使いは多くない。その理由はわかるだろ?」
「アークトリアがいるから…。」
「そう。アークトリアにわざわざ立ち向かう魔法使いなんて僕は見たことがない。でも、クレアにはその志があると思った。」
私はどこかでこの世界の本質を見失っていたのだろうか。今のアークトリアがいる限り、私の思い描く未来はない。同じ未来を見ている彼らとなら、きっと…。
「カイル…。副団長…。誘ってくれてありがとう。私今、すっごく明るい未来が見えた気がした!!」
「だから副団長はよせ…。」
私たちは小さな笑いを共有し、同志の仲間となった。結局副団長の呼び方についてはアースになったのだが、半ば強制である。その仕返しに私のことも名で呼ぶようにと言ったら、なぜか照れくさそうにしていた。
一方、アンベルたちはアークトリアへと帰還していた。団長のレンドルートがいるアークトリア騎士団本部の目の前で、一人の兵士が不安をぼやく。
「なあアンベル。副団長の部下であった俺たちは騎士団に戻れるのか…?」
確かに、団長と副団長の一戦に居合わせた彼らを、レンドルートが平然と迎え入れてくれるとは思えない。しかし、アースから想いを託されたアンベルには考えがあった。
「それに関しては心配するな。手はある。」
力強いアンベルの言葉に他の兵士たちはただ信じることしかできなかった。そして、自らの手でアークトリア騎士団本部の扉を開き始める。目の前には、アースを騎士団から追放させた張本人が、偉そうに居座っていた。
「おう。アースの犬どもがよくもノコノコと帰ってきたな。あいつ生きているんだろ?」
レンドルートはアースが生きながらえていることを既に勘づいていた。と言うよりも、あの一太刀で仕留めきれていないことを薄々感じていたのである。正確にはレイナの治療によって一命を取り留めているのだが、レンドルートはこの事実を知らない。
「当然です。あの人が死ぬわけがないでしょう。」
驚くべきことにアンベルはレンドルートに対して、強気な態度で切り返した。
「偽善に感化された愚か者…、か。お前たちも可哀想だな。あのバカのせいでこれから命を落とすことになる。」
アンベルを除くアースの部下たちは息を呑み、額からは汗が流れる。しかし、その心の奥には受け継がれた正義の火が灯り、覚悟の姿が垣間見えていた。
そして、レンドルートが顎で合図を送ると、脇にいた兵士たちが一斉に剣を抜き始めた。しかし、一切の動揺を見せないアンベル。それどころか、なぜか笑っていた。
「良いのですか?」
レンドルートは怪訝な面持ちで、アンベルに問い返す。
「何がだ?」
「我々が今死ねば、あの戦いの真相がこの国に広がるよう手筈を組んであります。何ならこの場で、あなたが誰と繋がっているかを叫んでもいいのですぞ。」
「脅しか?」
「ええ。」
静かに睨み合う両者であったが、レンドルートが先に鼻下をピクピクさせて苛立ちを見せた。事を知らない兵士たちは不思議そうに眺めている。
「アースの入れ知恵か?……良いだろう。お前たちは殺さずに置いてやる。他に話はあるか?」
「いえ、何も。」
レンドルートは再び顎で合図を送り、アンベルたちに向けていた剣を下ろさせる。
「では、我々は引き続き操魔族の行方を追いかけます。」
ありったけの嫌味をその台詞に込めて、アンベルたちは悠々と騎士団本部を後にした。団長相手に背中を向けて立ち去るその姿は、アース元副団長の面影を感じさせるほどに勇ましかった。しかし、外の空気に触れた瞬間、全員の呼吸が一気に荒くなった。
『はあっはあっはあっ!』
「おいアンベル!いつの間にそんな仕込みを入れていたんだ!?」
「ばか!ハッタリに決まっている!」
こうしてアンベルたちは無事、アークトリア騎士団へと戻ることができたのである?
アンベルたちを騎士団に戻すことは決まっていたのですが、レンドルートがそれを許すわけなくない?っていうことに後々気づいて、実は物凄く悩まされてました。(ここで設定変更すると痛い目みそうだったから、何とかこじつけで戻した、というどうでもいい裏話)
第1章はあと2話です。よろしくお願いします。




